第十二話 『魔獣女帝』VS『第一の眷属』

 『魔獣女帝エキドナ』対『第一の眷属』。

 方や、無数のクリーチャーズを一瞬で生み出し、クリーチャーズの能力も扱える、レイラの次に危険視される吸血鬼。

 方や、俺と同じレイラの眷属であり、『損傷無効ノーダメージ』に酷似した能力を持つ、危険度不明の吸血鬼。

 両者の戦いは、最初から一方的なものだった。

 『魔獣女帝エキドナ』が無数のクリーチャーズを生み出して『第一の眷属』を殺す。

 潰す。

 折る。

 引き千切る。

 切り裂く。

 クリーチャーズの能力を使って『第一の眷属』の肉体を何度でも壊す。

 貫く。

 焼く。

 毒を浴びせる。

 抉る。

 戦闘は終始、『魔獣女帝エキドナ』の一方的な虐殺だった。『魔獣女帝エキドナ』の猛攻に『第一の眷属』は手も足も出なかった。

 そもそも『第一の眷属』は無抵抗で。

 戦いの経過は、『魔獣女帝エキドナ』の有利だった。

 一方的で……圧倒的。

 『魔獣女帝エキドナ』が負ける要素は見当たらない。

 しかし。

 この戦いの結果は――『魔獣女帝エキドナ』の勝利ではなかった。

「……どうなってやがる?」

 と、『魔獣女帝エキドナ』は戸惑った声を出す。

 地面から飛び出した大蛇が『第一の眷属』の身体を丸のみにした。

 だが――そんなことは無意味だった。

 続けてライオンが、猪が、鷲が、双頭の狼が――次々と『第一の眷属』に襲い掛かる。

 しかしそれに意味はなかった。

「てめえは一体何をしている⁉ 俺の仔達クリーチャーズをどこへやった⁉」

 とうとう耐え切れなくなったという風に、『魔獣女帝エキドナ』は声を荒げた。

「……もう、いいかな?」

 対して、『第一の眷属』は冷ややかなままだった。

 何度も何度も殺された者の顔ではない。

 これまで行われた虐殺などどうでもいいという風に、『第一の眷属』の表情は冷たかった。

「くそが‼」

 『魔獣女帝エキドナ』は再度クリーチャーズを生み出す。

「『三頭狼ケルベロス』‼ 『毒水蛇ヒュドラ』‼」

 生み出されたのは三つの首を持つ狼と、猛毒を持つ大蛇だった。

 胸から腹部に掛けての部分が三つ首の狼に変化して飛び出し、右腕が大蛇に変化して、『第一の眷属』に襲い掛かる。

 さっきから何度も見た光景だった。

 しかし。

「『後悔先に立たずリセット』」

 その声と共に。

 生み出された怪物達が『消滅』した。

 二頭とも『第一の眷属』に噛み付こうとした寸前で。

 『第一の眷属』が手をかざすだけで――クリーチャーズは跡形もなく消え去った。

 一瞬で姿形がなくなる。

「――もうわかっただろう?」

 『第一の眷属』は言った。

 非常につまらなさそうに。

「君じゃあどうあがいても僕を殺せない。僕には勝てないんだよ、『魔獣女帝エキドナ』……『母なる権能』で無限にクリーチャーズを生み出そうが、『仔の権能』でクリーチャーズの能力をいくら使用しようが……例え君が今、『魔獣変性』を使用しようが――ね」

「――っ‼」

 『第一の眷属』の言葉に『魔獣女帝エキドナ』の表情が引きつる。

 認めたくない事実を突きつけられたように。

 自分の力量ではどうにもならない現実を実感したように。

「……てめえの能力は『第二の人外シルバー・ブラッド』の不死力が、変異したものだったはずだ」

 攻撃しても無意味だと悟ったのか。

 『第一の眷属』と一定の距離を置いたまま、『魔獣女帝エキドナ』は言った。

「『第二の人外シルバー・ブラッド』の不死力が変異した能力。自分が受けた損傷を無効化する、損傷に関する因果を――傷に関する原因と結果をなかったことにする能力を、『自分以外』にも適用できるようになっただけの能力だろうが⁉ だから戦闘で荒れ果てた木々の損傷をなかったことにできる、即死した人間の傷をなかったことにできる――それだけのはずだろうが‼‼⁉」

