第5章 ~小さな盗賊編~

55.盗賊団を追え! ***

 「たまにはギルドでモーニングしよーかしら」

 ふとした気まぐれが、玲奈を早朝からギルド・ギノバスへ突き動かす。




 「……んーと、コレで」

 席について適当に注文を終えると、ふとギルドを見渡す。相変わらず朝のギルドは静かだ。晩になればどうせ騒がしいのだから、こういうギルドも悪くない。ずいぶん優雅な朝なので、どこか気取って手帳を取り出した。朝からカフェに立ち寄りノートパソコンを開く社会人、目指したのはそんなイメージだろうか。

 改まって今日の日付を確認すれば、マフィア掃討作戦から早くも二週間が経過していた。先の作戦で切り崩れた塀の補修工事の音が、最近は聞こえてこないことに気がつく。

 「……早いなぁ。もうそんな経ったかぁ」

 一人で居ると余計に思い出してしまう。いくら覚悟を決めようとも、やはり他人の命を奪う戦場に立ち会ったことへの畏れからは、いまだに苦い味を感じる。腰に据えた魔法銃は、確かに人を貫いたのだ。

 そんな漠然とした負の感情に襲われていた頃、丁度良くも知人が通りすがった。

 「どうも、レーナさん。お久しぶりです」

 「……あら、ダイトくん? 今日は早いのねー」

 「ええ。ちょうど今から、一仕事しようかなと思ってたところなんです。まあ、まだ詳しい事は何も決まってないんですがね」

 「なんて勤勉なの……師匠とは大違いね……」

 「かくいうレーナさんこそ、そういうおつもりでは?」

 玲奈はふと顎に手を当て考え始める。視線は自然と遠くの依頼書掲示板へと吸い寄せられた。

 (……そういえば私って、一応ギルド魔導師……なのよね。ずっと秘書としての仕事ばっかしてたけど、普通に一人で依頼を受理して、そんでサクッと稼ぐ権利あるのよね)

ダイトは突然黙り込む玲奈を案じた。

 「レ、レーナさん? どうかしました?」

 「ねぇダイトくん、一緒に仕事してくれないかな……? 実は私ですね……まだ普通の依頼を受諾したことなくてですね……」

突然の提案だった。それでもダイトは快く頷く。

 「……ええ、もちろんです。華々しいデビューを飾りましょうか」




 二人は依頼ボードの前へ並ぶと、そこに貼られた依頼書に目を通す。

 「さて、ここはレーナさんが選んじゃってください。ビビッときた依頼を受諾しちゃいましょう!」

 「……うーむ」

 ギルド依頼書には依頼内容に成功報酬、依頼場所、時には指定人数など、詳細な情報が記されている。そこからギルド魔導師は、自身のニーズに合った仕事を選ぶわけだ。

 ふと一つの依頼が彼女の目につく。特段な理由などは無かったが、何となくそれに惹かれた。

 「盗賊の捕縛……依頼者・マーチ=アントルソン。商店街にて窃盗・強盗が横行しているが、騎士団が捕縛に手を焼いているようなので、貴殿らにこれの捕縛を依頼する。なお盗賊とは形容したものの、どうやら子供の仕業である模様……」

玲奈は自分で読み上げた文章に自分で驚愕する。そして下心丸出しに決断した

 「子供!? 子供だけの盗賊!? ダイトくん。コレよ、コレにするわよ! 魔法がまだまだな私でも、子供を捕まえるだけならきっと活躍できる!」

 玲奈は極力簡単な依頼を選んだつもりだった。しかしなぜかダイトは、頬を指で掻きながら気まずそうに応じる。

 「こ、これにします……? 本当に?」

 「ええ、これに決まり。さ、頑張るわよ!」

玲奈は依頼書を剥がす。すぐさま受付へ向かうと、気合い満点でその依頼書を受諾するのだった。




 王都内で人を探す依頼であれば、今日からでも動き出せる。二人は早速行動を開始した。最初は苦い反応を見せたものの、腹を括ったダイトは呟く。

 「さてさて、ここがギノバス随一の商店街・ピリック通りですね。マーチ=アントルソンという方は、ここら一帯で最も大きな商会・アントルソン商会の代表を務める貴族のようです」

 「なるほどなるほど。なら、そのマーチさんからお話は聞けるのかな? 例えば過去に窃盗団が現れた店とか、あとは……時間帯とか」

 「うーん、難しいんじゃないでしょうか。貴族でありながら商会の代表も務めるとなれば、きっと多忙な方なのでしょうし……」

 「やっぱそうよねー」

 「とにかく、ここは駐在騎士を頼りましょう。手を焼いているとはいえ、騎士の方々も少年盗賊団を追っているとのことでしたし、きっと何か手がかりを知っていますよ」

 「そうね。それじゃまずは、騎士の詰所に向かおっか」

二人は商店街へ足を踏み入れ、手始めに騎士の詰所を目指すこととした。




 ピリック通りはギルド・ギノバス周辺の繁華街・エルウェ通りよりも一層賑やかだ。人の往来も激しいところから、白昼堂々の強盗はかえって容易なのかもしれない。玲奈は店の看板を流し見ながら、のんびりと看板に目を通して行く。

 (青果店、精肉店。質屋、食堂。宝石店に、魔法具店。お店がぎっしり)

 ギノバス最大の商店街だけあってか、簡易な造りの出店でみせも立ち並ぶ。まさにそこは、王都の経済の中心地とも言える土地だった。

 (出店でみせはワンオペだし盗みは容易いのかもだけど、だいたい飲食店だしさすがに狙われないか……はい、名推理。某少年探偵のアニメを履修しておいて正解だったわね)

