第18話 スカウト猟兵
「何よそれ!! それってつまり私が貧乏くじ引いた感じじゃないのよ」
食事を終え、食後のお茶を飲むついでにヴィノが一連の説明を終えた。混成パーティーとはいえ、当事者であるリースには、ギルドに帰還後の報告が待っている。何も知らずにいるのは流石に不味いからだ。
「生きてるだけマシだろう。それに冒険者の格言にもあるだろう『騙される奴が悪い』とな。結局は引いた自分を責めろ」
「そんなのわかってるわよ。でも納得がいかないわ。仲間を簡単に売り飛ばすなんて『|
「仲間か…お前はもう少し人を疑え」
やや呆れ気味の口調でお茶を飲む。ヴィノが淹れた薬草茶は疲労回復と滋養強壮成分が豊富な薬草で、病み上がりのリースの身体を十分に労わる程で彼女も気に入ってくれた。
しかしリースに薬草茶を楽しむ余裕はなく、あの村の村民達の虚偽の依頼と禁止薬草の密造販売によって、カーズ達を巻き込みある意味死ぬよりも過酷な現実を味わう事となった。
それを理解した時、流石のリースも憤りを覚え憤慨した。信頼していた仲間に裏切られた原因とその後の処遇を考えば怒りを見せない女はいないだろう。
「杖さえあれば…杖さえあれば今からでも村に戻って全員締め上げてやれるのに…なんで肝心な時に無くしちゃうのよ…」
先程とは打って変わって今度は、しおらいく肩を落として落ち込み始めた。
「何よ?」
感情起伏の激しい様子を珍しそうに観察していたヴィノと視線が重なった。
「お前は杖に頼りすぎている。次は死ぬぞ」
「うるさいわね!! 今回は油断しただけよ。私はこれでも三等級の四ツ星よ、次同じ過ちはしないわよ。本来ならあんな中級冒険者に負けないくらいの実力は持ってるわ」
リースの空強がりのような虚勢に、ヴィノは溜息交じりに語り始めた。
「お前は戦闘において一番大事な事に気づいてないな。断言してやる次は死ぬ。少しでも長生きしたいなら選択肢を増やせ。それに強さに等級は関係ない。戦いは常にアンフェアな状況で起る。自分がどれだけ地の利を生かし有利な情報を得るかでほぼ勝敗は決まる。あとは戦術をたてそれを実行する冷静な判断力を持って行動した者に勝利が訪れる。次の依頼がお前ら魔術師たちにいい条件とは限らないぞ」
ヴィノの言葉にリースは反論する事が出来なかった。これまで何度か依頼をこなして思い当たる節が幾つもあったからだ。直近であった遠征依頼に着いた時でも、依頼内容が違っていたし、補充メンバーのスキル水増しや天候悪化に加えて盗賊達の夜襲、思い返せばどれも自分一人では対処が難しい案件ばかりで妙にヴィノの言葉が胸に刺さったからだ。
「それは…」
今まで自分がいかに運が良かったのかを気づかされる。それでも例え正論だとしてもそれを面と向かって言われて素直に受け止められるほど、今のリースの心境は穏やかではなかった。
「…しょうがないじゃない。私たちは魔法系以外学ぶ機会がないし、そんな事教えてくれる人もいないわ。だからより多くの魔法や強い魔法を覚えて対処するしかないのよ。それに魔術師は後衛なのよ、前衛をやる魔術師なんて聞いた事ないわ、詠唱している間に攻撃されて終わりよ。そんな戦術なんてただの無駄死によ私は認めないわ。大体魔法のことが碌にわかってないアンタなんか―」
「話になんねぇな」
その一言でリースの口がムッと閉じる。そして向けられる双眼にヴィノは強い意思を込めて語り始めた。
「言い訳なんか聞きたくない。魔法を覚える時間があるなら、少しでも身を守る技術を覚えればいい。もっと言えばできる人物に頭を下げればいいだけの事だ。それに前衛の魔術師がいないのはお前達が固定観念に囚われている証拠だ。一番の問題はお前の女魔術師として男に頭を下げる事をプライドが邪魔をしてるだけだ。結果としてせっかく目の前にある選択肢を無駄に棄てて同じ答えに戻るだけ、お前は前衛を一度でもやった事はあるのか? あるならお前はその時どんな失敗をした。その失敗を次で改善しようとしたか、そもそもなぜ魔術師は前衛がダメなのかを疑わない。そこがそもそもの間違いだと気づかない。まずはその恥やプライドを捨てろ。そんなんで死んだら本当に馬鹿だぞ」
ヴィノの説明を俯きながら黙ってそれを聞いてた。聞き終わった後も何やら考え込んできる。
リースは決して要領が悪いわけではない。ただ若さゆえに素直に受け入れられないだけなのだ。しかし、今回の経験を踏まえて自身の認識を改める必要があると考え始めていた。
