第一話 姉の来訪

 神崎彼恵かなえは戸籍上は俺の姉にあたるが、血縁上は実姉ではない。

 従姉いとこ

 正確に言えば姉ちゃんは俺の母方の妹の子供であり、俺は幼い頃に姉ちゃんの両親――戸籍上は俺の両親にあたる叔父とうさんと叔母かあさんに養子として迎えられて、育てられた。

 育てられたと言っても、三人と一緒に住んでいたのは、俺が小学五年生になるまで、姉が高校二年生になるまでで、それ以降俺は、諸事情あって父方の祖父の家――今はレイラと一緒に住んでいる家に、預けられて生活するようになった……じいちゃんの家に預けられて以来、俺は一度も姉ちゃん達と共に暮らしていた家に帰っておらず、叔父とうさんと叔母かあさんにも元の家を出て以来会っていないが、姉は俺が離れて暮らすようになってからも、年二回、夏休みと年末年始の時期には必ず、仕事で忙しいらしいが数日だけ時間を作って、俺の元を訪れて共に生活するのだった。

「先輩、あとどれくらいで着くの?」

「予定通りなら五分だな」

 駅前。

 俺と佐々木は改札前の待合スペースで、姉が出て来るのを待っていた。

 佐々木莉愛りあ

 茶色い髪に同色の瞳を持つ、整った顔立ちをした少女――吸血鬼に関する問題の解決を目的とする組織、『不屈の光』に所属する殲鬼師せんきしの一人であり、戦闘時は魔法少女のような衣装に身を包み、三メートルを超える十字架を片手で軽々と振り回す。

 今はコスプレ衣装ではなく、いつものどこの学校かわからない制服を着て、俺と同様に姉の到着を待っている――姉が今日この街に来ることは伝えていないが、俺が駅に来た時には、佐々木は既にそこにいて姉を待っていた。

「そういや海鳥うみどりは?」

「家で寝てる」

「へえ」

 俺がこの街にもう一人いる殲鬼師の所在を聞くと、佐々木はこちらを見ずにそう答えた。

「……本当は連れて来たかったんだけど、『神裂家』の件で疲れ果てたみたいだから、声掛けなかったわ」

「……お前はいいのかよ?」

「……何が?」

「何がって、疲労だよ」

 俺は佐々木の方を見て言った。

 海鳥が現在疲労困憊で現在眠っているように、佐々木も数日前にあった一件で、疲労困憊のはずだ。

 『教会』。

 『創造物質クリエイト』。

 『屍者の軍勢エインヘルヤル』。

 キヨズミが起こした事件は解決したとはいえ、一般人の死者を多数出した事件に、佐々木は精神的に疲弊し切っていた――今はあの時に比べたら顔色は幾分かいいが、それでも完全回復はしていないはず。そう思って尋ねたのだが、俺の質問に対して、佐々木は「ああ」と言った。

「確かにあたしも疲れてるけど……出迎えくらいするわよ。先輩と会うの、すっごい久々だし」

「……そうか」

「……あんたも久々なのよね?」

「うーん……年末年始以来だな」

 約八ヶ月ぶり。

 佐々木はどれだけのスパン会っていないのか知らないが、肉親じゃないんだから、この場にいなくていいと思った――後輩だから、久々に会うからと言って、出迎えをする義務はないだろう……それでも佐々木が今ここにいるのは、佐々木が姉ちゃんを慕っているからだろう。

 俺と同じか――もしくは俺以上に。

 ……と。

「あ」

「来たな」

 改札から出て来た女性を見付けて、俺と佐々木はほぼ同時に声を出した。

 神崎彼恵。

 俺の姉。

 改札の外に出ると、姉は外で待つ俺と佐々木に気付いて、こちらに近付いた。

 姉は言った。

「久しぶり、かなちゃん――リアも」

 一七〇を優に超える高身長。

 腰まである長い黒髪に――整えられた前髪。

 すらっと長い手足。

 ジーンズにTシャツ、その上から一枚羽織っただけの服装だが、その格好でも十分にわかるほど健康的で、適度に鍛えられたスタイルをしている、クールビューティーという言葉がよく似合う美人――それが俺の姉、神崎彼恵だった。

「お久しぶりです、先輩」

「久しぶり、姉ちゃん」

 俺と佐々木は姉に挨拶を返す。

「長旅お疲れ様です、先輩――あ、必要ならあたし、荷物持ちます」

 佐々木は深々と頭を下げたあと――頭を上げて、右肩に旅行用のボストンバックを掛けている姉に、手を伸ばした。

 すぐさまかばんを渡せる距離まで近付いて手を指し伸ばす佐々木だったが……姉は佐々木の気遣いを断った。

「ありがとうリア……でも大丈夫。そんなに疲れていないし、自分の荷物は自分で持つから」

「……そうですか」

 姉に提案を断られて、少し残念そうにする佐々木。

 しゅん――とわかりやすく凹む佐々木を見てかはわからないが、姉はこう言った。

「気遣いありがとう……それと『魔獣女帝エキドナ』と『第一の眷属』の件と、『教会』の件も……かなちゃんのことはほとんど私の私情なのに、一生懸命がんばってくれて」

 そう言って姉は佐々木の頭を撫でた。

 すると姉に頭の上に手を置かれた佐々木は――わかりやすく喜んだ。

「――っ‼ はい! がんばりました!」

 そう言って、佐々木は満面の笑みを浮かべた。

 滅茶苦茶嬉しそうな表情。

 ……すごいな。

 あの佐々木が――見たことない顔をしている。

 どれだけ姉ちゃんのこと好きなんだ――と俺は思った。

「さて」

 と。

 一通り佐々木の頭を撫でたあと。

 姉は茶色い頭から手を離して、俺の方を向いた。

 涼やかな表情をして――姉ちゃんはこう言った。

「それじゃあ行きましょ――かなちゃんの家に」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る