第十五話 事件の進展

 それから俺達は教会に行き、廃墟を数件回ったが――手掛かりという手掛かりは見付からなかった。

 すべて空振り。

「何か手掛かりはあったか?」

「いえ」

 午後五時になり待ち合わせ場所の喫茶店で、眺めていたスマホの画面から視線を外してそう言った『創造物質クリエイト』に、佐々木は丁寧にそう返した。

「拠点候補を一五ヶ所ほど回りましたけど、岸達がいた痕跡はどこにもありませんでした――街の龍脈地脈も異常はなし。……何ヶ所か調べましたけど、魔術的な痕跡はなかったです」

「そうか」

 佐々木の言葉を聞いて『創造物質クリエイト』は自分のスマホに視線を戻す。

 興味なさそうな反応にも見える――しかし、そういうわけではなかった。

「こっちは岸との待ち合わせ場所近辺を探索しながら、『教会』に問い合わせて情報を集めた――部下達の経歴と使用する魔術……この二つはわかったが……ほかはどうでもいい情報ばかりだな」

 右の親指でスマホの画面をスクロールしながら、『創造物質クリエイト』は言う。

「『略奪の吸血鬼モーラ』が『ひじり色の騎士団』の残党を殲滅。ロンドンで『魔獣女帝エキドナ』の姿が目撃されたのと……同じくロンドンで『教会』関係者を含む一四人が行方不明になる事件が発生――向こうでも面倒な事件が複数個起こっているみたいだが……この三つは岸達の件と関係ねえな」

「……『ひじり色の騎士団』って、確かあれですよね? 少し前に『教会』を破門された」

「ああ――今の『教会』のやり方が気に食わねえって、反乱を起こして失敗した魔術組織だな。……その残党を『略奪の吸血鬼モーラ』が全滅させたんだとよ」

 どうでもいいがな――と、『創造物質クリエイト』は吐き捨てるように言った。

「『魔獣女帝エキドナ』の方は……ロンドンにある『教会』直属の『魔術学校』付近でその姿が目撃されたのと、同じく『魔術学校』の周囲で生徒の魔術師一名を含めた、一四人が行方不明になる事件が起こっている」

「……『魔獣女帝エキドナ』とその事件の関係性は?」

「調査中――らしいが……まあ、関係ねえだろうな」

「……なんで断定できる?」

「行方不明者のほとんどが一般人だからだ」

 俺の疑問に『創造物質クリエイト』は即答した。

「被害者全員が魔術師ならともかく、この事件で魔術師の行方不明者はたった一人だ――あの女は相当な理由がねえと、一般人を襲わねえ」

「…………」

「なんだ? 納得してねえ顔だな?」

「まあ――納得はしていない」

 俺は正直に言った。

「お前が知っているかどうか知らないけど、『魔獣女帝エキドナ』は少し前までこの街にいた……で、あいつはこの街で一般人を殺している」

 『連続女性変死事件』。

 俺が吸血鬼になって起きたこの事件は、『魔獣女帝エキドナ』と『第一の眷属』という、人を殺せない吸血鬼が起こした事件だった。

 この事件で五人の人間が死んだ。事件の計画自体は俺かレイラに殺されることが目的だった、『第一の眷属』が立案したと思われるが……実際に殺人を実行したのは『魔獣女帝エキドナ』だ。

 あの女吸血鬼は人を殺すことに躊躇がないし――以前俺と戦った時に『第一の眷属』がなかったことにしたとはいえ、突然乱入して来たゆーきのことも、一度殺している。

「クリーチャーズが人を襲わないのは、『魔獣女帝エキドナ』がそう命令しているからだって聞いたことがあるし、実際に一般人を襲っているのを見たことはないけど……あいつが相当な理由がないと一般人を襲わないって説明には――違和感があるな?」

「そりゃお前がこの街にいるからだ」

 否定すると、『創造物質クリエイト』は間髪入れず反論して来た。

「あの女は復讐のために生きている。『革命戦争』の中心にいた『人外殺し』と『第二の人外シルバー・ブラッド』、そして『人外殺し』に手を貸したすべての存在を、あの女は恨んではいるが……逆を言えば『人外殺し』に手を貸してねえ、吸血鬼も魔術も知らねえ一般人は、復讐の対象から外してんだよ」

 聞いて否定する要素を探したが、確かに考えてみたら、その理屈が通っているなと思った。

 確かに――『魔獣女帝エキドナ』は復讐が目的と言っていたし、ゆーきが喧嘩を売った時も、吸血鬼や魔術を知らない一般人は極力殺さないとか、そんなことを言っていた気がする。

