月光の騎士様にお気をつけて~麗しの騎士は微笑みながら今日も自由に出歩く
あニキ
第1話 辺境の村人Aの証言(1)
あの時の騎士様の話を聞きにこんな所まで来られたのですね……本当に聞きたいのですか? そうですか……まぁ、良いですけど。
私どもの住んでいるこの辺境の村は首都からかなり離れておりまして、まぁゴブリンやスライムなどの底辺野良魔獣の被害は多少あれど、我々村人達は慎ましながらも静かに暮らしいる、そんな土地です。
そもそも大陸全体的に大きな戦も無く、統治が隅々まで行き届いておりますからねぇ。平和というのは良いものですよ。
日々ご飯も美味しく頂けていますし、まぁ美女ではありませんが頼りになる嫁さんもおりますし。あ、先日ね、かわいい娘も生まれまして……
ん? そんな話には興味が無い。
ま、ありませんよね。他所から話を聞きに来る方は皆そうだ。異変とか予兆とか訳の分からない導入を求めますよね。
でもね、そんな物は何もありませんでしたよ。本当に。本当に平和だったんですよ……。
あの日、私はいつもの様に山に芝刈りに出かけました。え? 妻は川で洗濯はしておりませんが……?
持ち山の芝がね、ボーボー過ぎてそろそろ刈ろうとしていた所だったんですよ。たまたま。たまたまって、偶然にって意味ですからね?
え? 何も思っていないから余計な事を言うなと。何怒っているんですか?
えーと、何だっけ? あ、ああ。そうそう、その日はたまたま山に芝刈りをしに行きましたらね……刈っている芝の中にたまたま見つけたんですよ。
……え? 何をって?
だから見つけたんですよ。たまたま。
……だから何かって?? 言ってるじゃないですか。つまり、転がっていたんですよ。一糸纏わぬ、素っ裸の男性が。
「だ、大丈夫ですか??」
私は何か盗賊か野良魔獣にでも襲われたんじゃないかと心配しました。
男性に駆け寄ってからハッと気付いたのです。素っ裸だからといって本当に被害者なのかと。
嫌な想像が過ぎりゾクリとしました。駆け寄りかけた足を止めたのは芝の中に転がっていた金色の装飾の入った紋章。
それは首都に出かけた際にたまたま見かけた皇室騎士団の紋章と同じものでした。
(何だ……良かった、変な人では無い。この国で1番の騎士団の方か)
と、安心したのも束の間……はたりと気付きました。
何故、皇室騎士団の騎士様の服が散らばっているのか? 何故彼は裸で倒れておられるのか……。
不安が安心に変わり、そしてまた不安へと忙しなく変わりました。
噂でしか知りませんが、皇室騎士団に入るのはかなりの難関であり、身分や金やコネは一切関係無く実力がある者しかなり得ないと聞いております。
そんな騎士様が身包みを剥がされて芝の中にたまたま晒されているなど……とんでもなく恐ろしい何かが居るに違いない。と、私は辺りを警戒しました。
辺りには何かが居た形跡も、争った跡もありません。芝は踏み荒らされておらず、綺麗に生い茂っていました。
それが余計に恐ろしい……。何のヒントも無いのです。国一番の騎士達が集う皇室騎士団……その騎士様が身包みを剥がされて横たわっている理由に繋がるものが……何一つ無いのです。
私は身動きが取れなくなりました。
もしや何かが潜んでいるのでは……? そう思うと怖くて一歩も動けなくなったのです。
「……どうかされましたか?」
「ひっ」
後ろからかけられた声に驚いて振り返ると、その騎士様がむくりと起き上がりこちらを見ておりました。
……私はそのお顔を見て安心しました。
最初は騎士らしき制服が落ちているだけでこの方が本当に騎士である保証は何処にも無いと疑ったりもしましたが、その考えも消えました。何せその方、何たって美しい。男性にしておくのは勿体無い位に整った容姿、美しい金色の瞳。優しそうな笑顔を私に向けていました。こんなイケメンは見た事がありません。裸ではありますが。
眉目秀麗、月光の騎士様という言葉が過ぎりました。いや、全然月とか出てない昼間なんですが。
騎士の制服がよく似合うだろうと、こんな方が騎士でない訳が無いと。そう思わせるような御方でした。
服を着ていないのも何か退っ引きならない理由があったのだろうと、そう感じて私は急いで制服を拾い上げて騎士様にお渡ししたのです。
「あの、こちらを」
「ああ、済まないね。放っておいて頂いて良かったのに」
騎士様は私に優しい笑顔を向けてくださりました。皇室騎士なんて身分の方には出会った事が無かったのですが、こんなにも優しく接して頂けるなんて思わなかったので……相手が男性と分かりながらも少し頬が赤くなってしまいました。この美しさでしたら男女問わず魅了なさるでしょう。
騎士様は受け取った制服をそっと置いて空を見つめていました。
やはり何か事情があるのでしょう……何せ服を着る気配が無いのですから。余程の事があったに違いない。
……ですが、そろそろ目のやり場に困るので服を着て頂きたいと思いまして、申し訳無さそうに尋ねてみました。
「あの……服を」
「ああ、私の事は構わないでくれて結構だよ」
構わないでと言われても、ここは私の山でありますので。イケメンとは言え裸の男性が退っ引きならなそうな事情を抱えて裸で座っている横で気にせず芝刈りが出来るほどの心は持ち合わせてはおりません。生い茂る芝も刈って良いかも分からないし、何か違うものまで刈ってしまってはいけませんし……。
「騎士様……僭越ながら、どうしてそのようなお姿でいらっしゃるのか、何があったのかお聞きしても宜しいでしょうか?」
私はそれを聞いて良いものか迷いました。何か恐ろしいものを聞いてしまうような……そんな気がして。
騎士様は私の問いかけに優しく微笑み、言葉を返しました。
「この山は芝が荒れ放題伸びていますよね」
「えっ、ですから刈りに……」
私はハッとしました。確かにこの山は荒れ放題、暫く手入れを忘れていましたので慌てて芝刈りに来た所なのです……。生い茂った草は騎士様の裸体をすっぽりと隠す程でした。何かが潜んでいる危険な場所と言われてもおかしくはない。実際裸体の騎士様の存在に暫く気づかなかったのだから。
「……まさか、この荒れ放題の山に何かが潜んでいるとでも……?」
「潜んでいるのですか? それはいけませんね」
「えっ」
「潜んでいないのですか?」
「えっ……いや、その」
質問が質問で返されて私は困惑しました。騎士様のその口ぶりでは、この山に何かが潜んでいてその危険性を訴えているという事ではないらしい。では、騎士様は何が言いたいのだろうか……私は悩みました。
だって、何かが潜んでいて騎士様に危害を加えた訳で無いのだとすれば、何故この麗しい騎士様が荒れて生い茂る芝の中で身包みを剥がされて素っ裸でいたというのか。
何も分からない。ミステリーが過ぎます。辺境のしがない村人の……私の浅い知識では想像が追いつきませんでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます