35.曇天の邂逅 ***

 昼食を終えた三人は一旦解散し、各々で自由行動をとることとなった。

 「んじゃ、検問の前で二時間後に集合だ。ギノバス行きの客車、意外と本数少ねーから遅れんなよ」

クアナとエンティスは躊躇いなく言い放った。

 「そんなこと言っといて、どうせまたフェイバルが遅れてくるんだから」

 「ああ。違いねぇ」

フェイバルは言い返さない。いや、言い返せない。前科持ちに言い訳する権利など無いのである。

 「まーフェイバルは大丈夫だよ。またベンチで寝て集合遅れたりしたら、コレで連絡したげるし」

そう言ってクアナは薬指を胸の前に掲げた。それは三人がお揃いで装着している指輪型の通信魔法具である。

 「それじゃ、私は一刻も早く魔導書屋さんに行ってくるから! またあとで~」 

クアナは胸弾ませてそこを飛び出した。エンティスもまた、のそのそと歩を進め始める。

 「俺はレストランを荒らしてくるから。んじゃまたあとでなぁ」

そうして三人は、初訪問の地グリモンにて思い思いの時を過ごすのだった。




 エンティスが真っ先に向かったのはまたも大衆食堂だった。先程昼食をとったばかりにも関わらず、またとてつもない量の料理を注文する。品書きを流し見るエンティスは、ある謳い文句に釘付けにされた。

 「ミヤビ風……? ミヤビって、あの大陸の最果てにある自治区の料理か。いいじゃん。このミヤビ風ってついてるの一皿ずつ全部くれ!」

 「はいよ!」

威勢の良い料理人の声が飛ぶ。料理人の男はその凄まじい量の注文を快く受け入れた。

 「ミヤビの料理は、海から離れてるギノバスじゃ高くてなかなか食えないんだよなぁ。今のうち食っとかねえと!」




 あいにくフェイバルには特にこれといった目的が無い。その場に突っ立っているわけにもいかないので、街中をぶらぶらと歩き回ることにした。しかし彼は国選魔道師の身。それなりに注目を浴びてしまう。

 「ねえ、あれって国選魔道師の――」

 「あれ恒帝じゃん、すっげー」

 繁華街の雰囲気は、ギノバスとよく似ていた。人の数もそれなりに多く、中央に設けられた車道にはそれなりの数の車が往来している。違う点を挙げるならば、やはり本を扱う店が多いことくらいだろうか。

 落ち着かない雰囲気の中しばらく歩き続けると、ようやく噴水のある閑静な広場へとたどり着いた。ベンチを見つけると、そこで横になるのが彼の性だろう。まだぽつぽつ降り続ける雨など気にも留めず、仰向けになりながら足を組んだ。

 フェイバルの視線は必然と薄い灰色の空に覆われる。ときおり顔に滴る雫は特に気に触らなかった。

 「……やっぱこれだな」

フェイバルはゆっくり目を閉じる。灰色の空は瞼の裏で真っ暗になった。




 クアナは望みどおり、己の知識欲を満たす魔導書を求めて書店へ足を運んでいた。真っ直ぐと魔導書の並ぶ本棚に向かえば、その片っ端から品定めを始める。ギノバスの書店にも並ぶベストセラーから、初めて見かけた珍品まで、そこにあるのは膨大な数の魔導書たち。見たことの無い魔導書は全部隅々まで読みたいところだが、数が数だ。さすがにそういうわけにもいかない。

 「し、仕方ない……買うのは興味あるのだけにしよっ……」

クアナは断腸の思いで購入する魔導書を厳選した。




 クアナは紙袋を抱えて満足気に書店を後にした。魔導書が雨に濡らされぬよう、氷の傘でしっかり守って慎重に曇天の下を歩く。ふと上を見上げ、近くにそびえ立つ時計台で時間を確認した。

 「げ……もうこんな時間なの?」

どうやら相当長い時間を書店で過ごしていたらしい。もう次の書店で同じような買い物をするには時間が足りなそうだ。

 「いや、まてまて。まだ魔導書の故郷を満喫できるはず。図書館なら近いし、行けるよね……!」

 クアナは泣く泣く予定を変更した。フェイバルの前で遅刻してしまってはもうそれをイジることも出来ないので、ここは仕方ない。

 「それで……グリモン中央図書館までの道はもちろん分かんないんだよなー」

道を尋ねようとあたりを見渡した。するとそのとき、ふとある人影に目を奪われる。

 彼女が捉えたのは、まるで執事のような格好をした老人。ハットからはみ出す灰色の髪。眼鏡と共に、こちらから横顔が窺える。かねてよりいくつもの魔導書を読み漁っていた彼女だからこそ、その人物を捉えることが出来た。そして彼女の脚は、自然にその老人へと駆け始める。

