プレイヤー邂逅から始めるドラゴンライダー

彼方

プレイヤー邂逅編

第1話 バニアとケリオス



「ふっふふっふっふふ、ふっふっふーん」


 真っ赤なリンゴがいっぱいに入った紙袋を両手で抱えて歩く。

 王都エルバニアから南西にある林道。その先に私の家がある。

 幼い頃から木々に囲まれた生活なので慣れているけど、毎度毎度、少し遠めの王都へ買い物から帰った頃には疲れて両足がガクガクしちゃう。


「ふふふふっふふふふっふっふっふーん……って、あっ!」


 鼻歌を歌いながら歩いていると、抱いている紙袋からリンゴが一つ地面に落ちた。しかもここから先は傾斜になっているので前に転がり始めた。


「あー! 待ってええええ!」


 ころころころころ。転がるリンゴに足の遅い私じゃ追いつけない。


「待ってよおおってあうちっ!?」


 小走りしてたら思いっきり転んじゃった。

 そして当然というべきか、私の抱えていた紙袋からリンゴがどんどん転がっていく。せっかく買ったのにごろごろ転がって……私の手元にはもう残っていない。


 ああ、膝を擦りむいちゃった。痛いし血が滲んできた。

 でも泣いちゃダメだ。もう一人なんだからしっかりしないと、天国にいるママにいつまでも心配をかけちゃうもん。


 転がったリンゴは大丈夫。汚れるのは皮だけだし食べられる。

 擦りむいた怪我も大丈夫。ちょっとジンジンして痛いけど立って走れる。

 こんなんでも私は大丈夫。ママがいなくても……きっと生きていける。


「リンゴ……追いかけなきゃ」


 転がっていったリンゴ、全部で十二個を私は追いかける。

 もう見えなくなっちゃったけれど道は一本道。見失っても走っていればいつかはリンゴの元に辿り着くはず。


 そうして走った私は確かに見つけた。

 真っ赤で美味しそうなリンゴが十個。そして――ワイドウルフ。

 ふさふさしている灰色の体毛。ぎらついた金色の瞳。長い四肢。鋭い牙。この辺りに生息しているモンスターだ。


 ワイドウルフはリンゴを見つめて、美味しそうだと言わんばかりに半開きの口から涎を垂らしている。鋭く尖った牙がチラチラ見えていて怖い。

 でもそれは私の買ってきた食べ物だ。七日に一度、苦労して徒歩で買ってくる私の物だ。これがここら一帯で生っている果実なら私だってそっと通り過ぎるけど、私のモノだもん。


「――待って!」


 気がつけばそう叫んでいた。

 ああ、私はバカだ。知性があまりないモンスターには危ないから近付くなって、もう死んじゃったママから言われていたのに。きっと天国のママから怒られるに違いない。


「それ、私のだよ……」


 唯一の心の拠り所は優しかったママだけだった。

 私はママがいればそれだけでよかった。でも現実っていうのは残酷で、私の唯一の大切なモノを奪っていった。誰も助けてはくれなかった。


 誰かの助けを当てにしてはいけない。去年、私が学んだこと。

 一人でも生きなければならない。自分が持っている大切なモノを奪われないように生きて、絶対に幸せになるって決めた。

 誰だろうと、何だろうと――私から奪うモノは許せない。


「食べないで。返して。もう私から何も奪わないで」


 ワイドウルフはこちらを見て唸るだけで逃げる気配はない。

 それはそうだ。ちっぽけで弱い私なんて、ただの獲物なんだから。


 強い武器もない。味方する誰かもいない。状況を打破する知恵もない。弱くて筋肉もないし魔法だって使えない。だからワイドウルフが跳びかかって来た時、私は死んだと思った。


 ――死んだと、思っていた。

 真上から火球が降ってきて、ワイドウルフが燃えちゃうまでは。


 訳の分からない状況に私は「え?」と困惑することしか出来ない。

 これから私の命を奪うだろうワイドウルフが燃えている。火球が地面に叩きつけ、私の目前で火柱が上がっている。


「あつっ、熱い……!」


 さすがに至近距離で燃えられると熱い。火の粉がこちらに飛んでくるのに耐えられず、一歩、二歩と後ろへ退しりぞく。

 火柱が段々と細くなって消えると熱気が止む。終わってみればワイドウルフは炭みたいになっていて、同じくリンゴも巻き込まれたのか炭みたいになっていた。


「え……ええ……?」


「おーい大丈夫ですか! 襲われてたっぽいから助けたんですけど!」


 上から声が聞こえたので見上げてみると――体長十メートルほどの青白いドラゴンがこちらを見下ろしていた。


 えっ、喋った? 喋れるドラゴンなんて高位の、滅多に見られないドラゴンなのに。まさか私が生きてるうちに見れるなんて感動しちゃうよ! しかも透き通った水晶が背中に生えている見たことも聞いたこともない種類!


 炭になったワイドウルフやリンゴの上に着陸したドラゴン……の上から地面に下りた金髪の優しそうなお兄さん。

 胸から肩を覆う銀の鎧。八つに割れている鍛えただろう腹筋。黒い布製のズボン。手に持っているのは立派な剣。そんなお兄さんが歩いて近付いてくる。


「無事みたいですねって……初期装備よりも弱いワンピース!? バカな、縛りプレイか何かか……? もしかしてプレイの邪魔しちゃいました?」


 私のお気に入りでもある水色の花柄ワンピースを見て驚いているお兄さん。

 どうやらこの人に言わなくちゃいけないことが増えてしまったみたいです。


「もうっ! 私の感動を奪うなんて酷いじゃないですか!」


 近付いてきた金髪お兄さんのお腹に私は頭から突進した。

 すごい筋肉なのは分かっていたけど硬かった。びくともしないし壁みたいだ。ダメージがないことを分かっているからポカポカとグルグルパンチをお見舞いする。


「うえっ!? あっ、やっぱり何か特殊なプレイを……」


「……でも、助けてくれてありがとうございます」


 私は上目遣いでお礼を言った。

 感動を奪われたというのは勘違いみたいなものだし水に流そう。それにお兄さんは一度ワイドウルフに奪われそうになった私の命を助けてくれた。感謝するのは当たり前だ。


 お兄さんは「うっ、なんて破壊力」などと言って胸を押さえた。

 弱いはずの私が何かダメージを与えちゃったのかな。突進したのはお腹なんだけど、どうして何もしていない胸を押さえたのかな。

 とりあえず一旦離れて私は自己紹介する。


「あの、私はバニアです。お兄さんのお名前は?」


「ん? ああ、俺か。俺はケリオスです。よろしくお願いします」


 爽やかな笑顔で名乗った彼のことを絵本に出てくる王子様に思えました。

 白い高貴なドラゴンに乗ってくるような、女の子の理想的な王子様に。

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