両刀使いの二刀流【KAC2022第1回】

はるにひかる

こうして俺は生きて行く。


「——此処迄で、このソフトの画期的な利便性は理解して頂けたかと思います」


 説明を一旦区切って、向かい合う長テーブルの面々を見た。

 それに反応して、3人共コクコクと首肯してくれている。


 灯りを落としたオフィスの一室、俺はこの日の為に作成して来た資料をスクリーンに映して、我が社が新しく開発したソフトの価値を、——最早何も考えずにイメージ通りに操れるその操作感を、その利便性を、冷静にプレゼンして来た。


 プレゼンしているソフトは、1か月程前にクライアントに「こんな感じの作れないかな」と言われたのを開発課にぶん投げた処、想定よりも大分早く仕上げてくれた物だ。

 クライアント曰く、「使い方とか機能とか覚える事が多くて、新人が入る度にそれを教える為に人件費が吸われて行くから、どうにかならないか」との事だった。

 その点、連中が上げてくれたソフトは、文句なくそれを満たしている。

 作るのは開発課の仕事、売り上げにするのは俺たちの仕事。

 ——必ず、契約に結び付けて見せるぜ——。


「——では、次はこちらをご覧下さい」


 リターンキーを押して、次のスライドを表示させる。


「弊社調べで恐縮では有りますが、パソコンが得意では無い30名の社員に何も教えずに御社で行われているタイプの作業を一通り熟せる様に成るまでに要した時間です」


 スライドを見た面々から、驚きの声が上がる。


「こんなに早く出来る様になるのか——」

「1時間なんて有り得ない——」

「教育係も付けていないって事ですよね——」


 この反応を見て、俺は冷静の仮面を外し、情熱のそれを被る。


「そうなんです! 私も驚きました! まさか、こんなにも短縮されてしまうなんて! ……勿論、作業環境によって反応速度などで変わってくるでしょう。しかし、恥ずかしながら弊社で使っていてこの調査にも使用したPCは、古くは有りませんがかと言って新しくも無い、微妙な物です! 御社で使われている物なら、更にパフォーマンスを上げる事でしょう!」



   ※※※※



「やりましたね、先輩! 見事契約を勝ち取れました! 連戦連勝ですね!」


 プレゼンからの帰り道、駅に向かう途中で、部下で恋人のひとみが名前の通りその大きな瞳を輝かせながら、俺の腕に纏わり付いて来る。


「一番の功労者は、開発課のやつらだ。俺はただ、その魅力を相手に伝えたに過ぎん」

「またそんな事言ってぇ! 私、感動しましたよ、それ迄データとか使用感とかを訥々と伝えるだけだった先輩が、急に情熱的に訴え出した処!」

「それを言われると恥ずかしいな」

「でも良かったです、相手の方に早目に納得頂けて。用意していた、伝家の宝刀を抜かなくて済んで」


 言葉こそはそんな事を言っているが、瞳はそんな事はどうでも良いとばかりにあっけらかんとしている。

 彼女が言う“伝家の宝刀”とは、実際に試して貰った社員の内の2人が普段勢力争いばかりしていて実務に全く手を出さない社長と副社長のデータだ。

 協力頂く中にどちらも入っている事を伝えたところ、2人共お互いに負けるまいと頑張ったのか、平均よりも早く使い熟していた。

 ——とまあ、こんな事は俺にとってもどうでも良い。


「いつも言っているだろ、プレゼンで大切なのは冷静と情熱の両刀使いだって。どちらか一方だけでも、その中間で頑張っても、誰の心にも残らない」


 俺が言うと、瞳は納得した様に頷いた。……当然だ。俺はこれで結果を残して来ている。誰に何を言われようが、それは揺るぎの無い事実だ。

 今の会社に入る時だって、他の志望者が何処かのマニュアル本に書いてあった様な内容の丸暗記を必死に訴える中、俺は周りの友人に聞いた印象と自己分析した長所短所などを冷静と情熱に極振りしながら訴え、内定を勝ち取った。

 

 芸能人だってそうだ。誰もが仕方無いと思えるレベルのスキャンダルなら兎も角、トイレの不正使用不倫や、犯罪行為などを犯した者は、何もしなくて消えて行った者たちよりも、いつまでも印象に残り続ける。

 バラエティを見ていても生き残っていくのは、どちらか極端な奴らだ。


「“冷静と情熱のあいだ”だと、意味が無いんでよね? ちゃんと覚えていますよ!」 

「……ちょっと待て、その言い方だと無駄に角が立つ。終わりを思わせる悲壮感を滲ませる文学なんかだと、それはそれで有りになるし、抑々あの作品は中庸の話では無くて——」

「ええ、難しいです」


 そう言って瞳は頭を抱えた。

 そんなに難しい事は言っていない。

 “人生を楽しく乗り切るには、冷静と情熱の使二刀け”——シンプルに言えば、ただ、そう言っているだけだ。

 こんな所が、堪らなくおバカワイイ。


「——ね、先輩、今夜家に来ません? お祝いの料理作りますから」

「うん、ありがとう。じゃあお返しにベッドの中で、効率的な冷静と情熱の使い方を教えてやろう」

「キャー、おじさん! ……でも、楽しみにしていますね……」


 丁度そこで駅に着いた。

 今日は直帰なので、反対側行きの瞳を、ホームで見送る。


「——先輩、遅くなりましたが、僕からもおめでとうございます」


 そこで初めて、クライアントの会社からここ迄の帰り道、俺と瞳の後ろを少し離れてついて来たとおるが話し掛けて来た。


「それで、先輩、良かったら会社が休みの明日……」

「うん、予定は空けておく。瞳には誘われるだろうが、断っておく」

「本当ですか?!」


 徹は、少年の様に喜んだ。——この徹も、俺の恋人だ。

 瞳との事も有るが、周りに言った処でおかしな目で見られるだけだし、誰にも内緒の関係だ。


 冷静と情熱の二刀流の俺は、恋愛においても二刀流——いやこれは両刀使いと言われる物か。


 瞳と徹の2人と同時に付き合っている事も、“二刀流”だなどと綺麗に言い換えたりはしない。

 ——ただの浮気者だ——。

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