 クアナは老人の前に立ちはだかった。そして彼女は興奮を露わにして声をかける。

 「すいません! あの、魔導書作家のパルケード=コミュレイト先生ですよね!? 私、先生の魔導書読みました! そうそう、最近出版されたあの改訂版も――」

自然と早口でその熱意を伝えた。老人には無事にそれが伝わったらしく、彼は笑顔で応じた。

 「そうですか、ありがとうございます。今後ともぜひ、よろしくお願いいたしますね」

 「なんなら私、先生の魔導書から造形クラフトを習得したんですよ! そのときの魔導書は、まだ大事に持ってるんです!」

 「あぁ。だいぶん昔に出版したものですが、まだ大事にされているのですね。ありがとうございます」

 興奮冷めやらぬクアナに、パルケードはにこやかな表情で応対する。するとクアナはそこで、ようやくパルケードの後ろに立つ小さな女の子の存在を知った。

 「あれ。パルケード先生、その子は……?」

 「ああ、この子はレイシュ。私の孫ですよ」

クアナはそこで一瞬ばかり言葉を詰まらせる。

 「……そうなんですか。レイシュちゃん、こんにちは」

 「……」

 少女は少しだけ顔を出す。そのとき、クアナは少女の両目が包帯で覆われているのを目にした。並の人間には、きっと彼女が目に病気を抱えた可哀想な少女として映るのだろう。しかし魔導師である彼女は違った。直感的、いや本能的に感じ取ったのは、異常なまでに禍々しき魔力。

 (この感じ……魔眼? いや、何か違う。もっとイヤな感じ)

彼女の深い魔法への見知、それに長年の魔導師としての感覚が彼女自身へ警鐘を鳴らした。

 (この感じ……ヤバい……)

魔導師として、見逃すわけにはいかなかった。クアナはパルケードに尋ねる。

 「パルケード先生、レイシュちゃんの目にはいったいどうして包帯が?」

 「ああ、レイシュは目が病気でね。空気中の魔力に触れないように、こうして包帯で覆っているのです」

クアナの感じた違和感はついに確信へと変わった。

 (……パルケード先生は、何かを隠している)

 クアナさらに探りをかける。自然と声に緊張が混じる。

 「な、何て病気ですか?」

パルケードは少し困った声で応える。

 「気になるのは分かるんですが、他人の病気はそう探るもんじゃ――」

クアナは相手が口を割らないことを悟ると、その男に重ねて核心を突いた。

 「……あなたは嘘をついている」

 そこからは一瞬の出来事だった。パルケードは懐から魔法銃を抜くと、迷うことなくクアナへ銃口を向ける。引き金は瞬く間にして引かれた。

 臨戦にまで想定が及んでいたクアナに対応は容易い。放たれた弾丸を咄嗟に氷の傘で防いだ。傘は音を立てて砕け散るが、弾丸の軌道は逸れて彼方へ散る。それは確実かつ最短の選択だった。

 クアナは即座にパルケードと距離を取る。前に立つ男が尊敬する魔導書作家であろうと、寸分の動揺も見せない。

 突然の発砲は周辺の人々を錯乱させた。繁華街の一角からは次々と人が逃げ散ってゆく。悲鳴が飛び交う中、クアナは買ったばかりの魔導書をその場に置いた。すぐ通信魔法具に連絡を入れると、フェイバルとエンティスに通話を繋ぐ。

 「二人とも、今すぐ時計台のとこへ来て」

 本来なら戦闘を終えてから連絡してもよいのだが、今回に関して彼女は悪い予感を覚えていた。それは少女の瞳に隠された未知なる何かが、あまりに悍ましい魔力を秘めていたから。

 そしてその切羽詰まった音声から、二人はすぐにただならぬ事態を察する。

 「厄介事か」

 エンティスは緊急事態をすぐに理解すると、店主に財布を投げつけて店を飛び出した。

 「事情は分かんねーけど、あいつの予感は当たるんだ」

エンティスは雨を気にも留めず駆け出す。そしてそれは、フェイバルが飛び起きて駆け出したのと同時の出来事だった。




 「あなた、一体なんのつもり……!?」

 クアナは男を睨んだ。パルケードは銃を懐にしまいながらも、どこか呆れたような顔で返答する。

 「はぁ。今日に限って私の作品の愛読者に出会ってしまうとは……一応入念に変装までしてたんですけどね」

 パルケードは愚痴をこぼしながらも、少女の肩に手を置く。特定の感覚で少女の肩を叩いたそれは、視界の奪われた彼女にも伝わる信号だった。

 少女はそれを理解したようで、彼女は踵を返し路地へふらつきながらも消えていった。どうやら戦闘から遠ざけたらしい。

 「小娘、よくぞ面倒な事にしてくれましたね。あなたのせいで、グリモンからさよならしなければならなくなってしまいましたよ……」

 パルケードは魔法陣を展開する。それは輝かしい銀色だった。






【玲奈のメモ帳】

No.35 クアナ=ロビッツ

氷見野玲奈と非常に似た外見を持つ、魔導師パーティ・煌めきの理想郷(ステトピア)のメンバー。極冠の巫女の異名で知られる。ギルド・ギノバスに在籍。当時二三歳。氷魔法を操り、なかでも氷魔法・造形(クラフト)を得意とした。

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