第47話  嗚呼これが恋と言うものか

 アキラも「あぁ~やったなぁ」と遠慮がち美代に海水をかけた。すると負けずと美代もかけてくる。もうアキラも我を忘れてはしゃぎ始める。

 何も気取ることはない。アキラはまだ若い青春まった中なのだ。

 美代の年齢は聞いていないし、聞くのも失礼だがアキラよりは一才か二年下ではないかと思われる。つまり二十四才前後であろうか。アキラは女性というものが益々分からなくなった。これまで美代と知り合ってから、初めて見せた美代の無邪気に走り回る姿。


 銀行員という事もあり知性的で、まったく隙のない感じだった。それなのに今は子供のようにはしゃぎアキラに海水を掛けて来る。もうアキラは心を撃ちぬかれたようだ。これが恋なのか、それとも彼女は特別な存在なのか。あまりにも眩し過ぎる美代の存在。

 普段の彼女は多分そうであろう。ましてや男の人を誘うなんて事は考えられず逆に誘われても断わったであろう。周りの男どもには高嶺の花であったに違いない。

 いくらアキラが恩人としても、大会社の警備会社社長に会いに行き、山城さんを辞めさせないで下さいと、アキラに非はないと訴える為に出向いたのだ。その行動力と勇気はただ者ではないような気する彼女だ。それが今、子供のように砂浜を走り回っている。

 すべてを曝け出す美代の姿にアキラは愛おしく、夢の世界なら覚めないで欲しいと願うばかりであった。


 アキラは夢のような世界を彷徨っている。でも現実であり、海の匂いも波の音も子供のようにはしゃぎ廻る美代の声も聞こえる。

『なんて幸せなのだろう。これが恋と言うものなのか。これで彼女を失ったらショックで自殺したくなる。失恋した人の心境が今なら分かるなぁ』

 妄想にふけっているアキラの頭に突如海水を浴びせられた。

「もう山城さんたら、なにを考えているのですかぁ」

美代に見惚れていたアキラは現実に引き戻された。

「あ、いいえいいえ楽しいなぁと思って……」

「本当ですかぁ? ごめんなさい調子に乗って、お洋服少し濡れましたね」

「いいえ、こんなのすぐ乾きますから。それより浅田さんは濡れていませんか」

「大丈夫ですよ。だって山城さん遠慮してほとんど濡れていませんよ」


そんな他愛もない時間が過ぎて行った。美代は時計を見た。

「あら、もうこんな時間。何処かでお食事しませんか」

「そうですね。でも浅田さんが気に入るような店があるかどうか」

「あの私、知っているお店がありますが、いかがでしょう」

「そうなんですか、でも鎌倉は小学生以来と仰っていましたが、良くご存知で」

「ええ、実は友人の親がオーナーのお店です。友人がそれならと電話を入れてくれと置くと言っていました」

「そうですか、それなら是非そのお店に行きましょう」

 なんと段取りが行き届いている。先ほどの無邪気な彼女からいつもの美代に戻っていた。


つづく


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