第126話 クロムウェル

(アリステッド男爵<フェイ>視点)


「船長、見えました」

「……良かった。ありがとう、みんな」


 そう言うと、船員さんが俺に敬礼をしてくれるのだが……な、慣れない。


(この仮面があって良かった……)


 仮面があるから何とか誤魔化せているが、正直恥ずかしくて……


(船長って呼ぶの止めてくれって言っても聞いてくれないんだもんな)


 実は交渉の結果、オルタシュの一件での俺への報酬は二艘の定期船と港の一区画ということになった。で、ブリゲイド大陸には自分の船で行くことになったのだが、船員さん達が俺を“船長”と呼ぶと言って聞かないのだ。


(船の所有権があるっていってもなあ……実際には指示を出すのは副船長なんだから、俺はお飾りだし)


 だが、そんなことを言っても全く聞いてもらえない。終いには“アリステッド男爵所有であることが一目で分かるように旗を作りましょう!”なんて言う人まで出てきてしまった。


(旗は……冗談だよな?)


 いや、旗がなかったらオッケーかというと、そんなこともないのだが。


(しかし、冒険者なのに不労所得を得ることになっちゃうな……)


 俺は船を商会に貸してることになるのでお金を受け取ることになる。その日暮らしが信条の冒険者が不労所得……なんだかな。


(まあ、実際には商会がアリステッド男爵と繋がりを持ちたいという思惑があったりと良いことばかりじゃないが……)


 非常に不本意ではあるが、アリステッド男爵はオルタシュでは英雄のような扱いだ。そこと繋がりを得ておけば、自分達の信用も上がると考える商社が多いらしい。


(まあ、定期船を運営していたのはちゃんとした商社ばかりだったらしいし、あんまり心配はいらないかも知れないけど)


 まあ、ルーカスさんも相談に乗ってくれるって言ってたし、何かあったら頼らせてもらおう。


「間もなく港だ! 接岸準備急げ!」


 おっ、いよいよ上陸か!



【クロムウェル冒険者ギルド】


 例によってルーカスさんとクラウディアさんと今後の動きについて打ち合わせだ。


(どの冒険者ギルドにも通信用の魔導具ってあるんだな)


 何でも緊急時に王宮とやり取りするためのものらしいけど。


「無事着いたようで良かったよ」


 魔導具が起動し、その表面にリーマスにいるルーカスさんとクラウディアさんの姿が映った。


「快適な船旅でした」


 船の快適さは勿論だが、魔物が一匹も出なかったのだ。


「魔物を一匹も見かけないなんて、オルタシュって随分安全な海なのね」


 レイアは若干不満げな顔をしてるが……オイオイ。良いことだぞ!


「一匹も見ない? それは珍しいな。確かにオルタシュ近辺の海は比較的安全だが、全く遭わないというのはかなり珍しいな」


「聖獣メルヴィルのサービスかもね」


 クラウディアさんが冗談めかしてそういうが、案外正しいかも知れない。


「さて今後の予定だが、まずはギアス荒地を少し見てもらいたいと思っている。生息している魔物は勿論、気候もかなり違うから体を慣らしてからでないと遠出は危険だからね」  


「分かりました」


 今更だが、本当に至れり尽くせりだな。


「ギルドには君達のためのクエストを用意してもらっているから数日体を休めてから受注してみてくれ」


「宿も予約済みだからジーナさんから聞いてね。クロムウェルは温泉で有名だから是非楽しんで!」


 温泉! 初めてだな。楽しみだ。


「むっ……もう魔力切れか。じゃあ三日後に」  


 ブツッ!


 魔力切れで画面が消えると、ドアが開き、ジーナさんが現れた。


「みんな! 宿に案内するわよ〜」




【潮風亭】



 案内された宿はやはりというか、凄いところだった。


(凄いな……貴族が使いそうなとこだ)


 まあ、貴族がどんなところに泊まるかなんて分からないんだが。外観からして凄い。


「こっちよ」


 圧倒される俺にジーナさんがそう声をかけてくれる。とりあえずついていかないとな。


(広いな)


 入ってまず目にしたのは広いフロント。そこで飲み物を飲んでるうちに諸々の手続きが済んでしまい、俺達はそれぞれ部屋に案内された。


「あ、フェイ兄。後で部屋に来てくれる?」

「分かった」


 そんなやり取りをして部屋に入ると……


(わっ……部屋に風呂がある!)


 誰でも入れる大きな風呂だけでなく、部屋にまで風呂があるなんて……


(贅沢だな……)


 まあ、地面を掘れば温泉が湧いて出てくるクロムウェルだからこそ出来るんだろうけど。

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