第2話 辺境の村人Aの証言(2)
私は悩みました。悩んでいる間にも騎士様は服を着る気配がありません。何故服を着ないのか……。
「ああもう!! お願いです! 何故貴方様が身包みを剥がされて、この芝が生い茂り荒れ放題の山に居るのか、何故何時迄も服を着て頂けないのか、一体この山が何だというのか! どうか教えて下さい!」
私の必死の懇願に騎士様は優しく微笑みました。その瞳は私の不安を打ち消し、何も心配する事は無いと仰っているようでした。
実際は、騎士様が裸なので色々と心配なのですが。イケメンとは言え、こんなに長い時間裸の男性が外に存在していて良いものなのでしょうか?
「なるほど。話が噛み合わないと思いましたよ。そうですか、貴方は私が何故この様な格好で居るか気になっていたのですね」
騎士様が当たり前の事を仰いました。私は最初からそう訪ねていたと思ったのですが……むしろこの状況でそれ以外の何の事を気にするべきなのか。こちらも邪推して色々想像が膨らみ過ぎてしまったではありませんか。
「芝が荒れ放題生い茂っているからですよ」
「そうでしたか……」
私はその時……いや、もう既におかしさを感じておりました。話が一向に進まない。芝が荒れ放題のくだりも一度聞いた気がします。
「それは……何かの隠語でしょうか?」
「いえ?」
騎士様は優しく微笑みました。彼が何を言わんとしているのかが本当に全く分かりません。
話を統合すると……芝が荒れ放題生い茂っているからここに裸で居る、という事になります。……むしろ騎士様から聞き出した情報はそれしかありません。
……? どういう事でしょうか? つまり芝が生い茂っているから裸になったと……?
いや、私も同じ事を何回も言っているとお思いでしょう?
どういう事だと考えましたよ。でも、その話をストレートに飲み込むならば、この麗しき騎士様は何の理由も無く草むらに裸になりに来た、そういう事になりますね。
……そんな馬鹿な話が有りますか? 皇室騎士団の騎士様ですよ?
その間も騎士様は服を着る気配がありませんでした。何一つ解決せぬ状況に困惑していると、生い茂る芝がガサガサと音を立てて荒れました。
その音に思わず振り返ると、そこには野生の魔獣が何匹も現れたのです。
大型の狼の魔獣の群れでした。いかにも人を襲いそうな恐ろしい形相でこちらを威嚇しているじゃありませんか!
私は騎士様を振り返りました。やはり何らかの異変はあったのです。
恐怖心よりも先に、騎士様はやはり何の理由も無くこの荒れた山に裸で居た訳ではなかったのだという安堵と尊敬で胸が高鳴りました。裸の理由はよく分かりませんが……それもきっと何かがあるのでしょう。
「野良魔獣だね……」
そう言うと騎士様は置いてあった細身の剣を自身の前に立てて抜き、刀身を露わにしました。薄っすらと紫色に光るスラリとした細身の剣は、美しい騎士様によく似合っておりました。ですが、残念な事に細身の剣では大事な所を何一つ隠すには至りませんでした……。
騎士様は剣先を魔獣に向けるとジリジリと歩み寄って行きました。
ま、まぁ緊急事態ですし、準備をする時間もありませんでしたから仕方ないとは言え……騎士様はやはり服を着ては行きませんでした。
防御力ゼロですが大丈夫なのかと心配になりました。せめて騎士様の騎士様だけは防御力を上げておいた方が良いのでは無いかと……そう思ったのも束の間、彼を取り囲む魔獣達が一斉に襲いかかったのです。
魔獣達の狙いは騎士様の急所でした。それはそうですよね、ゆらゆらと揺れておりますもの。動物はゆらゆら揺れる物を衝動的に追いかける習性がありますからね。
一直線に向かってくる狼の魔獣達をギリギリまで寄せ付ける騎士様。魔獣の口が勢いよく開き獲物を捕らえた。噛まれる! と思った瞬間、魔獣の口は空を喰みました。噛まれてはいなかったのです。すんでで避けておりました。
ヒヤヒヤです。全ての攻撃をスレスレのヒヤヒヤで避けるその様は見ていられませんでした。ですが、気になり過ぎて目を離すことも出来ず……私はずっとヒュンヒュンしていました。
最初は勢いよく飛び付いていた狼達も、次第に勢いを失って行きました。それはそうです、もうかれこれ一刻以上ヒュンヒュンしていますから。ずっとすんでで避けているだけなのですよ。
何故攻撃をしないのか? 私にはそれが分かりませんでした。剣を抜いただけで一向に攻撃する気配が無いのです。もしや、騎士様は無駄な殺生はしないタイプなのだろうか?
