二刀の剣士
サヨナキドリ
誇りか、勝利か
「くそっ……」
俺は手拭いを外して、道着で涙を拭く。そんな俺の背中を、誰かがぽんと叩くのを感じた。
「斎藤、ベスト8だよ。すごいじゃないか」
大学の4年間を共に戦ってきた近藤にそう言われても、俺は顔を上げることができなかった。近藤が何かを言おうとして、飲み込む。かける言葉にも困るだろう。俺が泣いていたのは負けたからじゃない、大学最後のこの大会で、初めて勝ってしまったからだった。そもそも、高校時代には試合に出ることすら無かったのだから。
俺は二刀流だった。二刀流こそが俺の剣の『意味』だった。はじめはただ単に、小説の主人公に憧れて始めた二刀流だったのだけれど、俺はそれに全てを賭けていた。
高校では、公式試合では二刀流は禁止だった。試合には出られなかったけれど、問題にはならなかった。なにせ、最後まで部内で一番弱かったから。1年生を含めても。俺はひたすら素振りと基礎トレーニングを繰り返した。部活を引退する頃には、フィジカルだけなら部内どころか全校でトップだったけれど、それでも部内の紅白戦で、1本取るのが精一杯だった。
大学に入り、ようやく公式戦で二刀流が使えるようになった。それでも、1回も勝てなかった。当然だ。大学まで剣道を続けているやつが、高校の後輩より弱いわけがない。俺はここにきて初めて『強い相手』と戦った。
1度も勝てないままで、大学最後の大会を目前にしたある日、近藤が俺の両肩を掴んで言った。
「次の大会は、一刀流で出ろ」
その時の感情を、なんと言えばいいんだろう。一瞬炎が燃え上がったのは確かだけれど、すぐに吹き消されてしまった。こだわりを貫き通すには、俺は少し疲れていたし、何より近藤の目は真剣だった。
「分かったよ」
俺がそう答えると、近藤は少し泣き出しそうな顔で笑った。
そして1回戦。俺が初めて一刀流で戦い、おそらく最後に剣を握ることになる試合。俺は青眼に構えて声を上げた。相手の目に侮りの色が見える。それはそうだろう、俺の中段の構えは、まさしく素人のそれだった。一刀の下に勝負を決めんと、相手が素早く振りかぶる。振り下ろされた竹刀は、しかし俺には確かに見えていた。
パシィィン
鎬を払われた相手の竹刀が大きく横に剣先を逸らす。相手が驚愕しているのが分かるし、自分でも驚いていた。ただ払っただけなのに、こんなに大きく姿勢が崩れるなんて。1呼吸置くこともなく、ガラ空きになった面に俺は竹刀を振り下ろした。
1本。審判全員の赤い旗が上がる。
2本目は向こうが取った。よほど油断をしていたのでなければ、1本目のように迂闊な踏み込みをしてこない相手だ。姿勢が崩れた隙を突かれて、小手を取られた。
あとが無くなった3本目。俺は一度深く息を吸うと、ふと思った。
(……窮屈だな)
どうも胸が締まるような感じがする。ずっと二刀でやってきたから、両腕が前で組まれていることに慣れていないのだ。
俺は小さく笑うと、右脚を後ろに引いた。それから両手を上にやって、胸を広げる。ほら、だいぶ楽になった。
上段。火の構え。全てを焼き尽くす攻撃の型。
相手の剣先から動揺が伝わる。それはそうだろう。剣士というのは普通、得意な型というものがあって、それを主体に戦うのだから。この局面で型を変えるなんて、やぶれかぶれの奇策か、あるいは奥の手なのかという迷いが『見える』。だが、俺は単に『どちらでもいい』のだ。中段も、上段も、八相や他の全ての型も——
俺のものではないのだから!
右手を踏み切り板にして左手一本で振り下ろされた竹刀は、並の剣士の倍以上の速さで面を打ち抜いた。
——俺はそのままベスト8まで勝ち上がった。
「俺は、間違ってたのか。ずっと二刀だったのは——」
人前にも関わらず、嗚咽が抑えられない。両手で握った一本の剣は、驚くほど俺の手に馴染み、見たこともない閃きを見せた。二刀流を捨てていたら、もっと早くから勝てていたのか。
「……そんなことも分からねえのか」
俺たちの後ろから、同期の土方が吐き捨てるように言った。俺が振り返ると、土方は続けた。
「お前は二刀で負けた時、いつも笑ってた。『もっと強くならないと』ってな。いま、お前は泣いてる」
その言葉に俺は目を丸くして、息を呑んだ。土方が顔を背ける。俺の肩を抱いていた近藤は小さく笑ってから言った。
「いや、間違ってる」
「近藤さん!?」
土方が慌てたように振り返る。俺が見上げると、近藤は微笑みながら、しかし強い目で言った。
「斎藤は二刀で負けて笑って、一刀で勝って泣いた。——“次”は二刀で勝って笑え」
「……はい!」
それから俺は、就職先の会社の剣道部に入部した。成績は今のところ、三回戦止まりである。
二刀の剣士 サヨナキドリ @sayonaki
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