ふたりはひとり

新座遊

第1話(最終話)え?死んでないの?

意識を失って、気づいたら戦地だった。

俺は日本のサラリーマン。メンタルやられて働きながらも精神科に通院している。今日も通院途中の交差点で、信号が青になったので渡ろうとしたら暴走トラックに跳ね飛ばされた。もちろん意識を失った。しかし目が覚めた。死んでなかったのか、と安心したが、よく見れば病室でもなければ手術室でもない。見知らぬ街の路上である。

ずいぶんと遠くまで飛ばされたものだ、という解釈をしようとしたが、あらゆる知覚がそれを否定する。

街並みが日本ではない。そのくらいはわかる。異世界に転生したのか。

しかし異世界っぽくはないな。中世の欧州というわけでもなく、近代、いやこれは現代の街並みであろう。

大丈夫か。あまり無茶するな。

日本語ならぬ言葉で話しかけられる。しかし言葉は理解できた。英語ではなさそうだな。しかし聞いたことがあるような気もする。

どういうことかと聞いてみると、首都攻防戦とのこと。隣国が自分勝手な理屈を根拠に侵略してきたのである。

それで思い出した。俺は今まさに市民兵として敵と戦っているのだ。この記憶は日本のサラリーマンの記憶とは異なる。が、なぜか異なる記憶同士は反発せずに自分の記憶として認識される。あたかも日本人としての記憶が過去の思い出のような感じ。

俺は死んで、この世界に飛ばされ、この街の市民兵の一人に憑依したのだろうか。なんとなく違うような気もするが、今のところ理解できるような情報はないので考えるのは止めよう。今はとにかく、敵を倒すことのみに専念しなくては。


という夢をみたんだ。

看護師に説明してみた。意識が戻ったのが奇跡です、と言われた。いやそんなことよりも敵を倒すんだ。と叫んだら、意識の混濁がありますね、と残念がられた。

いや、そうじゃなくて、と思って周りを見回すと、集中治療室っぽい場所にいることに気付いた。だから、夢をみたんだ、と説明した。意識混濁ではありません、夢です。

どうやらトラックに跳ねられて死にかけたが、かろうじて助かったらしい。だとするとあれは夢としか思えない。いや、妙にリアルな感じだったけど。

再び睡魔が襲う。


戦場に居た。やはり夢ではなかったか。ひとつの意識が二人の人間に住み着いていると思われる。意識の二刀流。そんなことを言っている場合ではない。もしかすると

夢というのは別の人間に意識が入り込むことなのではなかろうか。そもそも意識とは何か。量子力学の二重スリット実験によれば、意識持つものが素粒子を観察したら粒子の状態に影響を与えるとかなんとか。

俺はトラックに跳ね飛ばされた瞬間に自分の死を意識したことで個体としての俺の状態が変化したのか。

意識が脳細胞のネットワーク的状態変化がもたらす幻想だとすると、まったく同じネットワーク作用をしている脳細胞に同じ意識が宿ってもおかしくはない。たまたま、偶然にも同じ脳内作用をしている人がいた、というだけかもしれない。

そんな馬鹿な。宇宙が終焉を迎えるまで時間が経過しても、そんな偶然は起こらないのではないか。では何らかの必然があるのだ。それを人は神という。いや言わない。

それにしても誰がこんな戦争なんか始めたんだ。平和な世界で交通事故にあうのはまあ運が悪かったと言えるが、ある一部の権力者の勝手な価値観によって多くの人が死ぬという事態を許すことができようか。神はいないのか。いるならなんとかしろ。


気付くと、大統領の側近になっていた。この大統領、先ほどの夢に出てきた国を侵略した側のやつだ。これは夢か幻か。

夢だろうが偶然だろうがなんでもよい。どうせなら大統領の意識を奪って戦争を止めることができれば良かったのに。よりによって権力者のイエスマンになるとは、運がない。俺じゃない誰かが同じように意識の二刀流でもって、この大統領の脳内に入り込まないものか。そんな偶然を期待したい。

いや、まてよ。

これはチャンスだ。俺の近くに独裁者がいる。側近には気を許しているだろう。俺の懐には大統領を守るための銃が収まっている。

無防備な大統領を倒せば戦争は終わる。

俺は大統領の心臓目掛けて、銃を向ける。

別の側近がそれに気づいて俺に向けて銃を放った。

ほぼ同時に銃声が鳴った。ここで死んでも、日本の病室に戻るだけさ、と笑いながら俺は死んだ。


と思ったら、そこは病室ではなかった。俺は銃で撃たれた大統領に憑依した。こんな奴と同じ脳内作用だとでもいうのか。でもまあこいつが死ぬなら本望だ。この出血なら死ぬだろう。一体、どんな思いで戦争なんか始めたのか。記憶を探る。

そこにあった意識は、悪魔に巣食われた闇だった。



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