「いや、違うよ?」

 あっさりと。

 少しももったいぶらずに、あっさりと、『第一の眷属』は否定した。

「僕の能力はそんな回復能力、再生能力の延長みたいな能力じゃないよ? ……まあ、レイラから受け継いだ不死力が変異したっていうのは、正しいけど――でも、僕の能力は再生能力みたいな前向きな能力じゃない。僕の能力はもっと後ろ向きな能力さ……決して誰かに誇れるような、素晴らしい能力じゃないよ」

「……誇れるような能力じゃないだと……?」

「うん――というか『魔獣女帝エキドナ』。君はもう、わかっているんじゃないのかい? 僕の『後悔先に立たずリセット』を今実際に体験した君なら――一つ、『第二の人外シルバー・ブラッド』の血統の不死力は、因果律に干渉して損傷を無効化なかったことにするチカラだ。――二つ、僕は自分の意志で自分と他人の損傷を……有機物無機物に限らず、なかったことにすることができる。――そして三つ、僕は君のクリーチャーズを今、目の前から何度もなかったことにした。……まだヒントが必要かい?」

「……まさか」

 『第一の眷属』の能力の全貌がわかったのか、『魔獣女帝エキドナ』は青ざめた顔をした。

 いや。

 さすがにそこまでヒントを出されたら……俺でもわかった。

 俺とレイラが持つ『損傷無効ノーダメージ』が変異した能力。

 それでいて、再生能力の枠には収まらない、後ろ向きな能力。

 けど……本当に?

 本当にそうなのか? 

 ……確かにさっきも『そう』言っていたけど……でも、だとしたら。

 ――だとしたらある意味、レイラよりも脅威だぞ?

「『』――それが『後悔先に立たずリセット』の能力か‼」

「正解」

 『魔獣女帝エキドナ』の解答に、『第一の眷属』はそう返した。

 一切称賛する様子はなかったが。

「それが僕の能力さ……レイラやかなめくんみたいに自分の損傷をなかったことにするだけじゃない。『損傷無効』ならぬ『因果無効』さ……あらゆる物事の原因と結果をなかったことにする、因果を無効化する能力……それが僕の『後悔先に立たずリセット』だ」

 ぞっとする言葉だった。

 ――あらゆる物事の原因と結果をなかったことにする、因果を無効化する能力。

 初めて『後悔先に立たずリセット』を見た時、『損傷無効ノーダメージ』と同じ感覚がしたし、『損傷無効ノーダメージ』と同じじゃなくても、何かしらの互換性のある能力だとは思っていたけど……けど、俺もそこまで『外れた』能力だとは思わなかった。

 戦闘で傷付いた木々とか、ゆーきの傷とか、自分の傷ばっかりなかったことにしていたから……俺もてっきり『自分以外にも『損傷無効ノーダメージ』を発動できる』とばかり思っていたけど。

 本当に『あらゆる』物事の原因と結果をなかったことにできるなら。

 それは――『損傷無効ノーダメージ』とは比べ物にならないくらい、外れた能力だし。

 さっき、『第一の眷属』の目の前からクリーチャーズが消えたのは。

 あれは『第一の眷属』が、クリーチャーズを別の空間に飛ばしたとか、殺したのではなく。

 存在そのものをそもそも――なかったことにしたってことだ。

 ……『第一の眷属』は『魔獣女帝エキドナ』を嘲笑うように言った。

「……というか、本気で僕の能力が、自分以外の損傷をなかったことにする能力だと思っていたのかい? ――君は僕が魔術師達になんて呼ばれているか、知っているはずなのに」

「……っ⁉ 『幻影ファントム』‼‼‼」

 『魔獣女帝エキドナ』は思い出したようにそう言った。

 『幻影ファントム』。

 確か……外見も能力もわからない、吸血鬼の通り名だったはずだ。

 一部では誰も殺さず人々を救う、『顔のない英雄』と呼ばれていると。

 困っている人を助けてはその傷を癒し、しかし誰もその姿を『何故か』覚えていない、危険度最低の吸血鬼。

「くそが……確かにそうだ……なんで思い出せなかった‼ そんなもん、少し考えたら一発でわかるじゃねえか‼」

「まあ――思い出せなかったのは無理ないよ」

「あァ⁉」

「記憶操作」

 『第一の眷属』は言った。

「僕はさっきクリーチャーズをなかったことにしたみたいに、実体があるものをなかったことにできるし……記憶みたいに形がないものもなかったことにできるからね……『魔獣女帝エキドナ』。一つ尋ねたいことがあるんだけど……君、前に一緒にかなめくんの前に現れた時、どうやって帰ったか、覚えているかい?」

