第一話 姉との会話

『今、何かしてる?』

 家路になっている森を歩いていると、今日も姉からチャットメールが飛んできた。

『別に何もしてないけど』

 俺は自転車を押しながら返信した。

『さっきまで学校にいたから、今帰っているところ』

『そう』

 この二ヶ月の間、毎日のようにこの会話をしている気がする。

 離れて暮らしているからなのか、七つ離れている姉は以前から頻繁に連絡を寄こしてきていたのだが、その頻度が最近増している。

 前までは週に一回くらいのペースで連絡してきていたのに、最近ではほぼ毎日だ。

 だから俺は姉に訊いた。

『姉ちゃん、最近なんかあった?』

『別に。何もないけれど』

 姉はすぐさまそう返信してきた。

『なんで?』

「んー……」

 姉の返信に、俺は少し考える。

 返答の速さや送られてくる文からは、姉が何故毎日のように連絡をしてくるのか、読み取ることはできない。

 ダイレクトに訊くか――と思って俺はこう返した。

『いやだって、何もない割には、最近メール多くない? ……前までそんなことなかったのに』

 そう送ると一拍置いて、姉からこう返信がきた。

『……嫌なの?』

『別に嫌じゃないけど』

 俺は勘違いされないよう正直に文を書いた。

『ただ、最近毎日連絡が来るから、その理由が気になっただけ……何もないならそれでいいけど』

『んー……』

 スマホの画面にそう表示されて、そのままその画面で止まる。数秒経過して、姉は『別に理由って言うほどの理由はないけれど』と送信してきた。

『ただ、姉として弟の生活状況が気になるから、連絡してるだけよ』

『……生活状況って』

『だってかなちゃん、今一人暮らし状態でしょ? おじいちゃん仕事で半年近く家空けるって言っていたし……お姉ちゃん心配なのよ』

 姉の文に思わず笑ってしまった。

 俺は今年で高校生になったのに、まさか『心配だから毎日連絡してます』って言われるとは思わなかった。……別に一人暮らしは初めてじゃないのに。

『それに』

 と――笑っていると姉は続けて言った。

『最近、そっちで変死体が何体か見付かったって聞いたから』

「…………」

 確かに最近、この街で何体か死体が発見されている。事件か事故かは不明だが、一人暮らしの女性が外傷もないのに家の中で死体の状態で見付かるってニュースが、何回か報道されている。

『かなちゃん、人里から離れたところに住んでいるんだから、戸締りはちゃんとするのよ?』

 文章を見るに、毎日連絡して来る理由はこっちが本命のようだ。

『それと夜は出歩かないこと』

『はいはい』

『あと、何かあったらすぐお姉ちゃんに言うこと』

『はいはい』

『言ってくれたらすぐ駆け付けるから』

『はいはい』

『……真面目に聞いてる?』

『聞いてるよ』

 俺は姉の質問に答えた。

『要は姉ちゃん、俺が今一人暮らしの状態で、俺の周りで物騒なことが起こっているって知ったから、毎日連絡してきてるってことでしょ?』

『……まあそうだけど』

『ありがとうございます。お姉様に心配されて愚弟は幸せ者です』

『やっぱり真面目に聞いてないじゃない』

 ふざけた返しをしたら怒られた。

 当たり前と言えば当たり前の展開のため、俺は謝罪の言葉を送信する。

 ……しかし、変死体が何体か発見されているだけで、かなり心配されているみたいだ。

 確かにこれが人為的に起こされている事件だとするなら、この街で殺人事件が起こっていることになるし、更に誰かが襲われる危険性が生じるわけだが……。

「まあ」

 だとしても不要な心配だ。

 心配されるのはありがたいけど。

 そう思いながら俺は姉と会話を続けた。

『そういえばさっきまで学校にいたって言ってたけど、何かしてたの?』

『テスト勉強』

 俺は姉の質問に答えて、緑の匂いで満ちる森を歩いた。

 俺の家は人気のない森の奥深くにある。舗装された道がなければ街灯もなし。徒歩で自宅から森を出るのに三〇分は余裕で掛かるほど広く、道を覚えていないと冗談抜きで遭難する可能性がある、樹海と呼んでいい大きさの森の奥に、俺の家はある。