「それなら」
そして顔を上げると、先程とは違って強い瞳でヴィノを見据えた。
「私が固定観念囚われいるのは認めてもいいわ。だったら私のこの殻が破れた世界をアンタが見せて見なさいよ。私を前衛で使ってみせて。アンタがもし私を前衛で使いこなせたら、素直にアンタに頭を下げてもかまわないわ」
その強い瞳には反骨心や反発心ではないく、未知の事を知りたいと思う好奇心が宿っていた。
「いいだろう。実戦に勝る経験はない。丁度良い相手がもうすぐ来るだろう。今回はお前が前衛で俺が後衛だ。ただし作戦の立案行動は全て俺がやる。お前は俺の指示通りに動いてもらう。いいな」
「…わかったわ」
「よし、それじゃお前が今使える魔法を教えろ。全部だ。使用回数もだ。圧倒的不利な状況化での戦術行動を教えてやる。しっかり学べよ
時刻は既に昼を過ぎ太陽が西に傾き始めた頃、交易野営地に騎乗した武装集団がやって来た。
2頭の馬を先頭に兵員輸送用馬車が続く。全員が槍や剣に弓を携えて、土煙を巻き上げながら野営地に入ると散開した。
彼らは『鋼の旅団』に所属している遊撃小隊だ。目的はヴィノの殺害と証拠の隠蔽だ。負傷したマッシュがクランに戻り報告したのだろう。クランメンバーが禁止薬草『マカザリ・アガヤ』に関わった事で、事態の深刻さから秘密裏に収拾に動いたのだ。
11人が馬車から降りると素早く周辺警戒を行いながら奥へと進む。丁度野営地の焚き火場で一人座るリースを発見した。
「どういう事だ。お前は魔術師ギルドに所属しているリース・シャフスクか? 死んだはずだろ?」
「おい、そこの女。名はなんと申す?」
隊長格らしき男が困惑していると、焚き火にの前で座っていたリースがゆっくりと立ち上がった。
「私がリース・シャフスクならどうだって言うの? 口封じに殺すのかしらヴィノのように?」
その言葉で男達の顔色が変わった。
「俺達の目的はそのヴィノと言う男だ。その口振りからして死んだのか? 奴の死体はどこだ? 誰が殺した?」
「さあ、人に物を尋ねるならまずは自分達が何者なのかを名乗ってからじゃないかしら、礼儀知らずは一人で十分よ」
「おい、俺達は『鋼の旅団』の者だ。今お前と戯れてる暇はない。大人しく知ってる事を吐いた方が身のためだぞッ!!」
声に圧を乗せて飛ばしてくる相手に、リースは怯むことなく続けた。
「こっちはね。アンタらのお仲間に慰み者にされ純潔を奪われる寸前だったのよ。気持ち悪いモノを咥えさせられて、その落し前をどうつけてくれるのかしら? 私にはそっちの話が先だと思うんだけど。ねぇ隊長さん」
向上の途中から、隣にいる男に隊長が視線を飛ばし『面倒だ殺せ』と合図を送る。
―ボンッ!!―
その瞬間。どこからか乾いた破裂音が響くと、隊長の頭が西瓜の様に割れて弾け飛んだ。
突然の事に全員が理解できずに固まっていると、その隙にリースが足元に用意していた油瓶で作った即席火炎瓶に火を着けると、相手に投げつけた。
一瞬で3人の剣士が火だるまとなりその場で転げ回る。それに驚いた馬たちが興奮し大きく仰け反り暴れ出す。さらに馬車にも投げつけ燃え上がらすと、リースは急いでその場から離れていった。
「うわぁ隊長がぁ!!」
「何してる火を消せぇ!!」
「馬車が、馬車が燃えちまってるぞぉ!!」
「水だぁ、水をよこせぇ!! 早くぅ!!」
「誰か馬を抑えろ!! 早く火を消すんだぁ!!」
馬を抑える事と、燃え広がる仲間の救助に右往左往している内にリースが魔法詠唱を唱え終えた。
『
それまで土の地面だった場所が膝下まで沈み込む沼地へと変わり、彼らの動きを封じた。
休む間もなく次の詠唱を唱えるリースに、敵の一人がそれを止めようと弓を引く動作をすると、先程と同じ破裂音と共に頭部が破裂した。
「本当に、どういう魔道具を使ってるのかしらね」
頭部を無くした身体が沼地へと沈んでいく。その光景を見ながらリースは独り口た。
野営地から外れた森に潜むヴィノは、後衛としてリースを支援していた。
今回の作戦についてヴィノはリースに良く燃えるモノに火をつける事、地面を湿地にして動きを止める事、最後に土壁で覆って連中を全員中に閉じ込める事の3つを指示した。
最後まで作戦内容を教えなかったのは、その後の衝撃をしっかりと脳裏に焼き付けておく必要があったからだ。
