第8話 駆けつけた兵士達


 森の一部が赤く染まっている。

 そんな報告を受けアランバート王国兵士団第三部隊は動いていた。胸に燃え盛る炎の刻印のある軽鎧を着た第三部隊隊長であるヤコンと、団員である男達九人はとある動物に乗っている。


 四足歩行で駆けるその黒い魔物の種族名はホーシアン。

 首と胴、前後ろの脚は長い。さらさらとした触り心地なよい体毛が頭頂部から尻まで直線上に生えており、一メートルはある尾はその体毛で覆われている。さらに背中には二つの隆起がある。魔物といっても気性が荒いわけではないので乗れるし、ホーシアンのレースがあるくらい人々の生活に浸透している。


 そんなホーシアンを長距離移動、もしくは緊急性の高い短距離移動などにアランバート王国兵士団は愛用していた。


 最低限整備されている森の街道を駆けている現在、森の中で火事が起きている以上は急ぎ現場確認しなければならない。そのため第三部隊団員は全員、ホーシアンの背にある二つの隆起の間に乗って移動していた。


「しかしヤコン隊長、本当に良かったんですか? レミ様の護衛任務は継続中なんでしょ?」


「問題ないさ、今日はお出かけにならないよう伝えておいたからな。それにしても火が発生してもうすぐ五時間ってとこか。森に燃え移らないのは幸いだったが……いったい何が燃えているんだ」


 アランバート城にある町周囲を見渡せる高台で、偶然遠くの景色を眺めようと上った者の話では森は燃えていない。だが森の木々に燃え移っていないということはいったい何が燃えているというのか。


「隊長! 前方に!」


「分かってる。あれは……村、か?」


 周辺にある村町は頭に叩き込んでいたつもりだったが覚えのない場所だ。ヤコン達は少し怪訝な表情を浮かべホーシアンに駆けさせる。


 木材で造られた家屋が村にはいくつもあったが、それらはもれなく全て炎に包まれていた。家屋は一軒一軒離れているのでただの火事でないことは明らかだ。しかも時間経過で家屋は崩れているものが多い。

 人為的なものだとして、ヤコン達はあまりの酷さに全員が険しい表情になる。


「酷いですね……いったい誰がこんなことを……」


「分からないが、とりあえず生存者捜しから始めよう。これなら森には燃え移らないから火はそのうち消えるだろう」


 全員がホーシアンから降りて村の探索にあたる。

 火の勢いは強く、崩れた家屋の中にいる人間の生存は絶望的。そのため家の中を捜索するのは諦め、外にいる人間を優先して捜すことになった。


「隊長! あそこに倒れている人が!」


 熱気に包まれながらヤコン達は、地面に倒れている血塗れの男の元へと駆ける。

 駆けつけたはいいが生きていないと一目で分かった。男の体には刃物で貫かれたような穴が開いており、多く流れただろう血は乾いている。


「死んでいますね……」


「ああ、やはりただの火事じゃない。これは大量殺人も視野に入れた方がいいぞ。生存者がいないなんてことも有りえる」


「隊長、あっちにも人が倒れています。おそらくまだ子供ですよ」


「……犯人は許せないな」


 走って近寄ってみると子供も同様に死んでいた。

 最近は魔信教や盗賊団ブルーズなど平気な顔をして殺人する輩が増えている。三百年ほど前に魔王が倒されて世界に平和が訪れたというのに、今この世には再び混乱へ陥れようとする者達が存在している。そういった者達に対してヤコン達は胸中で怒りを燃やす。


 その後も生存者を捜すため村中を探索したが見つけられるのは死者ばかり。だが無力さを痛感させられてヤコンが悔しさと怒りで歯ぎしりしていたそのとき、ふと視界の隅に横たわっている少年の姿を捉える。


 白髪。白いマフラー。つい最近知り合った少年に酷似している。

 まさかと思いつつ決死の表情で駆けつけると、やはりレミと友達になってくれた心優しき少年だった。最悪な予想通りになってしまい瞳が揺れ動く。


「エビル君……嘘だろ……」


「……隊長、お知り合いだったんですか?」


「ああ、でも、レミ様になんて報告すれば……。せっかく対等な友人を見つけられたというのに、こんな結末あんまりだろ……」


 呆然としながら呟くヤコンを見ていられなかった団員の一人が動く。

 血塗れで倒れ伏しているエビルの元で屈んで、脈を確かめるべく指二本を首へと伸ばす。そして触れて数秒、その団員は目を見開き勢いよく立ち上がってヤコンに叫ぶ。


「生きています! まだこの子は生きてる、脈がある! 隊長!」


 団員の一人の叫びでヤコンが正気に戻る。


「ほ、本当か!? よし、応急処置して延命させつつ運ぶぞ! 直ちに帰還して彼の存命に最善を尽くすんだ!」


「あれ、隊長……あそこに誰もいないのに凄い量の血が」


「おそらく誰かが襲われてから移動しただけだ! どの道この出血量じゃ生存は難しいだろう、それよりも早く帰還だ!」


 ヤコンはエビルを抱えて慌てた様子で走り去っていく。

 帰還した後、アランバート王家への報告は手短に済ませた。


 火事は村で起き、数時間後に沈静。人為的な事件と思われる。

 ――生存者一名。襲撃者らしき人物は未発見。犯人はまだ領内に潜んでいると推測される。今後このような事件を防ぐためにもその他の村町でも要警戒。

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