 街灯がないため夜になると月と星の明かりしか頼れる光がないが、俺は木々や葉の形で道を覚えているため問題ない。

 雑草の生えた土の地面を踏みながら、俺はスマホに文字を打ち込む。

『クラスメイトに数学教えてた』

『そう』

 三叉に分かれている道の右を進む。それから木と木の間にある細道を進み、また右に曲がって真っすぐに道を進む。

『クラスメイトって、勇騎くんのことじゃないわよね? 誰なの?』

「…………」

 姉が送ってきた文を見て、少し考える。

 しまった。何も考えないで答えるんじゃなかったな。

『返事がないけれど、どうかしたの?』

 数秒指を動かさなかっただけで姉から勘繰ったような文が送られてきた。俺はすぐさま『なんでもないよ』と打とうとしたが、それよりも姉の打鍵が早かった。

『もしかして数学を教えてた相手って、女の子?』

 勘が鋭過ぎると思った。

 考えて、俺は送信しようとしていた文を消して、新しい文を入力して送信した。

『そうですが、それがどうかしましたか?』

『別にどうもしないけれど』

 からかわれるだろうなと俺は思った。

『ただ、珍しいなって思ったわ』

『そうですか』

『おめでとうって言っていい?』

『いや、別にそんな関係じゃないから』

『でも、放課後に勉強教えるくらいには仲いいんでしょ?』

『頼み倒されたから教えただけだよ』

 面倒な展開になったなと思いながら打鍵する。

 俺があまり友達を作らない性格なのを知っているからか、姉は昔から俺の人間関係を気にするが、女子と関わりを持ったと知ると決まってからかわれる。

『どんな子なの?』

 姉からの質問に俺は考える。

 数学を教えていたクラスメイトをどう表記するかではなく、どう回答すれば素早くこの話題を切り上げられるか。

 考えたがいい案が思い付かなかった。

「……はあ」

 だから俺は、姉の質問に素直に答えていこうと思った。からかわれるのは間違いないが、姉が満足するまで付き合うのがこの話題を切り上げる一番手っ取り早い案だろう。

 そう思って、相手がクラスでどのような立ち位置なのか考えながら文字を打っていたのだが。

 そこで木材が焼ける臭いがした。

「ん?」

 焦げ臭い臭いを感じて足を止める。

 一瞬だったので気のせいかと思ったが、風が吹いたらもう一度焦げ臭い臭いがしたので、俺はその場で確信した。

『……? かなちゃん?』

 返信がないことに姉は疑問に思っているようだった。

『おーい。どうかしたの?』

 姉の文言になんと返信しようか迷ったが、もう一度風が吹くとより強い臭いを感じたので、俺は返信を中断して、臭いのする方角に向かった。

 風が流れてくる方角から火元の大体の位置はわかる。この方向に進んだ先にはちょっとした広場がある。半径二〇メートルほどある、遮蔽物がなにもない広場。

 人為的なのかそうでないのかはわからないが、発火しているのは恐らくそこのどこかだろう……と思って臭いの元に向かう。すると少しずつ明かりが見え、熱を感じながら木々の間を縫いながら進むと、案の定広場に到着したのだが、

「……おいおい」

 広場全体が燃えていた。

 見渡す限り、炎。炎。炎。

 火元は一つじゃない。広場のあちこちで火の手が上がっている。

 自然発火の場合、火災の原因の多くに挙げられるのは落雷だっけか? ……けど、今日の天気は晴れ。自然に雷が落ちたとは考えづらい。

 なら放火と考えるべきか。……だとしたらかなり面倒な事件に、俺は巻き込まれたことになるけど。

「……ん?」

 そう思って広場の中央に目を向けた時だった。

 燃え盛る広場の中心に、何かがいた。

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