帰国-6
「で、どこから手を付けるか?」
警視庁を出た長四郎は勇仁に話しかける。
「そうだなぁ~事件の根本を調べる必要があるんじゃない?」
「根本という事は、警察に捜査してもらいたくない人間っていう事か」
「そういう事」
「伝手はあるの?」
「無いわけじゃない」
「じゃ、そっち方面はその伝手に任せて。福部 習子の事件当日の行動を追いますか」
「そうだな」
二人は同時にサングラスを掛け、事件現場のホテルにタクシーで向かった。
約25分後、ホテルに着いた長四郎と勇仁は警備室へと足を向けた。
「あ~事件当夜の防犯カメラ映像ですか? あれ全部、警察に押収されましたよ」
応対してくれた警備員Aが答えた。
「では、事件前の映像は?」長四郎が別の切り口で攻めると「それも持って行かれました。直近、一週間分はないですね」と警備員Aは返答した。
「そうですか。分かりました」
ここでしつこく食い下がっても時間の無駄だと判断し、長四郎達は引き下がることにした。
そして今度は、ホテルの支配人から福部 習子について聞き出そうと考え、支配人にアポイントメントを取ってもらい支配人室に通された。
二人が来客用ソファーに座ったタイミングで、支配人は話を切り出した。
「私に聞きたい事とは?」
「こちらの従業員の福部 習子さんについてです」長四郎が用件を伝えると支配人の顔は曇り「彼女はもう内の従業員じゃないですよ」素っ気なく答えた。
「それは、失礼しました。彼女の勤務態度とかについて知りたいんですよ。我々は」
勇仁は、すかさず具体的な内容を伝える。
「勤務態度ですか? 至って真面目ですよ。無遅刻無欠勤、お客様からの評判も悪くなかったんですよ。なのに、何であんな事を・・・・・・・」
苦虫を嚙み潰したような顔で悔しがる支配人を見て、支配人自身もお気に入りの従業員だったのだなと長四郎は感じつつ質問を続ける。
「彼女はいつからこのホテルに勤務しているんですか?」
「半年前からです」
「半年前ですか。それまでの経歴とかは?」
長四郎の質問に何かを思い出した支配人は「少々お待ちください」と断りを入れ立ち上がるとファイルが置かれている棚から従業員名簿と書かれたファイルを取り出して長四郎達の元へと持ってくる。
「これが彼女の履歴書です」
福部 習子の履歴書が挟まれたページを開いて二人に見せる。
「失礼します」長四郎は履歴書を手元に引き寄せて中身を検める。
福部 習子の経歴は次のようなものだった。
平成30年 3月 都帝大学外国語学科卒業
平成30年 3月 ベイル商事入社
令和2年 3月 ベイル商事退社
そして、令和4年の3月にヘンターコンウタルホテルへと再就職を果たしたようであった。
「一つ良いですか?」長四郎は人差し指を立て尋ねる。
「何でしょう」
「こちらへ再就職するまでの間、何をしていたか。聞いていませんか?」
「確かぁ~外国に居る友人の所でアルバイトをしていたとか言っていましたね」
「アルバイト。どんな?」今度は勇仁が質問する。
「そこまでは覚えていません」
「分かりました。ありがとう。行こう、長さん」
「おう。ありがとうございました」
二人は同時に立ち上がると支配人室を出た。
「で、勇仁の考えは?」
廊下に出てすぐ勇仁の考えを聞く。
「空白の一年間が気になった。長さんは?」
「俺も勇仁と一緒」
「じゃあ、調べますか」
二人はホテルを出てタクシーに乗る為、タクシー乗り場に歩いていると「おい」と聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。
長四郎と勇仁はゆっくりと振り返ると、燐が鬼の形相でそこに立っていた。
「あ、燐」「あ、ラモちゃん」二人共、恐怖に顔を引きつらせながら燐を見る。
「私を置いて何を調べたんですかぁ~」
指をポキポキと鳴らしながら二人に近づいてくる。
「何ってねぇ、お爺様」
「こういう時だけお爺様に頼るなよ」
「何か言い残すことは?」燐にそう言われ「ねぇよ。バーカ!!」長四郎が言ったその刹那、長四郎の断末魔が響き渡った。
その頃、警視庁の刑事部長室に一川警部は呼び出されていた。
「一川警部。賀美さんの事件から手を引いてくれる決心はついたかね?」
刑事部長の
「はい。ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」
一川警部は90°のお辞儀をして謝罪する。
「分かってくれれば、良いんだよ。分かってくれれば」
「では、失礼します」
一川警部が部屋を出ようとすると「あ、待ってくれ」と呼び止められる。
「何でしょうか?」そう答え一川警部は蒼間刑事部長の元へと戻る。
「実はこの事件について再捜査をして欲しくてね」
一川警部に捜査資料を渡す。
「これは?」一川警部は、説明を求める。
「この事件は、14年前に起きた婦女暴行殺人事件の捜査資料だ。そして、今回は少年Bの無実を証明してもらいたい」
「少年Bですか・・・・・・」
「その少年Bなんだが、実は私の親類縁者でね。事件発生時も彼は無罪を訴えていて、私も尽力しようとしたのだが力及ばずこのような形になってしまって」
要はその親類縁者から泣きつかれて揉み消そうと思ったが、それこそ彼の言う力及ばずで、それが出来なかった。そんなところだろう。一川警部はそう思った。
「頼めるか?」
「分かりました」
一川警部は了解した旨を伝えるが、内心では上司の言う事に逆らえない自分そして警察組織に嫌気がさしていた。
この蒼間刑事部長は9月の人事異動で新しく就任した刑事部長で、ここで機嫌を損ねると後々に響くと踏んでの行動でもあった。
「では、失礼します」
再度、礼をして一川警部は刑事部長室を出た。
「何の話だったんです?」
部屋の前で一川警部を待っていた絢巡査長が声を掛ける。
「うん、この事件調べてくれと言われたと」
そう答えて絢巡査長に捜査資料を渡す。
「これですか」
一川警部、絢巡査長共にめんどくさい事になったといった顔で命捜班の部屋に戻るのだった。
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