婚約破棄されたら勇者になった

皐月あやめ

第1話 婚約破棄されたら勇者になった

「アイリーン・リュミエール!! 貴様との婚約を破棄する!!」


 前世の記憶が生えたのは、断罪イベントの真っ最中だった。


(はっ!! これは……私がドはまりしていた乙女ゲームの断罪イベント。ということは、私は悪役令嬢のアイリーン、あの声が大きい金髪はメイン攻略対象の王太子で、隣にいるのがヒロインよね)


 王立学園の卒業パーティーの日、私こと悪役令嬢アイリーン・リュミエールはこの国の第一王子リチャードに突然婚約破棄を言い渡されていた。

 死んだ記憶はないのだが、状況的に私が最近ドはまりしていた乙女ゲームの世界に転生したことは推測できた。そういう漫画も読んだことがあるので割とすんなり理解した。

 リチャードは大広間の壇上で、褐色美少女ヒロインのシンシアを庇うように立っている。

 

「な、なんだ! 黙りこくって! さすがのお前もショックで声が出ないか!」


(現状把握で手一杯なのよね。えーと、このあとは国外追放だっけ。処刑じゃないだけマシかしら。別ルートだと呪われたりするし、リチャードルートでよかったかも)


 まあ、どうせなら断罪前に記憶戻してよって感じなのだが。


「おい!! 聞いているのか!!」


「ああはいはい、国外追放ですよね」


 考えごとをしているときにうるさかったので、つい塩対応してしまった。

 リチャード……ヒロイン側から見るとヘタレのくせに一生懸命守ろうとしてくれてる感あるのが良かったのだけれど、悪役令嬢側から見ると……なんというか……ヘタレに加えてアホっぽい。


「な、なんだ、ずいぶん物分かりが良いな。罪を認めるのだな!?」


「罪と言っても、シンシア様に貴族の常識を教えて差し上げたことと、彼女のマナーが水準にお達しでは無かったため、お茶会にご招待しなかったことくらいしか心当たりありませんが」


 いわゆる「テンプレ」を淡々と告げる私を、ヒロインがリチャードの後ろから怯えた目で見ていた。

 元々ヒロインに砂漠の国から来た褐色美少女を据えているのが気に入ってプレイしていたので、あの姿に思い入れはあるのだ。褐色の肌に黒い髪、青色の瞳、布面積が少ない民族衣装も、ヒロインが健康的なので全然いやらしくない。どうせ転生するならあっちがよかったなあ。

 つい改めてガン見していたら、シンシアはさらに隠れてしまう。


「アイリーン様はいつもすごくこわいんです……」


(そんな震える子リスみたいに言わないでくださいよ、かわいいな)


 ヒロインの可愛さにこちらまでほだされそうになってしまうけれど、気を取り直してコホンとひとつ咳払いをする。断罪されてしまったものは仕方がない。次の手段を考えるだけだ。

 そう、断罪された悪役令嬢が追放後にハッピーに暮らすとしたら、辺境の地で現代知識を生かしてスローライフと相場が決まっている。


「圧が強くてごめんあそばせ。多分リュミエールの家系ですの。まあ、わたくしが何か言ったところでこの状況はどうにもならないのでしょう? それならそれで、この国から出るだけです。じゃ、準備くらいはさせてくださいね、リチャード様」


 これからののんびりライフに思いを馳せながら私が出て行こうとすると、リチャードはたじろいだ。予想外の行動に追いつけていないらしい。どうせ泣いて謝るかキレ散らかすかと思ってたんだろう。


