ケーキ入刀
柳生潤兵衛
二本のケーキナイフ
「新郎新婦、夫婦での初めての共同作業です!」
街の外れにある、森に囲まれたウェディング専用ゲストハウスでの披露宴。
プールサイドに場所を移してのケーキ入刀。
俺、
司会の人は『“夫婦”での初めての共同作業』と言ったが、俺と美咲はこれまでも共同作業をしてきた……つもりだ。
◇◇◇
「ねえ恭哉、籍はどうする?」
「どうって……」
俺は一人っ子だったが、調理師専門学校時代に事故で両親を亡くした。
両親とも兄弟は無く、俺の祖父母も鬼籍に入っている。
孤独になった俺は、ショックで学校を1年休学してしまったが、俺を励まし、立ち直らせてくれたのが美咲だ。
高校時代から付き合っていた美咲のおかげで、学校も卒業でき、就職した店での修行も頑張れたし、独立開店もすることができた。
「俺は荒木家に入ろうかと思う。高校時代から十数年、随分待たせてしまったし、何より美咲のご両親もそうしたらって言ってくれてるし、お義父さんもお義母さんもその方が安心だろ?」
美咲は荒木家の三人兄妹の末っ子。
五歳上の兄が家業の自動車修理工場を継ぎ、二歳上の姉は結婚した旦那の仕事でヨーロッパに在住。
逆に加賀美家は俺一人。義両親は親を亡くしたばかりの俺を気遣って、よく俺を家に招いてくれていた。
住まいは別にしても、荒木家に入って、追々加賀美家の墓じまいとかをきちんとして整理をすればいい、と思っていた。
「ダメよ!」
美咲のまさかの返事に俺は驚いた。
「な、なんで?」
「私は加賀美恭哉とお付き合いして、プロポーズしてもらって……プロポーズを受けたの! 恭哉のお父さんもお母さんも『美咲がお嫁に来てくれればいいな』って言っていたの。私は……加賀美美咲になるの!」
「お、おう」
俺の目から視線を逸らすことなく言い放った美咲の言葉で、俺と美咲は加賀美を名乗ることにした。
「あっ! でも仕事は荒木美咲で続けるわね?」
「お、おう」
そんなこんながあり、それからは決め事や書類関係、二人に関することは全部必ず二人でやってきた。
これからもそうしていく。
美咲は、荒木美咲として働き、仕事が終われば加賀美美咲になる。
俺は、加賀美恭哉として働き、仕事が終われば加賀美美咲の夫、恭哉になる。
世の夫婦は、どうしているかは分からない。
俺は若くして両親を亡くしていて、両親が生きてる間も、まだまだ先のことだと関心が無かったから……
だけど、俺と美咲は二人で生きていく。
手探りで、思考錯誤しながら生きていく。
◇◇◇
俺と美咲が、ケーキ入刀はこうしたい、とアイディアを伝えた時は、プランナーさんもビックリしていた。
でも……これが俺達らしいんじゃないかと思う。
ケーキ入刀を撮影しようと、美咲の女友達を中心に大勢集まってきた。
ケーキはシンプルにスポンジをホイップクリームでコーティングした物を土台に、俺の仕事に関わる魚達を模して青を基調としたデコレーションを施してもらった。
ケーキナイフは二本用意してもらった。
左利きの美咲が左手に一本、右利きの俺が右手に一本、それぞれが持つ。
二人が並ぶのではなく、俺が美咲の後ろに立ち、後ろから美咲の左手に俺の左手を添える。
美咲は、後ろから伸びる俺の右手に自分の右手を重ねる。
まるで二刀流のようだが、お互いの一刀をお互いが支え合う形でいいと思った。
普通とは違うケーキ入刀に、驚く参列者もいるが、多くは好意的だ。
美咲の選んだBGMが流れる中、俺達は二本のナイフでケーキ入刀。
パシャパシャパシャ!
シャッター音とフラッシュの雨を浴びる。
ケーキからナイフを抜くと、介添えの人が、ナイフを綺麗に拭ってくれる。
再び参列者の方を向いて、二人で魚のケーキを間に、両手を広げて撮影の再開だ。
美咲の家族も俺達の近くに勢ぞろいして、記念撮影をする。
どこからともなく「めざせ!」という声が掛けられた。
俺と美咲は、笑顔で言葉を続ける。
「すしざんまい!」
これが、後に寿司の名店や有名仲買人らと初競りでの一番マグロ落札を競ったり、日本を代表する寿司チェーンを運営する事になる俺と美咲の物語の始まりである。
ケーキ入刀 柳生潤兵衛 @yagyuujunbee
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