第130話 涙
「やりすぎだろ、相手は子どもだぞ」
それでも何か言わずには気がすまなくてでた言葉がこれ。だが、案の定、男は威嚇するすように俺に近づき、文句を言ってきた。
「あん? 関係ない癖に首突っ込んでくるをじゃねぇぞ! この若僧が! 俺を誰だと思ってる! 泣く子も黙る青嵐組のもんだぞ、コラ」
青嵐組!? 聞いたことがないが……
「就業中に暴力を振るうことはクロムウェルの規則で禁止されてます。ましてや、子どもなど立場の弱い相手に対する暴力は厳禁です」
おおっ、流石ジーナさん!
(クロムウェルの規則まで把握してるんだ!)
ちなみにブリゲイド大陸の街はほとんどが“都市国家”として機能している。勿論、小さな集落は何処かの街に属していることもあるし、国がないわけではないのだが。この辺りは交通が不便なブリゲイド大陸の状況が関係してるらしい。
(って、今はそんなことはどうでもいい!)
怯えているこの子を助けてやらないと!
「ちまちま煩──クッ!」
怒鳴ろうとした男はジーナさんに向か合うなり、口籠る。どうしたんだ?
「そう。私は冒険者ギルドの職員。あなたが規則を破る行為をすれば、行政府に通告することが出来るわ。勿論、私の証言は裁判でも証拠として採用される」
そ、そうなのか。
(つまり、ジーナさんの前で不法行為をすればアウトってことか)
リーマスを始めとするサンマーア王国の冒険者ギルドはギルド内のことにしか権限が無いんだが、ブリゲイド大陸、いや、少なくともクロムウェルでは冒険者ギルドの権力がかなり強いんだな。
「ぐぐぐっ……もういい! お前なんてもうクビだ!」
男は獣人の子にそう言い放つとさっさと立ち去った。
(ふう……一件落着か)
いや、まだこの子を親の元へ返してやらなきゃな。
「大丈夫か? 流石男の子だ。偉かったぞ」
目の前の獣人の子はぱっと見で五〜六才。あんなガラの悪い男に怒鳴られて怖かったろうに……泣き声一つ上げないなんて健気すぎる。
「………」
獣人の子は無反応。そうか、そんなに怖かったのか。ここはゆっくり相手のペースに合わせて……
「あの……フェイ?」
何か甘いものでもなかったかと〔アイテムボックス+〕の中を探す俺にジーナさんが困惑した声をかけてくる。
(どうしたんだ、一体?)
あ、分かった。知らない人から食べ物を貰っちゃいけないって言われてるよな! じゃあ……
「あの……その子、女の子よ」
えっ!?
ジーナさんの言葉と同時にその子……いや、その娘の足元に水滴が落ちた。
※
「ほんっとゴメン!」
「いえ、もう大丈夫です。泣いたりしてごめんなさい」
とりあえず、俺達はその場を離れ、ゆっくりとは行かないまでも座って話が出来るような店に入っていた。
(にしても、昼から酒が置いてあるような店しかないなんてな……)
ここはまだ商業区ではあるが、すぐ隣の工業区に隣接しているせいだろう。落ち着いた場所で話したかったが……
「まあ、フェイの失態の話はこの位にして……ニーナちゃんは何であんなところで働いていたの?」
“あんなところ”とは勿論、あんなガラの悪い男のいる職場に……という意味もあるが、彼女はいくらなんでも働くには幼すぎる。獣人とはいえそれなりに成長するまでは身体能力は人間とさほど代わりはないのだ。
「父さん母さんの助けになりたくて……」
ジーナさんに促されてポツポツ話したところによると、ニーナちゃんの両親はギアス荒地の岩塩を取って売っているらしいのだが、最近塩の価格が暴落し、生活が苦しくなったらしい。
(それで自分が働く……なんて健気なんだ)
ちなみにニーナちゃんはショートカットに犬耳を生やした普通に可愛い女の子。フードで顔が隠れて見えなかったとはいえ、男の子呼ばわりした俺は万死に値するだろう。
「そっか。塩の価格の暴落ね……」
ジーナさんは少し考える素振りを見せたが、直ぐに表情を切り替え、ニーナちゃんに向き直った。
「ね。じゃあ、私達に雇われてくれない?」
「え! 良いんですか?」
「勿論! えっと、仕事内容は……荷物運びとギアス荒地についての情報提供」
「情報提供……」
自信なさげに繰り返すニーナちゃんにジーナさんはニッコリと微笑みかけた。
「難しく考えないで! ギアス荒地にいる動植物や魔物とか行ったら危ない場所とか……知ってることをはなしてくれたらいいの」
ジーナさんが挙げたものは、実は俺達が喉から手が出るほど欲しい情報だ。実は人間はクロムウェルへ行くときにギアス荒地はを迂回したルートを使うため、ギアス荒地のことを知ってる人はほとんどいないのだ。
(例え子どもからの情報であってもないのとあるのとでは大違い……)
ブリゲイド大陸の行商人が大きく遠回りしてまで避けるギアス荒地。何も知らずに行くのは危険すぎるからな。
「植物や動物……知ってる! 魔物とか危ない場所とかも!」
ニーナちゃんが輝くような笑顔を浮かべる。良かった。やっぱり女の子には笑顔が一番だよな。
「じゃあ、お給与は一日銀貨一枚でどうかな?」
「え!? そんなに!」
「いい? 貴方の年齢でも一日働いたらこの半分は貰わなきゃ駄目よ。もし、良ければ早速お願い。あ、さっきの人のところに荷物とかある?」
「あ、鞄が一つ。……でも」
「大丈夫。ついでに今日までの日当も貰ってかえりましょう……勿論、規則通りの適正価格でね!」
トントン拍子で決めていくジーナさんだが、おおっ、何か燃えてる! よっぽど、さっきの男が許せないんだな。
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