詐欺-10
翌日、長四郎は一人Kuunを訪れた。
受付の女性に社長への接見を求めると、これまたすんなりと通された。
以前、来た時と同様に社長室で待たされる長四郎だったが今回は、じっとして待ってはいなかった。
部屋を軽く物色しながら、鎌飯の到着を待つ。
それから直ぐに、鎌飯は姿を現した。
「どうも、お待たせしてすいません」
「あ、いえ。こちらこそ、突然来てしまって申し訳ありません」
長四郎は棚に置いてある本を見てましたよ。と言った感じでソファーに座る。
「それで、今日はどのようなご用件で?」
「実はこれについてお話を聞かせて貰いたくてですね」
そう言いながら、自分のスマホを鎌飯に見せる。
「あーこのコンテストについてですか?」
長四郎が見せた画面には昨日、燐が見つけた鎌飯が書いたとされるコンテスト勧誘のスクリーンショットであった。
「そうです」
「これが事件に関係あるのですか?」長四郎を睨みながら鎌飯は質問した。
「いえ、関係ありません。実は従妹が、このコンテストに応募したいと申しておりましてね」
「はぁ」
「それで、その詳細を聞いて来てほしい。そう頼まれたものですから」
「そういう事でしたか。構いませんよ」
「ありがとうございます」
「このコンテストの参加者は無作為に選考し、声掛けをしているんです。
そこからコンテストの趣旨に参加したい希望者から参加費用500円を徴収させて貰ったらエントリー完了です。
選考方法の詳細は明かせませんが、優秀賞者にはそこに書いてある事が確約されます」
「成程、分かりました。あの、その参加費用の徴収方法にはどのようなものがあるんでしょうか?」
「クレジット決済だけです」
「では、その旨を従妹に伝えます。今日は、ありがとうございました」長四郎は礼を言って、席を立つ。
「いえ」腑に落ちないといった感じを醸し出しながら、鎌飯は返事をした。
「あ、最後にもう一つだけ」扉の前で立ち止まった長四郎は鎌飯の方を向いて質問した。
「浦安民という女性をご存知ですか?」
長四郎の発言を受けて、鎌飯の表情が固まったが直ぐに平静を取り戻して「存じ上げませんが」とだけ答えた。
「そうですか。お忙しい中、ありがとうございました。失礼します」
長四郎が社長室を出て行くと、鎌飯はすぐに自分のスマホをズボンのポケットから取り出しメッセージを送信する。
“私立探偵から、例の件について尋ねられた”と。
一方、警視庁命捜班の二人は尾多の取り調べを行うため、東京拘置所から移送される尾多を取調室で待っていた。
「来んね」回転椅子を自身の身体と一緒にクルクル回しながら一川警部は絢巡査長に話しかけると「そうですね」とスマホを眺めている絢巡査長は素っ気なく返答した。
その会話を最後に沈黙の時が、取調室に流れる。
5,10の時が流れ、取調室のドアがノックされる。
「はい、どうぞ~」一川警部は吞気に返事するとドアが開き、齋藤刑事が入って来た。
「あ、齋藤君。どげんしたと?」
「尾多が拘置所で自殺を図りました」
「容態は?」すかさず、絢巡査長が質問する。
「意識不明の重体です。お二人にはこれから監察官聴取がありますので」
「そんな。どうして私達が、そんなものを受けないといけないのよ!」
齋藤刑事に食ってかかる絢巡査長。
「そんな事を僕に言われても困ります。もう、決まった事ですから」
「絢ちゃん、気にすることはないばい。いつもの事やけん」
「で、ですが」
「それより齋藤君。尾多の方を頼める?」
「勿論です」
「じゃあ、お願い」
一川警部は齋藤刑事にそう告げ、監察官室へと向かった。
絢巡査長もすぐその後を追って行くのを見送ると「やれやれ」と齋藤刑事は呟く。
