第133話 愚か者

(アバロン視点)



「おい、一体なんのつもりだ?」


 クロムウェルについた後、バタバタと用事を済ませた俺は急にイーサン達に声をかけられたのだ。


(イーサンめ……どこで油を売ってたんだよ!?)


 内心ぶつくさ文句を言いながらイーサン達に連れてこられたのは……露天風呂か?


(宿に泊まる金がないからか)


 金がないから野宿……は仕方ないとしても不潔なのは頂けない。身だしなみとか依頼人に嫌がられるとかそう言う問題もなくはないが、一番の理由は健康を損なうからだ。


(冒険者は体が資本。健康管理が何より大事だ)

 

 こいつらもようやく冒険者としての自覚が芽生えてき──


「ここは今、女しか入れない時間なんだよ」


 は? まさかお前ら……


「しかも、ついさっき凄い美人が入って行くのが見えた。つまり、チャンスだ」


 おいおい、イーサン!


(正気か? 犯罪行為だぞ!)


 見つかれば最悪冒険者プレート没収もありうるんだぞ!


「機を見てせざるは勇無きなり。だよな、アバロン兄!」


 おい、ドレイク! お前は仮にも元聖職者じゃないのか!


(つーか、その言い回し、何か違わないか?)


 ドレイクは俺達の中で一番教養があるはずなのだが……何か抜けてるんだよな。


「ほら、ここから覗けるぞ」


 高い壁には不自然な穴が一つ。恐らくこいつらのような馬鹿が開けた穴だろう。


「お前ら……バレたらどうなるか分かってんのか?」


 こんなしょうもないことに高いリスクを犯すなんて……本物の馬鹿だな、こいつらは。


「バレるわけないだろ。俺達は素人じゃないんだから。アバロンはビビリすぎだ」


 あ? 誰がビビってるって?





(レイア視点)



 ふぅ……


 ひんやりとした空気で冷えたカラダをかけ湯で温める。気持ちいい……


(訓練での汗を流すのに丁度良いわね)


 クロードさんとの〔竜剣〕習得のための訓練は難航していた。感情に流されないための訓練、それがこんなに難しいなんて。


(明日からギアス荒地。しばらく訓練は出来ないから今日のうちにコツを掴みたかったんだけどな……)


 って駄目だ! 平常心、平常心


(焦りは禁物……)


 そんなふうに別のことに気を取られていたせいだろう。タオルを外して湯船に入ろうとした瞬間)……


(ん……誰かいる!)


 私はようやく怪しい気配に気づいた!


(覗き……許さない!)


 多分、感情を抑えることから開放されるのが嬉しかったんだろう。私の感情は沸点寸前にまで高まった!




(アバロン視点)



「うっわー、スッゲー! 見ろよ、あの胸」


 馬鹿な猿の声が聞こえる……


(はあぁぁ……こんなことしてる時間があったら修業しろよ)


 お前って地味な訓練嫌いだよな……


「……あの背中から腰にかけてのライン……素晴らしい」


 ドレイク……お前、煩悩全開だが、大丈夫なのか???


「ほら、もう良いだろ。行──」


 ザンッ!


 二人を制止しようとした俺の鼻先に刺さったのは……


(これはスキル! やばい、見つかった!)


 素早く豹炎悪魔(フラウロス)のオーラを薄く広げて辺りを伺うが……人影は露天風呂の女だけ。


(まさか、この女……冒険者か!)


 しかも、さっきのスキル……威力や速度から見てかなり高位のスキル。相手はかなりのやり手だぞ。


「この隠形……素人ね。三人か」


 は? 何で俺が入ってるんだよ!


「腕の一本くらいは覚悟の上なんでしょうね! 〔風刃〕!」


 ザクッ! ザクッ! ザクッ!


 さっきの見えない斬撃が飛んでくる。しかも、今度は寸止めじゃない。直撃コースだ!


「逃げるぞ!」


 だが、何と二人はもういない。さらに具合が悪いことに女はタオルを纏っただけの姿でこちらに向かって突進してきた!


(早っ!)


 女の右手には殺気に満ちたダガーが握られてる! やばい、殺される!


(くそっ、イーサンにドレイク! 覚えてろよ!)


 俺は一目散に駆け出した!


「逃さない!」


 女が飛ばすスキルをかわすため、豹炎悪魔(フラウロス)のオーラを後方いっぱいに広げる。こうすれば飛んでくる方向を感知すると共に僅かではあるが、コースを歪めることも出来る。だが……


(駄目だ、追いつかれる!)


 女の脚力はとにかく異常過ぎる!


(くそっ……ならっ!)


 俺は一瞬女の方を向いた。俺が確認したかったのは、月明かりでも分かる女性らしいシルエット……じゃなくてタオルの方だ!


「っ! やッ!」


 急に明後日の方向へ飛んでいこうとするタオルを押さえて女が立ち止まる。う、うまくいったか……


(豹炎悪魔(フラウロス)のオーラをでタオルを引っ張れば動きは封じられると思ったが……なんて力だ!)


 鉤爪とロープのようにした豹炎悪魔(フラウロス)のオーラの動きが徐々に抑え込まれていく。くそ……この距離じゃまだ追いつかれる!


(手は抜けない! フルパワーだ!)


 俺はロープ状の部分を木に引っかけ、俺自身もロープに力を入れる。それでもまだ女の力の方が強いが……


 ビリビリ……!


 タオルが悲鳴のような音を立てる! しめた!


「!!!」


 女の動きが完全に止まった! よし……


 スッ……


 俺の足が宙を蹴る……


(ん?)


 一瞬の浮遊感の後、衝撃と共に視野がめぐるまじく入れ替わる。まさか……


(崖から落ちてるのか!? うぉぉぉ!)


 逃げるのが精一杯で前見てなかったぜ!!! 

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