「な、なんだ、何をたくらんでいる!? 妙なことができないよう、今すぐ罪人用の馬車で……」


 げ、それは面倒――と思ったそのとき。


「待て、リチャード」



 背後からパーティーの参加者の誰かが声を上げた。颯爽と私の隣に来たその人は、クライシウス帝国の皇太子、バージル様だ。

 「アイリーン」としての知識はあるが、攻略対象としての知識はない。私がやっていた乙女ゲーム自体には登場すらしていなかったはず。

 それにしても、リチャードよりも精悍で背の高い彼が凄むと迫力がある。


「卒業パーティーで何を見せつけられているかと思えば……ひどく一方的かつ幼稚なやりようではないか」


 こんなところをお見せして、全くもってお客様には申し訳ない限りである。

 リチャードは外国の皇太子の登場に明らかにビビっていたが、気を取り直したらしく一歩踏み込む。


「我が国の問題に口出し無用だ、バージル!!」


「目の前でレディがはずかしめを受けているのを助けないのは皇族の名折れだ」


 まあ紳士、なんて思っていたら。


「アイリーン嬢を国外追放にするのならば、我が国がいただこう」


(やだっ!? これってもしかして溺愛されちゃうやつじゃない?)


 漫画で見たことがある。断罪&婚約破棄イベントに割り込んで来るイケメンは悪役令嬢に求婚したり告白したりするものだ。

 なるほどこの人と結ばれちゃうわけか……顔も良いし何気に細マッチョだし良い男だな……なんてついついよこしまな目で見てしまった。いけないいけない、助けてくれる人を値踏みするようなことをしちゃダメよ、アイリーン。


「なんだと!? バージルまさかそなたアイリーンのことを好きだとか抜かすのではあるまいな!?」


 あらもういやだわ、リチャードったら。ズバリ聞かないでちょうだいな。照れるじゃないの。

 私はそわそわしながら、口もとを片手で隠してバージルの返事を待った。


(来る……来るのね、漫画やラノベでよく見るあの求婚シーンが!!)




「バカを言うな、恋愛にかまけて王族としての役割を忘れたお前と一緒にされては困る」




 アッ、デスヨネー、ワカリマス!


 期待はあっさり裏切られ、私は静かに頷いた。

 ってか、断罪イベントって溺愛フラグじゃないんですか!?

 でも言ってることは至極真っ当なのだった。涙を呑んで全力で頷くよね。常識人だわこの人……。

 どうやらこの世界のイケメンは悪役令嬢をそう都合よく溺愛してはくれないらしい。


「では何のためにそんな女を欲しがるんだ!」


 口が過ぎる。アイリーンにだって魅力の一つや二つや三つや四つ……。

 バージルはフン、と見下ろすようにリチャードを睨んだ。


「我が国のためだ。アイリーン嬢は王立学園での最終成績も優秀と聞く。彼女にはぜひ、勇者として国を救っていただきたい」


「な、な、なんだと!?」


 仰天したのはリチャードだけではない。私もぽかんと口を開けてしまった。片手で口もとを隠しておいて正解だった。これは淑女として大減点だ。


(なっ、なんだとー!? 何その設定聞いてないんですけど! 乙女ゲームのくせにRPGぶっ込んでくるじゃん。どういうテコ入れだよ〜!?)


 確かにこのゲーム、学園では育成ゲーム的な要素があって魔法の訓練や武器の扱いの授業があった。令嬢なのに。

 そしてリュミエール公爵家は代々宰相や騎士を輩出している家系だから、女でも剣術を習うことになっている……ので確かにアイリーンに勇者要素はあるっちゃある、のかもしれない。

 バージルは私の方を見て、紳士らしい美しく礼をする。


「最近我が国の周囲に魔物が多く出没する。アイリーン嬢、あなたの力を人助けのために使っていただきたい。如何だろうか」


 正直いきなりそう言われても困るけど……この人は窮地に陥った私を助けにわざわざ出てきてくれた。それなら、こちらも出来るだけ誠意をもって応えたい。ここは思っていることを率直に言おう。


「困っている方を助けるのはやぶさかではないのですが……。流石にわたくし一人には荷が重すぎます」


 私がそう言うとバージルは腕を組み、さもありなんと言うように重々しく頷いた。


「もちろん私も同行しよう。旅をするにあたり、もし連れて行きたい者がいたら、一緒に連れてきてくれても構わない」


 うーん、寛容だ。どこかの王子とは器が違う。

 そのどこかの誰かさんは「いやいやw」みたいな空気を漂わせながら、半笑いで手を振った。


「待て待て国外追放だぞ。好きなやつを連れて行けるわけないだろう。行くなら一人で……」


「やかましい、無能。そもそも国王陛下に許しは得ているのか。アイリーン嬢が悪質な嫌がらせを行った根拠も薄い。少なくとも保留にする案件だろう」

 

