第二十五話 屍者の軍勢

『今すぐ喫茶店にこい』

 スマホの通知音で目を覚ますと、『創造物質クリエイト』は開口一番そう言った。

『死体使いが誰かわかった』

 八月一四日、午前九時。

 いつもの喫茶店に到着してドアを開くと、店内にはすでに佐々木と『創造物質クリエイト』、二人の姿があり、二人はいつも通りの飲み物を頼んでいた。

 俺は二人に近付いて、席に座りながら言った。

「死体使いが誰かわかったって――本当か?」

「ああ」

 ブラックコーヒーを飲んでいた『創造物質クリエイト』は、黒い液体が入っているマグカップを置いて言った。

「死体使いは清純きよずみ・J・コンダー――こいつで間違いねえ」

 初日に見せた清純の写真を出しながら、『創造物質クリエイト』はそう言った――俺はカフェオレを注文して、その説明を黙って聞いた。

「清純・J・コンダー――『ロンドン教会所属魔術学校』に属する魔術師で、岸が任務に連れて来た助手の一人。学校の成績は優秀でどんな魔術もそつなくこなすが、一番得意なのは人体の傷を癒す『回復魔術』……現代医学にも通じ、魔術を用いなくても傷を癒す技術を持つことと、普段から真面目な態度で勉学に励み、岸のお気に入りだったことから、今回、岸をサポートするヒーラーとして選ばれたみたいだ」

 『創造物質クリエイト』は手に持ったスマホの画面を確認しながら説明する。

「学校外で任務を遂行するのは今回が初めてらしい……キヨズミ本人の経歴は平凡。目立った功績も実績もなかったが……家系を確認したところ――こいつの父親は現役の『粛正者』だということがわかった」

「……『粛正者』って――あの『粛正者』ですか⁉」

 そんな驚くことなのか、佐々木は『創造物質クリエイト』が出した単語を繰り返した。

 俺はわからなかったから訊いた。

「なんだよ――その『粛正者』って」

「『教会』の暗部の中の暗部。『異端殺しの異端』と言われる部署――それが『粛正者』だ」

 訊くと、『創造物質クリエイト』は答えた。

「奴らは『教会』の中でもかなり特殊でな。異端を殺すためなら『異端とされる魔術の研究、使用を許可されている』んだ……つまり、『教会』にとって最大の禁忌である死者――死体の操作も許可されている。清志きよし・J・コンダー……それがキヨズミの父親の名であり、死体操作の術式を開発した者の名前だ」

 『創造物質クリエイト』は言った。

「術式名『屍者の軍勢エインヘルヤル』――元ネタは北欧神話。『神々の黄昏ラグナロク』に備えてヴァルハラに迎えられた戦士達の魂だな……報告によるとこの術式は死者限定――死体限定だが『変身術』に匹敵する結界を付与できるらしくてな……キヨシは今年の七月にこの術式を完成、使用許可の申請をトップであるローマ教皇にしている」

「……ん? 開発者は父親なんですよね?」

「ああそうだ」

「……なのに、息子のキヨズミが犯人なんですか? 父親が息子に化けているとかではなく?」

「違うな――息子のキヨズミで間違いない」

「……どうして断定できる?」

 佐々木の疑問は俺も抱いたところだったため、質問すると、『創造物質クリエイト』は「簡単だ」と言った。

「キヨズミの父親であるキヨシは、『屍者の軍勢エインヘルヤル』の申請をローマ教皇に出してすぐに――行方不明になってんだ。それにロンドンの魔術学校周辺で起きている行方不明事件――こいつの現段階の調査報告書を読んだんだが……この事件のほとんどの被害者は、行方不明前にキヨズミと接触があるばかりか――行方不明になっている魔術学校の生徒は、キヨズミと交流関係があったことがわかった」

「…………」

「……理由はわからねえが――キヨズミが父親から『屍者の軍勢エインヘルヤル』の術式を奪って、事件を起こしていると考える方が自然だろう」

「じゃあ……岸がキヨズミに協力している理由はなんですか?」

 佐々木は更なる疑問を訊いた。

 確かにキヨズミが父親から術式を奪って事件を起こしているとしても、岸がキヨズミに協力する理由は一つもない。

 それについて『創造物質クリエイト』はこう答えた。

「それも簡単だ――『屍者の軍勢エインヘルヤル』……この術式は魔力を持たない一般人の死体に、ただ強固な防御力を付与するだけの術式だ。だが魔術師の死体にこの術式を掛けた場合……その死体は条件さえ合えば……生前所持していた魔術を行使することができるらしい」

「……それって、つまり――」

「ああ――十中八九、岸は殺されている」

 淡々と、『創造物質クリエイト』は岸が死んでいると言った。

 その顔から感情を読み取ることはできなかった。

 何も思っていないわけではないだろう。

 しかし抱いている感情を――『創造物質クリエイト』は顔に出さなかった。

「別に岸だけじゃねえ――ケイティ・ジェーンとロラン・バジュラール……岸に選ばれたほかの部下二人も……たぶん、キヨズミに殺されているな」

「そんな」

「……こっちで起こっている事件も、『教会』には知らせてある。結果――八月一四日、日本時間で午前七時一〇分。『教会』のトップであるローマ教皇は、清純・J・コンダーの破門を決定。……同時に、キヨズミの抹殺を俺に依頼して来た――だから俺はこれから、キヨズミを殺害するために動くが……お前らはどうする?」

「手伝う――手伝うに決まってます」

「そうか――お前は?」

「……俺は別に、キヨズミの命とかどうでもいいけど」

 俺は言った。

「けど死体使い――キヨズミは俺の生活を侵害して来た……その落とし前は付けさせる必要があるな」

「……付いてくるってことでいいんだな?」

「ああ――キヨズミの居場所は?」

「捕捉済みだ」

 まるで俺と佐々木がそう答えるとわかっていたように、『創造物質クリエイト』は段取りがよかった。

「お前らが帰ったあと、俺も別に休んでたわけじゃねえ……死体使いが誰かは『教会』から報告がくるまでわからなかったが……誰でもいいよう、街に『目』を増やして、万が一でも逃げられねえよう『策』は打っておいた――佐々木、地図を出せ」

「どうぞ」

 佐々木が出した地図を――『創造物質クリエイト』は受け取って広げた。

 そして眺めると――ある一点を指差す。

「ここだ」

 『創造物質クリエイト』が指差した場所を俺達は見る。

「この地下に――キヨズミはいる」

 そこは街の外れだが。

 どこにでもある道路だった。

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