52.一六年越しの剣戟 ***

 「……一六年ぶり、かしら。早いものね」

 ツィーニアは無意識に視線を足元に落とし呟く。目の前へ立ちはだかる、知っているはずで知らない男を直視することは出来なかった。

 「……随分と変わったな。ツィーニア=エクスグニル」

 男は目の前の姉の名を、あたかも他人のもののように唱える。その他人行儀な呼びかけに動揺してか、しばしの沈黙の後にツィーニアは口を開いた。少しだけ震えた声を、久しき弟へと届ける。

 「……やっぱりもう、姉貴とは呼んでくれないのね」

 「俺の家族はもう、ガルドシリアン・ファミリーだ」

ツィーニアの口元は引き締まる。時間が隔てようとも、家族としてありかった。もうそれは叶わないことを、男の発言から痛感する。

 彼女は国選魔導師・刃天として語った。

 「……私はあなたに助けられたのに、あなたを殺めなければならない。残された最後の、たった一人の家族を。自分の手で」

 「何度も言わせるな。俺はもう……お前の家族じゃない」

ブロニアは吐き捨てるように呟く。そのまま絞り出すように続けた。押し殺してきたはずの感情が垣間見える。

 「俺は家族ファミリーと長く過ごしすぎた。生みの親を殺した人間の為に、命を賭けて戦場に立っている。狂っているだろう」

その声は徐々に情動を帯びだす。

 「……だが、もう変わっちまったんだ。家族ファミリーと育ち、死線を共にして、守り守られた。俺の目にはもう、家族ファミリーが頼れる存在に映っちまう」

ツィーニアはゆっくりと瞼を閉じた。彼女もまた人間味のある声色に移りゆく。

 「……あなたを助けたかった。でも、悪に堕ちたあなたを国選魔道師・刃天は許してくれない。あなたに再会するということは、あなたを討つということ。私は私の生きた道が正しかったのか、ただただ疑わしい」

 「お互い背負ったものは、もう降ろせない。背負ったものの為に剣を振るうのが、剣士の花道だろう」

ブロニアは大剣の柄に手をかけると臨戦態勢へ入った。どこか慣れない口調で、改まって身の上を明かす。それがせめてもの礼儀だった。

 「ガルドシリアン・ファミリー。元・頭領ドン側近。ブロニア=エクスグニル」

そこには昔から変わらぬ、大剣を上段に構えたブロニアの姿。少しだけ口角を緩めると、ツィーニアは二本の剣を抜いた。

 「ギルド・ギノバス。国選魔道師・刃天こと、ツィーニア=エクスグニル」

二人は同時に真正面へと踏み込む。繰り広げられるのは、運命に翻弄された姉弟の、最期の手合わせ。

 共に強化魔法秘技を扱う姉弟の一刀は地を揺らす。正面の打ち合いから始まった初撃は、剣戟吹き荒れる嵐へ。そしてその僅かな間に、ツィーニアは男の成長を痛感する。

 一六年前とは比にならぬ鋭い払いに、織り交ぜられた的確な突き。染みついたはずの流派の型は一切消滅している。そこにエクスグニル家の血は、一滴たりとも流れてはいなかった。

 二刀流を極める彼女は手数で勝るが、一撃の重さはブロニアに軍配が上がる。戦況は拮抗していた。

 ブロニアは左の剣での薙ぎ払いを飛び越え回避する。そのかすかな隙を突くべく、ツィーニアは右の剣を逆手に持ち替え連鎖的に攻撃を繰り出した。ブロニアの握る大剣とツィーニアのヘブンボルグが激しく火花を上げる。

 そのとき、回避したはずのブロニアの左肩に亀裂が走った。ツィーニアが斬撃と共に飛ばした微弱な魔法刃が、男へと届いたのだ。

 ブロニアは傷を抑ながら一歩退く。彼女は追撃に出た。

 (今なら、終わらせられる――!!)

