第24話 欽之助、五態の変化
「それなら、もういい。あの時、君はすぐに謝ったはずだ。むしろ謝るべきは、僕のほうだったのに。農業のことなんか何も知らずに、あんなことを言って悪かったと思っている。このとおり、改めて謝る。済まない」
「そうか、良かった。これで奇麗さっぱり仲直りといこう」
「そんなことよりも」
と、おれはぎろりと睨んだ。
「先生とは何だ、先生とは。余り馬鹿にするんじゃない」
青虎は悪びれる様子もなく言った。
「いやだって、
「……」
おれは開いた口が塞がらなかった。
相手は、そんなこちらの様子には全く気付かぬごとくに続ける。
「それより先生、あのお婆さんは何者なんだい？ あんたの親戚なのか？ まだ来たばっかりだというのに、もうすっかり近所中の人気者になっている。それにこの里のことを本当に良く知っているんだ。百年も前のことだって」
「百年前のことだって？」
おれはすぐにＵボートの一件を思い出したが、そのことはあえて口には出さなかった。
「ああ、そうなんだ。清さんって、昔ここに住んでいたことがあるんじゃないのかなあ。でも、それを聞くと知らんぷりするんだ。ここの古老で百歳を過ぎた人も居るには居るんだが、そんな百年前のことどころか、自分のことさえいまでは忘れちまっているからなあ」
そんなことを話しているうちに、赤虎が庭をうろうろしていることに、おれは気づいた。
さて、庭に井戸の跡があるのを、すっかり書き忘れていた。
井戸の跡と言っても、埋め立てた後に防火用水として使用されていたのだろう。コンクリートの丸い壁にそう書かれていた跡がある。
今は子供の安全のためであろう。それもやめて、同じくコンクリートの蓋でしっかり覆っている。
赤虎は、その
「赤虎は最先から何をしているんだろう」
おれがそう言うと、
「赤虎だって？」
と青虎が振り返る。
「ああ、寅さんのことか」
と、頷く。
「しかし、よく知っていたな。あの人も自分で自分のことをそう呼んでる。男、赤虎ってな。俺は寅さんと呼んでいるがな」
「ふーん。ところで、おれのことを先生と呼ぶのはやめてくれないかな」
「だって、清さんが先生、先生と言ってるから、今ではこの近所の人はみんな、お前のことを先生だって思っているぜ」
おれは顔を真っ赤にして言った。
「清さんが僕にそういうのは仕方がない。何とでも呼んでくださいと、もう言っちゃったから。しかし、君からそう呼ばれるのはいやだ」
「じゃあ、なんと呼べばいい」
「欽之助という立派な名前があるから、そう呼んでくれ」
「わかった、錦之助。それじゃあ、俺のことは――」
「ヤンマーだ」
山田誠だから、ヤンマー。
「何だって？」
「君のことは、ヤンマーと呼ぶことに決めた。青虎から昇格させてやったんだから、いいだろう」
「何だって？ ふん、まあ勝手にするがいいや。しかし、俺のことを君呼ばわりするのはやめてくれないか。気持ち悪いから。俺もお前のことはお前と呼ぶから」
「分かった」
こうしておれは、本来の欽之助にようやく戻れたのだった。
この際だから伊勢木寅太も、赤虎から寅さんへ昇格させてやろう。山田誠も、青虎からヤンマーになった。しかし、おれに比べれば大したことはない。
この落目欽之助は、オッチャンにからボッチャンになったかと思えば、失恋の末に落ち目となり、次に坊ちゃんから先生となったのだが、これでやっと本来の欽之助に戻れたのだから。
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