異人-14
翌日、長四郎は1人ベンガンサ社長の杉田を訪ねた。
「すいません。お忙しい中」
長四郎は当たり障りのない所から話を始めた。
「いいえ。それで、道前の事件でしたよね?」
「はい。道前さんは役員を解任される予定とのことでしたが、社長さんとしてはどのような思いだったのでしょうか?」
その質問に杉田の眉がピクリと上がる。
「どのような思いと言われましても。残念としか言えませんよ。彼を引き抜いてきたのは私自身ですから」
「失礼ですが、道前さんの前職はご存じでしたか?」
「傭兵ですけど。それが何か事件と関係しているんですか?」
「警察はそういう風に考えてますよ」
「警察は? 貴方、刑事じゃないんですか?」
「はい。ただのしがない探偵です」長四郎はニッコリの笑顔で答えるのだが、杉田の顔は曇っていくばかりであった。
「貴方は、どういう考えなんですか?」
「私ですか? 私の考えとしては、警察と同じですね」
「へ?」
思いもよらぬ答えに拍子抜けする杉田に長四郎は続ける。
「いや、傭兵さんなんでどこで恨みを買っていても不思議ではありませんしね。とはいえ、傭兵を雇う経緯は知りたいなと思いまして。個人的な興味ですが」
「そうでしたか。奴とは、学生時代からの知り合いでしてね。アメリカで傭兵として働いていた彼が傭兵を引退するとのことで、再就職先をここにして欲しいと言われまして。丁度、私もこの会社を立ち上げたばかりだったんで、手伝ってもらう形で雇ったんです」
「そういう事でしたか。腑に落ちました」
「良かったです。私からも質問宜しいでしょうか?」
「はい」
「犯人は犯行を認めているんですか?」
「それが認めないんですよ。警察も困っていましてね」
長四郎が苦笑いを浮かべるので、それが本当のことなのだろうと杉田は思った。
「最後に僕からも質問良いですか?」
「どのようなことでしょうか?」
「道前さんの解任事案の資料を作っていた社員さんは誰でしょうか?」
「津崎です。確か、話を聞いたはずでしたよね」
「ええ、でもそのような事を仰っていなかったので」
「そうでしたか。寡黙な奴ですいません」
「そんな事は。では、失礼します」
長四郎は社長室を出た。
1階に降りる為、エレベーターを待っていると、「熱海さん」と声を掛けられ振り返ると津崎が立っていた。
「津崎さん。どうかしましたか?」
「実はお話したいことが」
「はぁ」
「ここでは話しにくいことなので、別の場所でも」
小声で長四郎に告げ、共にエレベーターに乗り込むのであった。
2人は近くのチェーン店の喫茶店に入った。
「すいません。お忙しい中、声掛けをしてしまって」
津崎は席に座って最初に長四郎に謝罪する。
「気にしないでください。それより話したいことというのは?」
「これです」
津崎はバックから資料を取り出し、長四郎の前に差し出した。
その資料は、道前役員解任案の正式資料であった。
「どうしてこれを?」
「社長と話をされていると聞きましたので、事件解決の役に立てばと思いまして」
「それはどうも。あの、これの草案を作ったのって津崎さんだとお聞きしたのですが」
「その通りです」
「因みに、誰の指示で」
「え?」
「いや、普通の一般社員が役員の解任案を出すとは思えなかったので」
「それは役員の
「中村さん。その人は何故、道前さんの解任案を?」
「そこのところについて詳しくは知りません。只、社長は中村さんには逆らえないようで」
「そうですか」
「あの、事件当日に中村さんが道前さんのマンションに行っていたという事は無いですよね?」
「それはどういうことでしょうか?」
「いえ、深い意味はないのですが、近頃、道前さんが生前に役員を説得していたという噂を耳にしまして」
「ほう」興味深そうに長四郎は少し身を乗り出して津崎の話に耳を傾ける。
「中村さんにも声が掛かっていたのではないかと」
「確かに、元凶を説得出来たら解任案は撤回されるかもしれませんしね。他の役員さんから確認は取れたりできませんか?」
「難しいかもしれませんが、やってみます」
津崎はそう答えながら窓の方に目を向けると、喫茶店の前を同僚が通り過ぎていくのが見えたので「すいませんが、私はここで」とだけ告げ、足早に店を出て行った。
「中村かぁ~」
長四郎はスマホをズボンのポケットから取り出し、メッセージアプリを開いた。
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