愛猫-10
長四郎と燐は、夜田が前に使っていたニッポンポン製造有限会社があった場所へと来ていた。
「ねぇ、本当にここで合っているの?」
そう言う燐の視線の先には、廃工場と化した町工場があった。
「合ってはいるなぁ~」長四郎はそう答えながら、どうやって工場内に入ろうと画策していた。
「もしかして、中に入ろうなんて考えてないでしょうね」
「考えていますよ」
「不法侵入だよ」
「そうか。なら仕方ない。リップクリーム貸して」
「へ?」
「良いから、貸して」
「嫌よ。何であんたと間接キスしなきゃいけないわけ?」
「こっちだってごめんだよ」
「んだと、ゴラッ!!」
燐に締め上げられながら長四郎は、「お願い致します。お貸しください」と懇願する。
燐はその願いを聞き入れ、長四郎にリップクリームを貸し出した。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
長四郎はへこへこと頭を下げ、リップクリームを受け取ると町工場の敷地内に向けてそれを投げ入れた。
「あっ!! 何すんのよ!!」
「これで良い」
そのまま金網フェンスを乗り越えて敷地内へと侵入する長四郎に続いて、燐も中に入る。
「ラモちゃんはリップクリームを探して。俺は色々見て回るから」
「あ、ちょっと!」
燐の反論も聞かずに長四郎は捜索を開始する。
「何なの。あいつ」憤慨しながらもリップクリームが落ちているであろう場所に移動する燐。
長四郎がここに来た理由も分からないまま燐はリップクリームを探すのだが、見つからないのだ。
「どこにあんのよぉ~」必死になって探すのだが、それらしき物はどこにもない。
途方に暮れる燐に対して長四郎はというと、荒れた事務所で色々と物色をしていた。
1年の間に荒れたとは思えないような悲惨な事務所で、床に散らばっているファイルを手にとっては目を通し元あったであろう棚に戻すという行為を繰り返していた。
「ほとんど、持っていかれたか」
そこに残されていたファイルの中身は、収益が安定していた頃の帳簿や業務日誌みたいなものばかりであった。
債権者が押し寄せてきた際にありとあらゆる物は持っていかれたのだろう。長四郎はそんな事を考えながら調べを続けていると「ねぇ、見つからないんだけど!」文句を垂れながら燐が事務所に入ってきた。
「そら、見つかるわけないじゃん」長四郎はファイルに目を通しながら答える。
「はぁ? あんたが投げたからこんな事になっているんでしょ!」
燐が詰め寄ると長四郎は持っていたファイルを燐に渡して、事務所を出て行く。
「マジで何なのあいつ」一人憤慨する燐は、手渡されたファイルを見る。
それは業務日誌らしく中身を確認していくと、目を見開くことが書かれていた。
2021年12月16日
社長の息子・久が会社の金を持って逃げた。何故、このような行動に出たのかは不明だ。
社長も盗まれた金を取り戻すべく奔走している。しかし、明後日までに取引先に入金しなくてはならない。もし、それができない場合は倒産する可能性がある。
先が気になった燐は、5ページ後に飛んで続きを読む。
2022年2月16日
今日、社長の口から倒産するとの報告を受けた。悔しい。その一言に尽きる。
我々は事実上の解雇だ。社長は何も悪くない。我々の為に奔走してくれ体まで壊してしまった。やるせない思いで一杯なのは社長の方だろう。
勤続35年の会社と別れる事になる。今までありがとうございました。
社長、力になれず申し訳ございませんでした。
そう書かれたページは涙で濡れた様な跡があった。
読み終えた燐は、事務所を出て外に居る長四郎の元へ向かった。
長四郎は外で何かを探していた。
「何、探しているの?」
燐がいきなり声を掛けてきたので、びっくりした長四郎は飛び上がる。
「ラモちゃんか。びっくりしたなぁ~」
「何よ。それよりこれなんだけど」燐が一歩踏み出した時、バキっという嫌な音がなった。
足元を見ると、別のリップクリームが踏まれていた。
「あっ!! 割りやがった!!!」
「ご、ごめん」
「高かったのにぃ~」
実は投げ入れたリップクリームは長四郎の物であった。
「今度、弁償するから」
「軍法会議ものだぞ」
「何もそこまで言わなくても。それより、これ」
燐はファイルを長四郎の前に突き出す。
「ああ、読んだんだ」と素っ気ない態度の長四郎。
「何それ。ここに書いてあることって本当なのかな?」
「それは確かめないと分からないよね」
長四郎は壊れたリップクリームスティックを持って、悲しそうに町工場の敷地を出たのであった。
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