そう思い始めた時……騎士様は足を止め、揺れも止め、そして剣を仕舞いました。
何故戦いの途中で剣を仕舞うのか? そう疑問に思ったのも一瞬でした。騎士様の周りの荒れた芝は綺麗に刈られ、魔獣たちの毛も刈られて無くなり、そして私の服も無くなっていたのです。……ええ、何故か服が消えていたんですよ。私の服が。
服の破片は地面に落ちておりました。私は訳も分からずただ呆然と立ち尽くしておりました……。
「あ、あの……騎士様?」
「もう大丈夫ですよ。ああ、この魔獣は毛に魔力を溜めて身体能力を上げるタイプでしてね。こうして丸刈りにしておけば襲って来ても普通の犬と変わらない程度なのです。魔獣の事は首都に届け出ていただければ城の者が回収に来ますので」
「あ、いえ、そうではなく、何故私まで?」
私の不安げな表情を和らげるかのように騎士様は優しく微笑みました。いえ、もうその微笑みでは解消されませんよ、だって私は服に魔力を宿しておりませんし意味も分かりませんからね。
「この山は芝が荒れ放題生い茂っておりましたね」
「ええ。そうですね。騎士様が今しがた刈りましたね。それがどう繋がるのでしょうか?」
「芝が生い茂っていると、服を着ているのと変わらないと思いませんか……?」
「……は?」
騎士様は優しい微笑みで問いかけて来ました。私にはその言葉の意味が理解出来ず飲み込めずで……呆然とただ次の言葉を待ち続けました。
「隠す物が有る限り……人は裸にはなれない。この生い茂る芝で荒れてしまった山は私の色々を隠してしまいます。隠す物が有る限り……真の裸にはなれない。そうは思いませんか?」
何を仰っているのか、いよいよ理解が出来なくなってきました。私の頭の中には宇宙が広がり、騎士様の仰る言葉がその中に吸い込まれていくのです。私が理解するまで置いてかないで欲しいと思っていても、言葉は宇宙へと吸い込まれて行きました。
「私はここでは裸になることは出来ませんでした。それが悲しかった……だから、持ち主である貴方をずっと待っていたのです。陛下から勝手に他人の土地を侵害してはならないと言われておりましたので」
いよいよ意味が分かりません。いや、ずっと分かりません。土地の侵害とは何なのか? 恐らく芝を勝手に刈ることが騎士様の仰るそれにあたるのでしょうが……。
「あの、生い茂る芝に一糸纏わぬお姿で寝ているというのは侵害ではないのでしょうか?」
「一糸纏っているではありませんか。生い茂る芝が私の体を遮っておりましたので」
どうやら騎士様基準では芝は一糸に該当するようでした。
「それで、何故私までこのような姿に……?」
「ですから、遮るものを全て取り払ったのですが……?」
騎士様は整った眉を寄せて首を傾げました。何故か私の理解力が足りないことになっているのですが、つまり……私の一糸は芝扱いだと、そう言っておられるようでした。
「なるほど……?」
私は眉間に指を当て、考えました。最初から起きた事全てを考えました。
要するに騎士様は、変質者だと……そういう事かなと思い、また確認の為お顔を拝見しました。
騎士様はやはり相変わらずお美しく、そして服を着る気配はありませんでした。
こんな美しい……しかも皇室騎士団の方が変質者……? そんなバカな、何かの間違いではないかと思い、私はもう一度尋ねました。
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