 ……だとしたら少し引っ掛かるところがあるけど――まあ今は無視したらいいか。

 本題はそこじゃない。

「まあいいや――とりあえず『魔獣女帝エキドナ』とロンドンの件は、岸達の件とは無関係でいいんだよな?」

「正確には関係性が今のところ見当たらない――ってだけだ。まあ――」

 『創造物質クリエイト』は少しだけ思案顔をして。

「いや――やっぱりなんでもねえ」

 と言って、何か言うのをやめた。

 気になったので俺は訊いた。

「……なんだよ。そこで止められたら気になるだろ?」

「気にすんな――一瞬関係あるかと思ったが、根拠薄弱だったから言うのをやめただけだ。……この件についてはもっと情報を集めて、精査してから話す」

「……そうかよ」

「ああ――じゃあ解散するぞ」

 そう言うと『創造物質クリエイト』は立ち上がった。

 テーブルの上に置かれたカップの中身は、すべて飲み干されている。

 『創造物質クリエイト』は佐々木の方を見て言った。

「俺は引き続き調査に戻る――お前らはどうする?」

「あたしも戻ります。……まだ候補地を、すべて周ったわけじゃないですし」

「……お前は?」

「俺は帰って飯だ」

 こちらを見下ろす『創造物質クリエイト』に、俺は言った。

「レイラが待っているし」

 あと――シェリーも待っている。

 さすがにそれは言っていないが――そのあと『創造物質クリエイト』は「そうか」と言って、佐々木と一緒に店を出て行った。

「頼むぞ」

 席を離れる前に、『創造物質クリエイト』は静かにそう言った。

 その発言はレイラとエンカウントしないようにちゃんとしろよ――という意味で言ったのだろう。

 そのあと店を出る時、二人は何も言わなかった。

「うーん」

 場所が変わって森の中。

 自転車のペダルを漕いで、家に帰っている最中。

 俺は本日収集した情報を整理していた。

「……新しい情報はなしか」

 特に進展はなし。

 海の向こうで『魔獣女帝エキドナ』が目撃されたり、魔術師を含む複数人が行方不明になっていることはわかったけど……岸達の行方に関係する情報はなかった。

 ……いや。

 情報はあったけど、俺が訊かなかったというのが正しいな――『創造物質クリエイト』は岸の部下達の経歴、使用する魔術の情報はわかったって言っていたし。

「……訊いたらよかった」

 きのうと同じ獣道で自転車を降りて、そこから歩く。

「根拠薄弱だって言っていたけど、あいつ、何か関係ある情報持っていたっぽいし……『略奪の吸血鬼モーラ』って確か、シェリーの仲間だったよな? ……じゃあ『略奪の吸血鬼モーラ』についても、訊いた方がよかったか」

