第2話

 三人イスに座り、なににするか悩んでいる。

 離れた場所でかいだ匂いより、さらに強くなった匂いに、おなかが鳴った。

 ぐつぐつと音を立てたおでんからでる湯気は、かじかんだ手をじんわり温めてくれる。

「ねぇ、おじさん。あの、『ドキドキおでん』って言うのはなんなの?」

 ミレが、のろしの横にチラッとのぞいた文字を指差す。

 店主は意外と明るく、気前がいい。……人は見かけによらないって、ホントだったんだな。

 おじさんは、おお、と目を光らせた。

「それに目をつけたか。嬢ちゃんたち、ロシアンルーレットっつうのは知ってるか?」

「「「ロシアンルーレットぉ?」」」


 それで、今にいたる。

 おでんでロシアンルーレットなんていうものは、聞いたこともない。

 だいたい、どうやってやるんだ。辛いものがハズレってケースが多いらしいけど。

 おじさんは、僕たちの反応にうんうん、とうなずきながら説明しはじめた。

「ロシアンルーレットは、知ってるよな。ここにあるおでんを、皿に三人分わけて、その中のひとつに違う味のが入ってるっつーやつだ」

「やっぱり、辛いんですか……?」

 ミレが不安そうに聞くと、おじさんは首を横にふる。

「いんや。辛くはない。逆なんだよ、うちのは。ひとつだけ、すっげぇうまいのが入ってて、それを食ったやつの願い事をひとつ、なんでも叶えられんだ」

 ………。何も言葉がでてこない。

 横を見ると、他二人も同じような反応をしている。

 なんという……。ファンタジー過ぎて、ついていけん。だいたい、ハズレが入ってるのがロシアンルーレットでしょ。当たり入ってんじゃん。

 なにも言えず、重たい沈黙が流れる。

「ちょ、マジだぞ! 満足度ひゃくぱーせんとだ!」

「どっからきたんだその数字」

 焦りだしたおじさんに、つっこむ。まぁ、怪しい人じゃないだろうし、普通に美味しそうだし、ひとつやってみると言う手も……。

 いやでも、リスク高いな。

 三人で目配せし、口をそろえていった。

「「「ドキドキおでん、三人分で」」」

「まいどありぃ!」

 一人分、三百円。十分な料金だ。

 数分で、カウンターに三つ、同じようなおでんが並べられた。

 ふわっと香るかつおダシの匂いが、もわもわと顔にかかるあたたかい湯気が、たまらない。

「いっただきまーす!」

「美味しそうっ。いただきます」

「……いただきます」

 箸をとり、一番とりやすかった大根をかじった。ほかほかと熱そうだ。

「……おいしい」

 一言。たった一言、もれる。目が、思わず見開いた。

 少し固めの大根は、中がざらざらしていて、口の中で崩れていく。苦いような、甘いような味が口に広がった。


「うまっ……」

 つみれが、めちゃくちゃうまい!

 おれ正直、つみれ苦手なんだけど、これは食える。

 弾力があるつみれは、『魚』って感じの味がしっかりする。ダシもきいてて、「もっと食べたい」って思えてきた。

 アツアツのつみれを、はふはふしながら口にかきこんだ。


「うわぁ……」

 とってもおいしい、この昆布。

 ほかほかと体の芯まで温まる汁を少し飲んでから、一番好きなおでんの具を口に入れた。

 ツルツルした昆布はやわらかく、噛むと口の中で味が広がった。呑み込んでも、しばらく舌に味が残る。

 独特の味を楽しみながら、一口、一口と食べていった。


 卵、昆布、つみれ、はんぺん、しらたき……。

 無我夢中で口に運ぶ。絶対、これ当たりでしょ。何を、お願いしよう。

 おじさんの話を信じてるわけじゃないけど、こんな美味しいんだし、損するわけでもないからいいでしょ。

(うーん。今はやっぱり……)

 衝動的に脳裏にうかんだことを、強く願いながらおでんを一口一口かみしめた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る