 そんな探偵ごっこをしているうちに、騎士の詰所へはあっと言う間に到着した。二人は入り口の見張り番をする騎士にギルド魔導師の紋章を見せる。ダイトは用件を告げた。

 「とある依頼に関して情報提供を願いたく参りました」

 「承知しました。中へどうぞ」




 二人は詰所内の担当窓口に足を運んだ。依頼書を窓口の騎士に渡し事情を説明すると、担当の者は愛想良く応じる。

 「少々お待ちください。只今資料の方を探してまいりますね」

そして騎士は立ち上が、通路の奥へと消えてゆく。

 ふとした待ち時間。玲奈は気になったことを聞いた。

 「ねえダイトくん。騎士ってさ、こういう市役所みたいな事務仕事もやらされるの? 私のイメージではさ、騎士って剣を持って勇敢に戦う人ってかんじなんだけど。てかさ、もはや騎士なのに剣差してない人も居るよね。ロベリアさんとか」

 「僕もそのへんの仕組みはよく分かってなくて。あ、でもまだ魔法がこの世界に無かった頃、騎士団は皆が腰に剣を差していたそうですよ。魔法が生まれた今となってはその戦闘方法も多様化し、ステレオタイプな騎士が減ったみたいですね」

 「ほほう、時代とも共に変わるわけですねぇ」

 「魔法ってのは凄い文明ですよ。ある論文では、女性の社会進出に最も貢献した歴史上の出来事だと言われてます」

 「そっか。魔法があれば、女性でも騎士として戦えるからだ」

 「ええ。しかも統計的には、男性より女性のほうが先天的に高い魔力量を持つそうです。筋力に勝る男性と、魔力に勝る女性。神様も上手いこと考えましたよね」

 「はえー、そんなことまで分かってるんだ。ダイトくん博識」

 「いえいえ、自分なんてまだまだ勉強不足です。現にレーナさんが最初に質問した、騎士の職務内容には回答出来ず仕舞いですから」

ふとした雑談も束の間、二人のすぐ背後から突如として野太い声が飛んだ。

 「……なら、私が教えてあげる。王国騎士団。それは二つに大分されるの」

接近に気づけなかった二人は肩を震わせて驚いた。玲奈は情けない声を零す。

 「ひぇ……?」

 恐る恐る振り返った。そこには筋骨隆々で逞しい髭を生やしながらも、妙なオネェ口調が鼻につく巨漢が佇む。男はこちらの動揺を気にも留めず続けた。

 「まずは駐在騎士団。この手の騎士団はさっきのあの子のように、各地の詰所で見回りや事務の仕事を行う騎士さんね。窓口の子たちも、ギノバス駐在騎士団。詰所って施設は、基本的に駐在騎士団のものよ」

 「そしてン残る一つが、作戦騎士団。作戦騎士団は三つの師団で構成される、より厳しい戦闘訓練を受けたエリート部隊。彼らは作戦の立案から国選魔道師との提携業務、他にも王都の検問の門番を担当するの。ちなみに作戦騎士団は、しばしば王国騎士団とも呼称される。歴史上の騎士団の本流は作戦騎士団で、駐在騎士は職務内容の肥大化によって新設されたものだからね」

 「へ、へぇえぇー」

 (誰? この人? 何? このキャラ? いろいろ濃すぎない?)

 玲奈は困惑しながらも適当に頷いておいた。全ての説明が頭に留まらず通過していったことは秘密だ。

 奇妙な巨漢は、玲奈の横にいたダイトへ焦点を合わせる。

 「ところで、そこの白髪の子、お名前は?」

 「ダ、ダイト……です、けど?」

さすがのダイトも、思わぬ曲者の登場に困惑を隠せないでいた。巨漢はにこやかにダイトへ腕を回す。

 「ねえ、これからどう? ご飯でもいかな~い?」

ずいぶん馴れ馴れしい口調で誘い始めたが、ようやくそこへ別の騎士が止めに入ってくれた。華奢でふわふわとした白い髪が可愛らしい女性の騎士は、動じることなく巨漢の腕を引っ張る。

 「ねぇ師団長さんってば、仕事中にナンパなんてしないでくださいっ……! 今から第二師団は本部に戻って会議の予定なんです!! ていうか、何で駐在騎士さんの詰所に入っちゃうんですか!! 作戦騎士がお仕事中の駐在騎士さんを邪魔しないでくださいー!!」

 「ばれちゃった。えへ、ごめんねフルワ。さ、帰りましょうか」

 巨漢は舌を出して可愛く(?)反省する。フルワという小柄な騎士は男を引っ張り、そのまま詰所を後にした。

 ダイトは放心状態のまま、ぼそりと呟く。

 「レーナさん、今あの方、師団長と呼ばれてましたよね……?」

 「え、ええ。そうね。あの人が、師団長。ロベリアさんと同じ……」

衝撃的な男、いや漢との出会いに、思わず本題を忘れてしまいそうだった。窓口の駐在騎士が戻ってきたおかげで何とか忘れないで済んだが。

 「おまたせしました。こちらが現在までの調査資料になります」






【玲奈のメモ帳】

No.55 ダイト=アダマンスティア

白く短い髪がよく目立つ好青年。ギルド・ギノバス在籍の魔導師。年齢は玲奈の二つ下である二〇歳。フェイバルの弟子として日々研鑽に努める。優れた機動力と破壊力のある鉄魔法を兼ね備え、近接戦を得意とする。

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