 ヒュウ、バージルくん、めっちゃイラついてる。

 しかし、まさにド正論である。今日はどういうわけか国王陛下も王妃様もいないのだ。そういう容赦のないツッコミはどんどん言ってやってほしい。

 何も言えなくなったリチャードがぐぬぬと苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「また、先日国王陛下に我が国の窮状を訴えたら、ここの卒業生をスカウトする許可をいただいた。アイリーン嬢は条件に当てはまるので問題ない。さあ、こんな茶番に付き合っている時間も惜しい。アイリーン嬢、早速出立しましょう」


 どうやら最初から国王陛下にも根回しはしていたらしい。


(この人も大概せっかちだけど……まあ、茶番に付き合う時間が無駄なのは確かね。覚悟を決めて行くしかないか)


 私はバージルに頷いた。


「わかりました。それでは家と教会に寄らせてください」


 すると、バージルは爽やかに笑った。先ほどまでの厳しい表情を思うと、春の雪解けのようだった。


「承知した。引き受けてくれてありがとう、アイリーン嬢。改めてよろしく頼む」


(顔がいいわ……)


 ついついバージルの整った顔をしげしげと眺めて感心してしまう。同じ金髪王子キャラなのにリチャードとは全然違って、落ち着いたタイプのイケメンだ。切長の目もスッと通った鼻も美しい。そんな彼の笑顔なのだもの、対乙女戦闘力は相当高い。私がやっていたゲームにバージルはいなかったけど、無事推しになりました。神絵師さま、ありがとう。

 神(絵師さま)に祈りを捧げる私を見て、バージルは怪訝そうに眉を寄せた。ごめんなさい、推しにまつわる全てに感謝するのはオタクのさがなんです。

 リチャードは片手を腰に当て、こちらにバッと手を突き出してくる。ヒロインはその傍らで黙ってこちらを見つめていた。


「ふ、ふん!! どこへなりとも行くがいいわ!!」


 リチャードの捨て台詞はスルーして、と。


(うーん、ヒロインは転生者なのかなー)


 去り際にちらりとヒロインの顔を見たら、彼女は「きゃっ」と大袈裟な反応をしてリチャードの後ろに隠れた。リチャードはヒロインを守るように両手を広げる。

「貴様! シンシアにまた何か……」

「あ、いいです。めんどくさいので」

 いつものパターン過ぎた。まあ、彼女が転生者であろうとなかろうと、これからこの国を離れる私には関係のない話だ。

 ふう、とため息をついたとき、リチャードの後ろに控えていた眼鏡の青年が一歩前に出る。


「アイリーン・リュミエール。今回のことは、非常に残念です。早く出て行ってください。我が友がそれを望んでいますから」


 彼は、攻略対象の一人、宰相の息子で王子の親友オリバー。学園でもトップクラスの成績優秀者だったのだけれど、実は黒魔術を得意としていて、オリバールートだと悪役令嬢が呪われるのだ。


(断罪イベント中はずっと黙っていたけど……。なんか怖いから近寄らないのが吉って感じよね)


 何か言おうとしたバージルを目で制し、私はオリバーに令嬢らしく礼をした。


「はい。友人に別れのご挨拶をいたしましたら、すぐに。もう戻らないかもしれないのですから、どうぞご慈悲をいただきたく思います」


 腹は立つけれども、呪い殺される可能性を思えば下手したてに出ますとも。オリバーは、「早めに済ませてください」と言って、また後ろに下がった。

 私はバージルに微笑みかけて、群衆の中、身を寄せ合ってことの成り行きを見守っていた私の友人取り巻きのところへ向かった。

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