オニ-10
燐は事務所に連れ込まれてから、1時間近く長四郎のお𠮟りを受けた。
「お仕置きはこれくらいにして。何しに来た?」
「そ、それはですね。これを献上したく参った次第です」
燐は地牛から送って貰った珠美のデータが記載されたスマホを渡す。
「では、お言葉に甘えて」
長四郎はスマホを受け取り、データを確認する。
さっさっと目を通した長四郎は燐にスマホを返して、こう言った。
「ラモちゃん。この奥さんに接触した?」
「いいえ」
「そうか。何で、接触しないの?」
「いや、旦那さんに面が割れているうえに奥さんから事件の話を聞きだすと、そこから捜査していることが漏れ証拠品を廃棄される可能性があると思いました上、接触しておりません」
「そうか、そうか。少しはそういう事が考えられるようになったんだ。お父さん、嬉しい!!」
「はっ」頭を軽く下げ、恐縮する燐の姿はさながら任務を受ける忍びのように。
「じゃあ、これからの任務を伝えるぜ」
「はい」
「川尻珠美に接触しろ」
「ですが、事件の話をしたら」
「何故、事件の話をする必要がある? 良いか? 親戚の子が変蛇内高校を受験しようとしているとかで資料が欲しいと言うのだ」
「はぁ」
「川尻珠美は受験部門の担当だ。そこで話が聞けるだろう。良いか。世間話はすれど、事件の話は絶対にするんじゃあないぞ」
「御意。では、早速」
燐は素早く事務所を後にした。
「にしても、気持ち悪かったな。もしかして、ラモちゃんにキレ散らかしたらああなるのか?」
長四郎はそう言いながら、電気ケトルに水を入れスイッチを押す。
「さてと」長四郎はスマホを取りどこかへと電話をかけ始める。
燐は長四郎の命を受け学校に向かう為、電車に揺られていた。
その道中、燐は地牛から送られてきた履歴書のデータを見返していた。
川尻珠美の経歴は次のようなものだった。
平成27年3月 安保田短期大学を卒業
平成28年4月
平成30年3月 木乃伊株式会社退社
平成31年4月 有限会社デッカ入社
令和2年3月 有限会社デッカ退社
そして、令和3年4月に変蛇内高校の事務部へと就職したらしい。
燐はこの経歴を見て、川尻珠美に変わった所はないそう感じた。
「なんで、あいつは川尻珠美にこだわるんだろう?」
不思議に思いながら、燐は最寄り駅で下車し学校に向かった。
熱血教師と出くわさぬよう校門を潜り、駆け足で事務室へと移動した。
事務室の前で再度、長四郎に言われたことを思い出し、自分の中で明確な設定を作り上げ部屋に入った。
燐自身もこの事務所に入ったのは入学手続きをした時以来で、初めて来たような感覚だった。
「どうしましたか?」
早速、生徒が一人来たので事務員が声を掛けてきた。
その事務員の名札には川尻珠美と書いてあったので、燐はすぐに用件を伝えた。
「この学校のパンフレットが欲しいんですけど」
「パンフレットですね。少々お待ちください」
写真よりも実物の珠美の方が美人だなと燐は思っている中、珠美はカウンター下の戸棚から学校のパンフレットを取り出し、燐に手渡した。
「ありがとうございます」
「いいえ、ご姉弟が受験されるの?」まさかの珠美からの質問に燐は「従妹が受験しようかなと言っていて、それでこの学校を通っている私にこれを」と答えた。
「だったら、これも持っていくと良いわ」珠美はまたカウンター下の戸棚から何かを取り出し燐に手渡す。
それは、学校説明会の案内であった。
「今度、中学二年生向けの学校説明会があるから良かったらどうぞ。とお伝えください」
「あ、ありがとうございます」
燐の中での従妹の設定は中学三年生だったので少し戸惑ってしまったが、冷静に考えればこの時期の中学三年生はある程度、進路というものが固まっている時期だという事を失念していた。
「従妹の家族にも伝えておきます」
「お願いしますね、羅猛さん」珠美は愛想よく微笑む。
「どうして私の名前を?」
「いや、この時間に来る生徒さんって羅猛さんだけそうだったから」
時計を見ると午前11時半を過ぎようとしていた。
昼休みには少し早い時間かつ普通の生徒であれば授業を受けている時間だ。
「もしかして、私って有名人ですか?」恐る恐る尋ねると「それはもう」と即答される燐。
「あ、ハハハハハ」取り敢えず、愛想笑いで誤魔化し「失礼しますぅ~」燐はそう言って事務室を出ていった。
「あ~マジかぁ~」
事務室から少し離れた所で、燐は落ち込んでいた。
珠美のあの言い方的には、燐は学校の問題児として職員の中で扱われている気がしたからだ。
そんな中、長四郎から着信が入る。
「もしもし」すぐに出ると「落ち込んでいる所、申し訳ないけど」長四郎の第一声がそれだったので驚く燐にお構いなしで話を続ける。
「接触できた?」
「ま、まぁ」
「なら良かった」
「手応えを聞きたいが今、どこに居る?」
「まだ、学校だけど」
「分かった。俺、事務所に居ないから警視庁に来てくれ」
「今から行けば良いのね?」
「ああ、頼む。じゃあ、また後で」
長四郎は通話を切り、目の前に居る一川警部に話しかける。
「どうすか?」
「う~ん、取り敢えず、一件目の事件は見つけたばい」
長四郎は妻の珠美もまた転職を繰り返している事を見逃しておらず、確認のために一川警部に退職前に川尻の時と同様、勤務先の社員が事件に巻き込まれていないか照会してもらっていた。
「え~何々。平成30年2月2日、木乃伊株式会社に勤める
長四郎は調書を音読しながら、容疑者の欄を見るとそこは空欄になっていた。
「これも迷宮入りしとるけん。どうしようもなかとよ」
「そうでもないすけどね。奥さんが犯人の可能性もありますよ。これ」
「そうだけど。証拠なんて、とっくに処分しているっちゃないと?」
「これがもし、連続殺人だとして犯人は目的を持って殺害しているはずです。事件を起こしたらその証的な物は必ず残すはずです」
「その証的なものが何かを見つけなきゃいかんというわけか」
「はい。昨晩と今日の調書と現場写真を見る限り、被害者の持ち物を持ち去った形跡はありません」
「つまりは、凶器か何か自分が身に着けていた物を残している。そういう事?」
「その通りです」
「でも、その持ち物を持ち歩いているとは思えんけど。長さんはどう考えとうと?」
「俺もその事で頭を悩ましているんで、困っているんです」
長四郎が答えたその時、命捜班のドアが開く。
慌てた様子の齋藤刑事が息を切らしながら二人にこう告げた。
「被疑者として捕まえていた少年の一人が犯行を自供しました」と。
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