「っ⁉」

 『魔獣女帝エキドナ』は慌ててその場から飛んだ。

 あまりの勢いに爆発したように土埃が舞う。

 『第一の眷属』から距離を取るように『魔獣女帝エキドナ』の身体が消えた。

  しかし意味はなかった。

「『後悔先に立たずリセット』」

 そう呟くと飛んで逃げたはずの『魔獣女帝エキドナ』の身体は、元居た場所に戻っていた。

「な」

「君が跳躍した事実をなかったことにした……逃げても無駄だ」

 『第一の眷属』は一歩前に踏み出す。

 近付かれた『魔獣女帝エキドナ』は一歩後ろに下がったが――それで『第一の眷属』との距離が離れることはなかった。

「さて――僕は君に契約をちゃんと守って欲しいんだけど、そのために僕は、何をすればいいのかな?」

 逃げようとする『魔獣女帝エキドナ』は何度も後ろに下がるが、『第一の眷属』は何度も『魔獣女帝エキドナ』の行動をなかったことにして、彼女との距離を縮めた。

「君の復讐の鍵である、かなめくんをなかったことにしたらいいかな? それとも君の不死力、肉体強化などの『共通能力』をなかったことにしたらいいのかな? それとも『母なる権能』や『仔の権能』などの『固有能力』か……それとも、君の記憶をなかったことにしたらいいのかな?」

「――っ⁉」

「例えば――君がずっと大切にしている、『第一の人外ゴールド・ブラッド』との思い出とか」

「……やめろ」

 『第一の眷属』はゼロ距離まで近付いた。

 そして、『魔獣女帝エキドナ』の整った顔に手を伸ばす。

「やめろ」

 絶望した顔で『魔獣女帝エキドナ』は逃げようとした。しかし後ずさりすら『第一の眷属』は許さない。……一歩でも、一センチでも逃れようとする『魔獣女帝エキドナ』の行動をなかったことにする。

 そして――そのなんでもなかったことにできる手で、『魔獣女帝エキドナ』の額を掴んで。

 そして。

「リセ――」

「――やめろ‼」

 『魔獣女帝エキドナ』の叫びに、『第一の眷属』は動きを止めた。

 言われた通りにしたわけじゃないだろう。

 ゆっくりと……『第一の眷属』は手を離して引っ込める。

 それから言った。

「それが嫌なら僕との契約を遵守しろ。わかったな? これは最終通達だ――次はない」

「……ああわかった。てめえとの契約は必ず守る。もう軽視した行動はしねえ――だから、記憶を消すのだけはやめろ」

「わかればいいさ――じゃあ、帰るぞ」

 言うと、『第一の眷属』はこちらに振り返った。

 そして結界を展開している海鳥達と、その横に立つ俺に向かって言う。

 『魔獣女帝エキドナ』に無防備に背を向けて。

 さっきまで殺し合いをしていた者とは思えないような、柔和な笑みを浮かべて。

「すまない――かなめくんと、そのお友達。……今回の件は完全に僕の落ち度だ。『魔獣女帝エキドナ』の性格をわかっていたんだから……こうならないように、ちゃんと対策を用意するべきだった。……今日はもう帰るけど――この詫びはいずれするよ」

「……必要ねえよ」

 俺は『第一の眷属』に言った。

「ただ一つだけ教えろ――お前、本当にレイラに何もしていないんだな?」

「……君は、本当にそこにこだわるね」

 と、『第一の眷属』は呆れたように笑った。

「別にレイラを心配するなんて――ないだろうに」

「答えろ」

「――本当に何もしていないよ。というか、指一本触れていない」

「…………」

「事実だから安心しなよ――何もなかったことにしていないし……僕の能力は、レイラには通用しないからね」

「……あ?」

 気になる発言をされたが、『第一の眷属』は俺から結界の方に目を向けた。

「金髪の君」

「え、あ……俺?」

「ああ」

 『第一の眷属』は自分を指差して首を傾げているゆーきに言った。

「胸は痛まないか?」

「ん? うん……まあ別に痛まないけど」

「そうか――心が強いな、君は」

「?」

 『第一の眷属』の発言の意味がわからず、ゆーきは首を傾げた。

 俺もわからない。

 一瞬だけゆーきに目を向けて視線を戻すと、そこにはもう、『第一の眷属』と『魔獣女帝エキドナ』の姿はなかった。

 何をなかったことにしたのかはわからないが――能力を発動して移動したのだろう。

 前回同様、『第一の眷属』と『魔獣女帝エキドナ』は一瞬にして消えた。

 消えていなくなった。

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