そのタイミングで齋藤刑事のスマホに長四郎からメッセージが入る。
長四郎が依頼した件の調査結果を尋ねる内容であったので、齋藤刑事は警視庁へ来るよう返信した。
それから一時間後、長四郎は紙袋片手に姿を現し、齋藤刑事と落ち合う。
そして、食堂へと案内された長四郎は齋藤刑事と向き合って座る。
「なんだよ。食堂に案内するんだったらこんなの持ってくるんじゃなかった」
長四郎はそう言いながら紙袋から、焼きたてのパンを取り出す。
「あの何しに来たんですか?」
「何って、お昼ご飯を食べながら君のお話を聞こうかなって」
「はぁ~」齋藤刑事は深い溜息をつき下を向く。
「あの、それってジャパンのパンですよね?」
一人の若い婦警が長四郎に声を掛ける。
「そうだけど」
「えっ、すごぉーい!!」歓喜の声を上げる婦警の下に続々と同僚の婦警達が集まってくる。
「これ、ジャパンのパン」最初に食いついた婦警が周りの同僚達に報告すると「えっ、マジ!!」「よく手に入ったねぇ~」と感嘆な声をあげて長四郎を称える。
「あ、もし良かったら、持っていて良いよ」
「えっ。良いんですか?」
「良いよ、良いよ。都民の安全を守る可愛い警察官のお姉さん達に献上する」
『ありがとうございますっ』そうお礼を言い、パンを紙袋にしまって長四郎に頭を下げて去っていった。
「あの話しても?」齋藤刑事が報告して良いか再度、確認する。
「ああ、悪い。どうぞ」
「では、浦安民さんの捜査状況ですが、大した進展はありませんでした。
届は受理されていましたが」
「成程ね」
「これで充分ですか?」
「いや、充分じゃない」
「僕にどうしろと?」
「そうだな。モブ刑事には、浦安民を捜索して欲しいな」
「ちょっと、待って下さい。それはあなたの本来の仕事じゃないんですか?」
「そうだけど。俺は、少ぉ~し調べたいことがあるからダメ」
「あの、逮捕された尾多が今日。拘置所で自殺をしたんですよ」
他の警察官に聞こえないように長四郎に耳打ちする。
「あ、そう。死んだの?」
「いえ。ですが、予断は許さない状態です」
「やっぱり、アレを突いたのがまずかったかな」長四郎はした唇を嚙みながら一人頷く。
「どういうことですか?」
長四郎は周りをキョロキョロと見回して齋藤刑事に耳打ちし真意を教える。
「今回の事件の起源は浦安民の失踪事件に繋がっている」
「まさか」眉唾の話を聞いたと言わんばかりの反応を示す齋藤刑事。
「他にも被害者がいるかもしれないな」
「何を根拠に言っているんですか?」
「それは秘密。どうせ、一川さん達は簡単に動けないだろうから。モブ刑事を頼るしかないのよ」
「嫌ですよ。自分だって、懲戒なんて受けたくないですもん」
「ふーん、そうか。臆病者に用はないから去れ」
「臆病者って」
「あら、長さんじゃない?」
食堂のおばちゃんが声を掛けてきた。
「あ、おばちゃん。元気してた?」
「元気よ、元気。すっかり、大人になっちゃって」
「まぁな。にしても、おばちゃんも10年前とちっとも変ってないじゃない」
「ヤダぁ~、もうっ!」おばちゃんは長四郎の腕を力強く叩く。
「力強ぇなぁ」腕を押さえながら長四郎は痛みを我慢する。
「長さん、何か食べていきなよ」
「良いの?」
「良いわよ。いつもので良い?」
「良いけど。ご飯の量は減らしてね」
「まだ若いのに何言っているの! あんたも食べる?」
「あ、頂きます」おばちゃんに尋ねられ、齋藤刑事は咄嗟に答えた。
「長四郎スペシャル二人前~」
おばちゃんは厨房に向かってそう言うと「あいよぉ~」と元気の良い返答が聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます