ブラックマスク

でずな

第1話 邪者−1



 僕はこの世界が嫌いだ。

 理不尽で、不平等で、残酷。ある者が得をして、ない者が不幸になる。それは生まれつき決められたことで、あとからどうにかできることはない。


 でも僕は、時々考えてしまう。

 もし、僕がある側の人間だったら今は全く別の人生をおくっていたんじゃないかと。

 もし、僕の両親が生きていて一緒に笑うことができていたら見える景色が変わっていたんじゃないかと。


 そんなことは起こり得ない。

 だって僕はただの邪魔者だから。



  *



 暑い日差しがジリジリと肌に当たっている夏。

 少しの風が、この高いはしごの上では驚異になる。


 「これでいいんだっけ……?」

 

 目の前にある、バケツの中に入っている真っ赤な液体を見て悩んでいた。

 

 たしか、上司に言われたのはオレンジ色。なのに渡された色は赤色。もし、間違えていたら大惨事になる……。


 「まぁ、いっか」


 考えるのが面倒くさくなったので、ハケに色を付けて壁にペンキを塗り始める。

 間違えたらクビだと思うけど、それは僕にこの色のペンキを持っていかせたやつが悪い。


 ちなみに僕は、あんまり儲かっていないけどある程度の人気があるペンキ屋で働いている。


 僕は、魔力を持っていない、邪者じゃもの

 そして両親は幼い頃に死んだので孤児院育ち。なのでこれまで、いろんな迫害やいじめにあってきた。

 だけど、それをなんとか乗り越えてたまたま拾ってもらったこのペンキ屋で働かせてもらっている。


 正直、ペンキ仕事なんて何でもできる魔法使いがやればいいと思う。だけどどうやら、魔法使いはここまで繊密なことはできないらしい。まったく、魔法使い様々だ。


 「あっ!? おい!! ジン!!」


 上から、慌てたディックの声が聞こえてきた。


 ディックは最近このペンキ屋に入ってきた新人。

 一応、僕が面倒を見ろとおじちゃんに言われているので名前を呼ばれたら何かしら聞きたいことがあるのだと思っている。


 まぁ、新人なのに先輩の僕に向かって敬語を使わないのはもう慣れっこだからとくになにも言わないけど。


 「え?」


 僕はディックがいる上を見ると、そこにはディックの姿はなくなにか真っ黒なものが真上にあった。

 それがあって、上が何も見えない。


 「うっ……」


 何も抵抗できないまま真っ黒なものが、僕の顔にかかった。


 とっさに目をつぶることはできたけど、さすがに鼻をふさぐことはできなかった。頭が痛くなるような異臭がする。


 「まじかよ……」


 臭い的に、これは完全にペンキだ。

 そしてペンキが僕にかかっているってことは、絶対に壁に飛び散ってしまっている。



  *



 「ジン……一体、何をしているんだッ! お前のせいで先方せんぽうからの依頼がなくなって、うちの信用もなくなってしまったではないかッ!!」


 目の前で、つばを吐き散らして怒っているこの人は僕のことを雇ってくれたペンキ屋のおじちゃん。

 おじちゃんは全身真っ黒になった僕を、顔を真っ赤にして血管を浮かばせながら怒鳴り散らかしてきた。


 「……ごめんなさい」


 頭を目一杯下げて、誠心誠意謝る。

 実際、僕は何もしていない。だけどもしここで自分ではないなどと言ったら、ふざけているのかと勘違いされてしまう。

 そんなことになったら大変だ。


 「謝っても、我々ペンキ屋の信用など回復するものか!」


 どうやら、おじちゃんは僕が謝っても受け入れてくれなそうだ。


 どうしよう? 

 謝ってもだめなら、ただでさえ邪者じゃものの僕ができることなんてなにもない。


 「ガイさん。いい機会になったじゃないですか。早くこんなやつクビにしてくださいよ……。こんなの、雇うだけ無駄です」


 おじちゃんに告げ口したのはナルイ。

 こいつは、邪者じゃものである僕のことを嫌っている。なので度々、失敗した僕のことをおじちゃんに告げ口をして解雇させようとしている。


 「――――! どうかそれだけは……」


 解雇されたら行くあてがない。


 邪者じゃものは、色んな場所で迫害されていて雇ってくれる場所なんてそうそうない。なのでここを追い出されたらこの先、生きていける気がしない……。


 「ガイさん! 実はあのペンキ落としたの俺なんだよね」


 後ろから、ニコニコして楽しそうなディックがそんなことを言ってきた。

 

 たしかにあのペンキを落としたのはディック。

 だけど、完全に僕がその罪を被る流れになっていたのになんでここで名乗りを上げたんだ……?

 黙っていれば自分は助かったはずなのに……。


 「……それは本当か?」


 おじちゃんの怒る矛先は、ディックの方に向いていた。

 

 

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