決して見逃さない。すかさず強い踏み込みで急加速した、そのときだった。




 あの日の声が頭の中で共鳴する。たとえ時の流れで姿が変わろうとも、目の前には愛する弟が居るのだ。

 「――姉貴! 今日も俺の勝ちだ!!」

脳裏に焼き付いた弟の声は、ツィーニアの刀を止めてしまった。




 刹那、ツィーニアに向かって放たれたのは数本の小さな毒針。ブロニアが袖に仕込んでいた暗器は、弟を想う姉を容赦なく襲う。

 我に返ったツィーニアは、咄嗟に暗器を弾き返した。それでも防ぎきれなかった二本の毒針は、ツィーニアの右腕を深く射止める。彼女はすぐにそれらを抜き取ると、すかさず大剣を地面へ突き刺し空いた左手で右腕を圧迫した。経験知から毒だとすぐに察する。急いで血を絞り出した。

 そのときブロニアは歩み寄るように距離を詰めだす。

 「……悪いな。俺はもう、一本の大剣で勇ましく舞う崇高な戦士じゃない」

ツィーニアは治癒魔法を行使しながらそれに応じる。

 「あいにく私も同じよ。一刀流の流派を破ってまで力を求めた。その結果が二刀流これ

 「時というものは恐ろしいな。流派だろうと、家族だろうと。どれだけ大事なものでも変えちまう」

治癒の隙を与えまいと、ブロニアは勢いよく距離を詰め始める。

 (筋弛緩系……これじゃ右手はまともに使えない)

 通常の治癒魔法が可能とするのは、傷の修復や止血のみ。解毒はその範囲外。ツィーニアはヘブンボルグを鞘へ収めると、左手で地面に差した大剣を抜き取る。緩んだ右手を柄にそっと添えた。二刀流から、やむなく一刀流へ。近接線の不利は否めない。

 ツィーニアはブロニアが間合いに入る直前、大きく剣を振るった。大剣から発生した巨大な魔法刃が接近するブロニアへ飛びかかる。それは近接戦の回避策。

 魔法刃は距離で勝るものの、威力は魔法を纏った実物の刀身に劣る。牽制の魔法刃は、ブロニアの太刀によって容易く崩された。光の残骸があたりへ舞い上がる中、ブロニアは止まること無く正面からの攻撃を仕掛ける。

 そして展開されたのは、皮肉にもあの日と同じ、互いに一本の大剣のみを握っての激しい打ち合い。引き裂かれた姉弟の脳裏に浮かぶのは同じ光景。幼き日々。場所も立場も、その全てが今とは違う、鍛錬の記憶。道場で技を磨き合うあの頃が、どれほど平和で素晴らしいものであったのか。

 互いに流派を捨てた身。それでも大剣を打ち合うこの瞬間だけは、姉弟の一六年の空白を埋めてくれる。尊き刹那であった。

 現実は過去を再現するように、ツィーニアは着実に押され始める。片腕に力が入らない上に、ブロニアとの筋力差は歴然だった。さらに男は狡猾にも魔法刃での攻撃を織り交ぜ始める。なんとか刀身を受け止めようとも、一振りと同時に飛来する微弱な魔法刃がツィーニアを斬りつけた。

 ツィーニアはブロニアの猛攻を中断させるべく、空中戦を試みる。力を振り絞り男の刃を大きく弾くと、そのまま高く飛び上がった。強化魔法を纏った跳躍は大きな距離を生み、狙い通りブロニアの間合いからの離脱に成功する。

 しかしブロニアは動じない。ただ一言を呟いて、粛々と次の手へと移った。

 「……さようなら、だ」

 ブロニアは確かに近接戦を仕掛けた。それは彼が単にその戦法を得手としているからだけではない。彼の狙い、それはツィーニアの退避行動。敵が攻撃を放棄したその隙を、ブロニアは欲していた。

 ブロニアは剣を肩に担ぐようにして上段へ構え直す。刀身に宿るのは眩い光。刀身に魔力が飽和したその瞬間、ブロニアは渾身の一撃を繰り出した。

 「魔剣技・天破あまやぶり――」

 振り下ろされた大剣は、天に届くほどの巨大な魔法刃を生み出す。技の発動に時間を要した分、その威力と射程は絶大。

 空中に身を漂わせていたツィーニアは震撼した。咄嗟に大剣を構え直すと、魔法刃を受け流すべく挑む。己の大剣に、その持ちうる全力を乗せた。

 虚しくも彼女の抵抗は叶わない。逸れたものの深い斬撃を受けたツィーニアの体はさらに吹き飛ばされ、背後にそびえる王都の内外を隔てた高い塀に叩きつけられた。固い石塀への衝突に加えて、防ぎきれなかった魔法刃による裂傷。彼女の体躯は血を撒き散らしながら無気力に地面へと墜落してゆく。






【玲奈のメモ帳】

No.52 魔剣技

魔法剣を用いた攻撃の型。通常の剣は人体への斬撃や刺突が攻撃の方法であったのに対し、魔法刃という新たなる射程を手にした魔法剣は、戦法が大きく拡張された。現在では多くの型が研究・開発され、書物などに媒介されて普及している。

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