第十六話 かなめの回答

 『第一の眷属』に言われて、俺は考えた。

 自分は――人間に戻りたいだろうか?

 レイラの眷属をやめて、人に戻って、それで自分が望む日常こうふくを掴めるだろうか?

「いや――別にいいわ」

 結論はすぐ出たので、俺はそう答えた。

「興味ない。つーか、人間に戻れなくてもいいし」

「……理由を聞いてもいいかい?」

 驚きで目を丸くしたあと。

 『第一の眷属』は、静かにそう尋ねた。

「なんで――人間に戻らなくていいと思うんだい?」

「なんでも何も」

 俺は言った。

「レイラの眷属になったことは……別に後悔していないし」

「……何故だ」

 『第一の眷属』は。

 理解できないという表情で言った。

「君はレイラの本質を理解しているだろう? 『災禍の化身』……レイラは人の形をした災害だ。――あの子の眷属になるということは、僕達もあの子と同じ性質を得たということになる。人を傷付ける性質。その場にいるだけで人を害する性質……あの子の眷属になった僕達は、生きているだけで人を傷付ける――あの子と一緒にいたら僕達は、生きているだけで悲劇を引き寄せるんだぞ?」

 悲劇。

 地獄。

 悪夢。

 単語なんてなんでもいいが、レイラの眷属になった俺達は、人間だった時よりも、『そういうもの』に遭遇しやすくなっているだろう。

 だが。

「そんなこと、どうでもいいだろ?」

「……どうでもいいだと?」

 俺の言葉に『第一の眷属』はわかりやすく反応した。

 眉を片方上げて、不快そうな表情を浮かべる。

 そのまま俺は続けた。

「どうでもいいよ――レイラが『災禍の化身』と呼ばれる化物だろうが、その眷属になろうが、それによって多くの悲劇に遭遇することになろうが……そんなこと、俺の望みには関係ない」

「……理解できないな」

 『第一の眷属』は頬を引き攣らせたまま言った。

「関係ないことないだろう。……レイラが人外であることと、あの子の眷属にされたことは、僕達の人生に大きく影響することだ。……それともあれかい? かなめくん、君は自分が失敗しないとでも思っているのか? 僕と違って、自分はレイラを人間にできると思っているのかい?」

「いや? そんなつもりはないけど?」

 俺はそこでカフェオレを一口飲んだ。

 砂糖を入れていないカフェオレは、まろやかで、苦い。

「生憎だけど、俺はこれまで失敗ばかり、負けてばかりの人生を歩んで来たから……自分は失敗しないとか、必ず勝てるとか……そういう考えはよくわからないんだけど」

 順風満帆と言われるような人生を――俺は歩んでいない。

 どちらかと言えば上手く行かないことの方が多いし、思い通りにいかないことが多い。

 だから俺はこう考えていた。

「――そもそも前提の考えが違うな。俺はレイラを人間にしようだなんて思ってないし、レイラは人間にはなれないだろ」

「……何?」

 『災禍の化身』と呼ばれているレイラは、人間になることはできない。

 根本的に化物のレイラは――どれだけ頑張っても化物のままだ。

「じゃあ――君はレイラをどうしたいんだ?」

「別に。どうするつもりもないし、どうもしない」

 俺は言った。

「俺は家で飯が食える生活ができたら、それでいいし……ああ、違うか。今は家で『レイラと一緒に』飯が食える生活ができたら……って言う方が的確か。……だから俺はレイラが化物だろうが人間だろうが、どうでもいいんだよ」

「どうでもいい? レイラが化物であることがか?」

「ああ……お前がどうかは知らないけど、俺はどうでもいい」

 レイラが化物だろうがなかろうが。

 俺自身が化物になろうが。

 そんなことは――どうでもいい。

 俺は必要だと思うものは自分で揃えた。

 だから。

「そんなことは――些事だよ」

「……些事なわけないだろう」

 『第一の眷属』は目を細めて言った。

 ……本人は理性的に言っているつもりだろうが、俺には感情をかなり抑えているように感じた。

 ふとしたきっかけで爆発しそうな感じ。

「レイラは僕達と違うんだぞ。あいつは生まれながらの化物――生まれながらの人外だ。自分を人間と……いや、人類と同じだなんて思っていない、人の命なんてなんとも思っていない、存在するだけで人に害をなす『災禍の化身』なんだぞ?」

「ああ知っている」

「だったら!」

 と、『第一の眷属』は声を荒げた。

 ……その声に、周囲に座っている人々がこちらを向く。

 『第一の眷属』ははっとして、声のボリュームを下げた。

「だったらなんで……どうでもいいだなんて言えるんだ? あの子の所為で――レイラの眷属になった所為で、僕達の人生は変わっただろ? 平和な日常から程遠いものになったはずだ。ありきたりな生活じゃなくなったはずだ……当たり前みたいに人が死ぬ。大勢の人が死ぬ。悪夢も地獄も当然のように起こって、その罪を背負って生きていく」

 『第一の眷属』はそこで、一旦言葉を区切って、喫茶店に設置されているテレビに視線を向けた。

 映されているチャンネルはこの街で起こった、変死事件について取り上げられている。

「レイラがいなかったら……レイラの眷属にならなかったら……僕の人生はこうならなかったはずだ――自分はこんなに後悔しなかったはずだ。君は、そう思ったことがないのかい?」

「ないな」

「だったら――これから思うはずだ」

 『第一の眷属』は断言した。

「必ず思う。君も絶対に後悔する……そしてすべてが終わったあとに絶望して、自分の行動が招いた結果に失望する――そうなるさ」

 『第一の眷属』が力強くそう言うということは、それは『第一の眷属』が『そう』だったからだろう。

 自分と同じくレイラの眷属になった俺は、自分と同じ結末に辿り着く。

 そう思っているんだろう。

 それは正しい判断だと思う。

 前任者がそう言っているのだから――俺も将来、そうなる可能性が高いだろう。

 『第一の眷属』の考えはわかるし、なるほどなと俺は思う。

 思うが――俺は否定した。

「いや悪いけど……俺はそうならないと思うな――悲劇が起こっても、この世が悪夢か地獄に化しても……俺はそのことでレイラを恨んで復讐しようだなんて、思わないよ」

「……何故言い切れる?」

「え、だってよ」

 俺は言った。

「不幸な出来事とか――どこでも起こり得るだろ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る