無事に詠唱を終え発動したドーム状の土壁が全員を飲み込み野営地を覆い隠した。それを確認したヴィノは森から姿を表すと、リースの元へと歩みを進めた。
「よくやった。これでほぼ作戦は完了したな」
となりに立つリースは苦虫を嚙み潰したような表情のまま口を開く。
「さぞあの中は煙と火で苦しいでしょうね。仕方なかったとは言え、えげつないわね」
「納得がいなかいか? 卑怯か?」
「そうね…仕方ないわ。でもこんな汚いやり方って戦いとは言えないわ」
素早くヴィノの腕がリースの首元を掴み上げると、乱暴に引き寄せた。
「いいかよく聞けよ。一度しか言わないぞ。お前は何者だ? 正義の味方か? それとも騎士道精神を身にまとった聖騎士か? それとも位の高い神官か? 自分を殺そうとした相手を憐れむ事で自分の罪を軽くする魔法使いか? 命の奪い合いは勝つか負けるかだ。卑怯もクソもない。綺麗も汚いもない」
「でも、だからってこんな…」
「えげつないか? だららなんだ。 大事な事はどんな手段を使ってでも生き残る事だ。どんな状況でも生きる事を考え手段を選ぶな。可能性を手繰り寄せ実行しろ。だから今お前はこうして生き残っているんだ。あの圧倒的不利な状況化でも今こうしてお前は生きているだろう。それは正しい選択をしたから生き残り、生き残ったからお前は正しいと証明してみせた」
「わってるわよ…でも…こんな…」
「忘れるなよ。正義、倫理、道徳を持ち出すような奴は自分が勝てないから、勝てるように
冷たく深い双眼がリースを凝視したまま微動だにしない。リースはその瞳に吸い込まれるような錯覚を覚え、ヴィノの言葉が妙に心の奥底に直接刻まれている感覚を感じていた。
「さて、言葉はこのくらいでいいだろう。お前には最後の仕上げをしてもう」
手を離すと今度は前方のドーム状の囲いに指を向けた。
「…何をすればいいの?」
「あの囲いの強度を陶器程度に弱くしろ。簡単だろう」
「そりゃ、出来なくもないけど…何でわざわざそのんな事を? もう中の奴らは皆死んでるわよ」
ヴィノは答える代わりに『黙ってやれ』と目で訴えると、リースが両手を対象に向けて念じ始める。
「いいわよ。強度を下げたわ」
準備が出来たところで、リースの腕を引いて森の奥へと下がらせた。
「そこで見てろ」
地面に落ちていた拳大の石を持つと、ドーム状の囲いに向けて力いっぱい放り投げた。カチャンと音が鳴り壁に空いた穴から黒煙が噴き出したと思った次の瞬間。
けたたましい轟音と共にドーム状の囲いが爆発を起こし、火柱が天高く昇り辺り一帯の木々に衝撃が襲った。
強い衝撃波を受けたリースが後に仰け反りながら尻もちを着いた。その衝撃はすさまじく頭の中をさっきの轟音が鳴り響いている。
酔ったような感覚に眩暈を感じ、痛いくらいに火の粉と熱風が顔を焦がす。
一体なぜなんな爆発が起こったのか? リースには皆目見当がつかなった。炎系の魔法など使えない。使えたとしてもあんな広域爆裂魔法など無理だ。あんな威力の魔法は学院長かさらに上の賢者ぐらいの実力が必要になる。
自身でも信じられない光景が目の前にで起こっている事に、驚きと困惑で口が開いたままその場で放心している。
「火が燃えている場所を密封にした事で中で不完全燃焼を生じさせた」
「…ぁぁ…あの」
「それによってあの中は可燃性ガスが大量に溜まった状態になった。おまけに高温な状態でもある」
「………」
「そこに、俺が石で穴を空け空気を送り込むと熱せられた可燃性ガスと酸素が急速に組み合わさって新たな炎が生まれる」
「………」
「その力は凄まじく爆発という形で辺り一面にその力を解放さる現象だ。こんなのをくらったら一瞬で
「…こんな事…どこで…」
「これは『バックドラフト』と呼ばれている」
「それって…一体…ヴィノ…貴方一体…何者なの?」
立ち込める煙と炭と硫黄のような悪臭が鼻を刺激する中で、当たり前のような口調で告げる。
「俺は『スカウト猟兵』だ。忘れたのか?」
ヴィノは一体何者なのか、何故こんな事を知っているのか? 幾つも浮かぶ疑問に答えは出ない。ただし1つだけ理解出来た事がある。この男は私達とは違う何かだと言う事。見上げる彼の顔を見ながら、リースは畏怖の念を覚えた。
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