第10話 影に潜む悪魔
「……シャドウ、ここはどこだい」
「ああなんだ? 随分と冷静じゃねえかつまらねえな」
シャドウが、憎き敵がいるこの状況。本来なら取り乱してもおかしくないが、先程激しく混乱していたためエビルは驚くほど冷静でいられる。
「ドランさんは何も悪くなかったのに君のせいで危害を加えてしまった。僕も冷静じゃなかったと思ってね、とりあえず君が僕を放っておくわけないからいつか現れると思っていたんだ。……それでここはどこなのかな」
エビルは深く反省している。勘違いさせるような言動で誘導されたとはいえドランの首を絞めてしまったのだ。もう今後シャドウには惑わされないよう心の中で身構えておこうと思う。
「端的に言えばお前の精神世界ってところかね。……っておいおい俺は嘘は言ってないぜ。お前が勝手に勘違いしただけだろ。最初から言ってんだろ、俺は最初からお前の一番近くにいるってよ。つまりここだよ、お前の精神世界、お前の中」
「どうして君が僕の……その、中とやらに存在しているんだ」
「瀕死の俺が回復するためさ。俺はしぶといんでね、腰を真っ二つに斬られようと数分は生きられるぜ。まあさすがにあのままはマズいからお前の影の中へと侵入させてもらったわけだ。俺の力は影に関係しているからな、影の中でなら自然と傷も癒える」
「瀕死? 君が死にそうになっていたのか?」
「覚えてねえのかよ。お前が俺を死の一歩手前まで追い詰めたんだぜ」
エビルは信じられないというように「僕が?」と困惑した表情で呟く。
記憶の中ではシャドウに手も足も出なかったはずだ。人間そう簡単に強くなったり出来ないはずだし、そもそも記憶がない以上本当かどうかも怪しい。ただそんな嘘を吐く必要がシャドウにはないと理解しているので一応は受け入れる。
「お前の右手の甲を見てみろ。それが俺に勝てた理由さ」
シャドウが自身の右手の甲に指をさしてそう告げたので、エビルも従って右手の甲を見やる。そこには竜巻のような紋章が確かに存在している。
生まれてこのかた一度も見たことのないものだ。右手の甲にこんな紋章が出たことなど一度もないし、今擦っても消えることがない。だが不思議と嫌なものではないと感じた。
「知らなそうだなお前。それ、風の勇者が宿していたとされる風の紋章だぜ」
「風の紋章! これが!? なんでそんな凄いものが僕の右手に……。いやそもそも秘術の紋章って生まれたときからその身に刻まれているものだって……」
ヤコンからエビルが聞いた話だと秘術使いにはそれぞれ紋章が現れるとのこと。しかしそれは生まれた時からすでに肉体のどこかに現れているはずなのに、エビルが風紋を見たのは今が初めてだ。
「死ぬと次の命に宿ると言われているが、お前の場合はなんらかの封印が施されていたんだろうぜ。まったくよりにもよって天敵になってるとは思わなかった。おかげでマジで死んじまうところだった」
風の勇者に宿っていた力がエビルに宿った。その事実はエビルにとって重い。
風紋を宿したからには勇者として生きなければならないような気がした。憧れの風の勇者から託されて重責を背負わされた気分になる。シャドウに勝利したというのも、まだ情けなく弱いエビルに先代が手を貸してくれたのではないかと思う。
エビルは若干不安そうな表情になって立ち上がった。
剣を探すがどこにもないため拳を握ってシャドウを見据える。
「おいおい何のつもりだ?」
「決まっているだろ。お前を倒すんだ」
「……くふっ、はははっ、いいねえやってみろよ」
容赦なくエビルは渾身の拳をシャドウの頬に叩き込む。
意外なことにシャドウは抵抗せずに殴り飛ばされて――なぜかエビルの頬が思いっきり殴られたように痛み出す。
予想外な痛みで混乱の最中、倒れたシャドウが仰向けのまま言い放った。
「なぜ痛むかって顔だな。さっき言ったが俺はお前の中にいて根っこのところで繋がっている。お前が俺に危害を加えればそのダメージを自分自身でも味わうのさ! まあ逆も然り、お前が傷付けば俺も痛いけどなあ!」
どういう理屈なのか不明だがシャドウの語った通りのことが起きている。つまり仮にシャドウが死ねばエビルも死に、逆の立場でも同じことが起きることになる。
はははと気分良さそうな笑い声をあげた後でシャドウは起き上がった。
「さあどうする? 俺と戦うか?」
エビルは悩む。複雑な感情が込められた瞳が揺れる。
悩んで、悩んで、悩んだところでどうしようもないことに気付く。シャドウを倒すのならエビルの中から出て行ってくれなければ不可能だからだ。
「……いいよ。今はお前と戦わない」
「それでいいんだよ、無駄なんだからな」
「でも! お前が僕の中から出て行った時は確実に倒す! 今の僕の実力が及ばないというのならそれまでに強くなって、お前を超えてみせる!」
怒りと憎しみはまだまだ薄れることがない。エビルは絶対に、今度は風紋含めて実力を上げてシャドウを打倒すると宣言する。だがシャドウはその啖呵に対して不気味な笑みを浮かべるだけで何も返さない。
「…………それで、僕はどうやったらここから出られる?」
威勢のいい啖呵から一分後にエビルは問いかけた。
そう、いつまで経っても出られる気配がない。エビルの中だというのならどうやって自分がここに来たのか、どうやって出られるのか見当もつかない。
シャドウは不気味な笑みを消したと思えば、今度は面白そうに口を歪めた。
「ククッ、安心しろよ。お前は今睡眠中なだけだ、目が覚めれば勝手に意識は外へ戻るさ。どうやらもうちょっと時間があるらしいな」
「眠ったら毎回お前と会うのか、嫌だな……」
「諦めな、仲良くしようや。同じ顔のよしみってやつでよ」
冗談ではないと思いつつ、エビルは同じ顔という言葉に注目する。
何度眺めてもありえないほどに顔と声は瓜二つで、肌や髪の色が黒でなければどっちが本物なのか分からなくなるレベルだ。人間ではないはずのシャドウがどうして自身と酷似しているのかがずっと疑問だった。
エビルは捨て子として村長に拾われていて自分の親や兄弟のことなど何も知らない。もしかしたらと思うも、シャドウが人間ではなさそうなので結局訳が分からない。
「……お前は何者なんだ」
「何者かって? 自己紹介なら愉快にしてやったはずだろ。魔信教という組織に属し、その中でも四罪という四人いる幹部の一人だってよ」
「そうじゃない、分かっているんだろ僕の言いたいことくらい……! どうして僕と同じ顔や声をしているのかを訊いているんだ。お前は僕と関係があるのか。人間なのか魔物なのか。今答えてもらうよ」
「クククッ、少なくとも俺は弱っちい人間なんかじゃねえよ。かといって魔物って言われるのも癇に障るな。まあ正体については――おっと時間切れのようだぜ?」
時間切れ。そう告げられると同時にエビルの体が何かに引っ張られる。
目を覚ますため、強制的に意識が引っ張られているのだと理解すると慌てて叫ぶ。
「時間があるんじゃなかったのか!」
「おいおい嘘は言ってないぜ、俺はもうちょっと時間があるって言ったんだからな。そう長く話していられるだけの時間が残されているわけねえだろ。まあ起きてる間も心に語りかければ話せるから安心しておけよ、寂しくないぜ?」
ぐんぐんとシャドウとの距離が遠のいていく。エビルは寂しいわけがあるかと怒鳴りたかったがその前に白の空間から追い出された。
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