大物-6
紅音々の調査を開始して、早くも五日が経とうとしていた。進展もなく少し手詰まりの状態になりつつあった。
森下邸に出入する人間を調べたのだが、特に変わった人物が出入するといった事はなかった。生活協同組合コープの配達員、郵便配達員、新聞配達員そして、長四郎を尾行していた男それだけしか出入りしていない。
森下衆男が出てくる時は、近所を散歩する時だけで最寄りの駅まで行き、駅前の喫茶店で珈琲を飲み店のマスターや常連客と談笑し一時間程で切り上げ家に帰る。
そんな日常を繰り返す隠居。それが張り込みをしての感想だった。
「う~ん。ただの隠居としか思えないんだよなぁ~」
長四郎は尾行の際に撮影した写真を見ながら、そう呟いた。
すると、車の窓をコンコンとノックされ、窓に目を向けると燐が笑顔で手を振っていた。
「はぁ~」深いため息をつき、倒していたシートを起こす長四郎はドアのロックを解除する。
「差し入れ、持ってきたよぉ~ん」
燐はそう言いながら後部座席に腰を下ろし、レジ袋を長四郎に差し出す。
「あ、どうも」長四郎はレジ袋を受け取り、中身を確認する。
中身は、あんパンと牛乳だけだった。
「安直な品物だな」
「張り込みと言えば、あんパンと牛乳でしょ?」
「ま、色々と言いたいことはあるが丁度、小腹が空いていたところだから頂くとしよう」
長四郎は、あんパンを食べ始める。
「で、どうよ」
「どうもないよ。動きはないし、怪しい人物の出入りもない。爺さんは意外と気さくみたいで人付き合いも良い」
「そうなんだ。で、音々さんはあの屋敷に居るの?」
「分からん」
「適当なんだから」
「適当って言うけどね。屋敷に乗り込むわけにはいかないんだから」
「そうだけど」
「そうだけど? 何か言いたげな感じだな」
「実はさ、私も監視されているみたいなんだよね」
「監視? 気にしすぎなんじゃない?」
「でも、視線を感じるの?」
「ああ、それは多分、幽霊だな」
「幽霊? やめてよ」
「いやいや、幽霊は時期を選んでくれんよぉ~」
長四郎は怪談師のような口ぶりで、燐を怖がらせる。
「ホントにやめて」
これ以上言うと、燐から鉄拳制裁が飛んで来ると思い、それ以上は言わなかった。
「次の手を考えるかぁ~」
「次の手?」
「そ、次の手」
「どんな?」
「それは・・・・・・ 今現在、思案中」
「変な期待持たせないでよ」
「そう言われても困るよ」
「富有子さん。韓国旅行キャンセルしたんだってさ」
「そうか。それは残念だったな」
「そうじゃないでしょ。さっさと音々さんを見つけないからでしょ」
「とは言っても、疑いだけで調査しているからな。そう気安く手は出せないのよ」
「昼行灯」
「あ?」
「だから、昼行灯って言ったの」
「褒めてくれてありがとう」
「褒めてないし」
「俺にとってはね。昼行灯は褒め言葉なの。俺が尊敬する人も昼行灯って呼ばれているから」
長四郎は嬉しそうにしながら、ニヤッと笑う。
そんな長四郎を「キモっ」の一言で片付けるのだった。
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