「『略奪の吸血鬼モーラ』がどうかしましたか?」

「うお」

 素で驚いた。

 気付いたら俺の隣には、いつからそこにいたのか、いつもの黒いドレスを着たシェリーが立っていた。

 肩まである黒髪に金色の瞳。

 白い肌。

「……シェリー?」

「はい。シェリーです」

 にっこりと。

 柔らかな笑みを浮かべるヴァンパイア・ハーフの女性――シェリー・ヘル・フレイムさん。

「びっくりした……全然気配感じなかったぞ」

「ふふふ。わたくし、気配を消すのが得意なんです」

「そうなのか」

 今は魔力を感じる。

 隣にいるのに気付くまで、一切感じなかったけど。

「で――なんでシェリーは、今日もここにいるんだ? また家にいるのが耐えられなくなったとか?」

「えっと……はい」

 きのうと同じように外で会ったので、訊くとシェリーは、そう肯定した。

「……それもありますが」

「ん?」

「今日は……かなめさんに早く会いたい――と思ったので」

「……そうか」

 レイラとずっと一緒にいるのは気まずいから、そう思ったのだろう。

 俺は帰ったら訊こうと思っていたことを訊いた。

「昼間、レイラは何していた?」

「はい。ずっと寝ていました」

「そうか」

 俺はシェリーと一緒に歩く。

 共に家に向かいながら、シェリーはこう質問して来た。

「ところで……先程『略奪の吸血鬼モーラ』について訊きたい――と聞こえましたが?」

「ん? ああ、実はな」

 俺は今日あった出来事を話した。

 佐々木と一緒に街中を回ったこと。

 きのうと同じように、喫茶店で話をしたこと。

 『創造物質クリエイト』の口から『略奪の吸血鬼モーラ』が、ある魔術組織の残党を殲滅したと聞いたこと。

「で――確か『略奪の吸血鬼モーラ』ってシェリーの仲間だったから、『略奪の吸血鬼モーラ』についても訊いたらよかった……って、思ったんだよ」

「……それでしたら。わたくしに訊いてくれればいいのに」

「ん? まあそうか」

 話しの最中に名が挙がったから気になったけど、別段今知りたかったわけではない。

 訊くつもりはなかったけど、そう言われたらせっかくだし訊こう――と俺は思った。

「『略奪の吸血鬼モーラ』って、どんなやつなんだ? ……前に、男好きな吸血鬼だって聞いたけど」

「うーん……まあ、概ねその通りですわ」

 以前聞いた『略奪の吸血鬼モーラ』の評価を伝えると、少し悩むような素振りをして、シェリーはそう言った。

「淫婦。毒婦。あばずれ。男を堕とすことを生きがいにしているサキュバス……それが『略奪の吸血鬼モーラ』という吸血鬼です」

「酷い評価だな」

「事実です」

 シェリーは毅然と言った。

 ……毅然と言うか――少し不愉快そうに。

「そういう方なのですよ……『略奪の吸血鬼モーラ』は。品のないと言いますか、男を堕とすことに快楽を感じる色情魔なんです」

「……もしかしなくてもシェリー、『略奪の吸血鬼モーラ』のこと、嫌いなのか?」

「はい――嫌いです」

 間髪入れずシェリーはそう答えた。

「仕事柄、報復や風評被害は日常茶飯事なのですが……それが『略奪の吸血鬼モーラ』に起因するものも少なくありません。……あの女の所為でわたくしまで品がないと思われることがあるんですよ? 本当にやめて欲しいです」

「……確かに、それは迷惑だな」

「はい。迷惑極まりないです」

 そう言ってシェリーは一度空を見上げる。

 夏は冬に比べたら日が出ている時間は長い。しかし木の葉が生い茂っているのもあって、俺とシェリーの周囲はかなり暗くなっていた。

 空を見上げて何を思っているのかはわからないが――暗く染まって行っている空から視線を外して、シェリーは言った。

「いいところもあるんですけどね。……わたくしと違って家事万能ですし……『紅蓮の吸血鬼アヴェンジャー』も、『略奪の吸血鬼モーラ』の所業には手を焼いています」

「『紅蓮の吸血鬼アヴェンジャー』……あー……」

 誰だっけ。

 名前は憶えているけど、特徴という特徴が出てこない。

 確か、『略奪の吸血鬼モーラ』の次に危険視されている――んだっけか?

 ……と思って上を向いていると、シェリーが解説してくれた。

「『紅蓮の吸血鬼アヴェンジャー』――脅威度ランキング第四位、『略奪の吸血鬼モーラ』の次に危険視されている吸血鬼で、わたくし達のリーダーです」

「へえ……つーか、三位の『略奪の吸血鬼モーラ』がリーダーじゃないんだな?」

「『略奪の吸血鬼モーラ』はリーダー向きではありませんから」

「そうか」

 どうやらシェリーが所属する『三人の女吸血鬼』は、実力で序列が決まっているわけではないらしい。

「わたくし、両親を小さい時に亡くしているんです……炎に包まれる街から、お母様に逃がされて……それから『紅蓮の吸血鬼アヴェンジャー』に生きる術を学びました」

「育ての親ってやつか」

「はい。世界で一番尊敬しています」

「そうか」

 頷く。

 それからシェリーは、『紅蓮の吸血鬼アヴェンジャー』と『略奪の吸血鬼モーラ』について、様々なことを語ってくれた。

 『紅蓮の吸血鬼アヴェンジャー』と『略奪の吸血鬼モーラ』は、過去、何度も『創造物質クリエイト』と戦っていること。そしてすべての戦いで返り討ちにするほど強いこと。

 脅威度の序列で言えば『略奪の吸血鬼モーラ』の方が上だが、実は『紅蓮の吸血鬼アヴェンジャー』の方が、『略奪の吸血鬼モーラ』よりも強いとのこと。

 『略奪の吸血鬼モーラ』は最低な性格をしているが、作る料理はどれも絶品だということ。

 『紅蓮の吸血鬼アヴェンジャー』は対照的に理性的な性格をしていて、煙草が似合う渋い大人な女性だということ。

 『略奪の吸血鬼モーラ』をことあるごとに貶しながらも、二人について語るシェリーは、俺には楽しそうに見えた。

 シェリーにとって二人が、大切な存在だとわかるほどには。

「……ところでかなめさん、本日は有力な情報を得なかったとの話でしたが……明日からどうするのですか?」

「ん? ああ……ってあれ? 俺それ言ったっけか?」

「いえ? 言ってないけど聞いていました」

「……そういうことか」

 知っているから変に思ったけど、そこから独り言を聞いていたのか。

 俺は少し考えて言った。

「まあ……岸達の部下の情報とか、今日訊き忘れた情報は明日訊くつもりだよ」

「そうですね――それがいいと思います」

「あと、ゾンビを操る魔術に心当たりがないかも訊きたいけど……この辺はできたらだな。俺がいきなりゾンビについて訊いたら、不自然に思われるだろうし」

「はい。賛成です」

 俺とシェリーは明日の打ち合わせをしながら帰宅する。

 今晩はハヤシライスを作った。

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