第漆話-能力

能力-0

 9月上旬、都帝大学理工学部超能力研究室に所属する水川みずかわ つとむ教授は一つの講演会場へと訪れていた。

 目的は明日、公開収録されるテレビ番組の下見の為だ。

 その番組というのは超能力を検証するというバラエティー番組で、今日の下見というのは制作陣がヤラセの仕掛けをしていないか、それを確かめる意味でここに訪れたというわけだ。

 お茶の水博士のようなハゲ頭を輝かせ、壇上を歩く水川教授。

「どうです? 何もないでしょう」

 今、話しかけて来たのはこの番組のプロデューサー・丹湯たんゆ あおいだ。

「そうですね。この舞台場には特に仕掛けはありませんね」

「そうでしょう。そうでしょう」

 胡麻をするような相槌を打つ丹湯を見て、少し不安になる。

「ですが、上に何か設置することは可能ですよね?」

「上ですか・・・・・・・」

 丹湯の顔が少しひきつったのを水川教授は見逃さなかった。

「何かあるんですか?」

「いえいえ、とんでもない」首を横に振り否定する丹湯だったが、水川教授の疑念は益々深まる。

 この依頼が来た時から、怪しいと思っていた。

 一か月前の事、研究室に一人の男が研究室を訪ねてきた。

 その男は20代半ばといった感じで、靴は履きつぶされ汚れており正直その靴で研究室を歩いて欲しくないと思った程だ。

 男はマジテレビのディレクター・大判おおばん 鮫夫さめおと名乗った。

 取り敢えず、水川教授は話だけは聞こうと思い大判を生徒が座る椅子に座らせコーヒーを淹れながら用件を聞いた。

「テレビ局の方が、私にどの様なご用件で?」

「はい、先生の知恵をお貸し頂きたく参った次第です」

 そう答える大判の前にコーヒーが入ったマグカップを置く水川教授は話を続ける。

「私の知恵ですか?」

 これは知恵という言葉に引っかかりを感じた水川教授の抗議といった所なのだが、大判はその事に気づいておらず話を進めていく。

「そうです。実は今度、この様な番組を撮影する事になりまして」

 大判は企画書を水川教授に渡す。

 その企画書の表題には「サイキック木馬スペシャル~サイキック木馬の秘密~」と記載されていた。

 サイキック木馬もくばとはここ最近、YouTubeの動画投稿で自身の超能力を披露し人気がうなぎ登りの自称、超能力者である。

 そういった類に食いつくマジテレビらしい企画だ。水川教授はそう思った。

「このサイキック木馬の超能力が本物か検証しろ。そういう事ですか?」

「その通りです。話が早くて助かります」

 この一言に少しカチンときたが、水川教授は話を続けることにした。

「私も超能力という研究をしているので、彼の動画を見たことはあります。しかしね、彼の能力は超能力ではなくただのマジックですよ」

「いや、そんなことはありません。僕は間近で彼の超能力を見ましたから」

「ほう、どの様な能力でしたか?」

「透視です。これを見てください!」意気揚々とタブレット端末で動画を再生させる大判。

 動画は、取材の過程で能力を確かめるために撮影したものであった。

 サイキック木馬は自分で用意したトランプを机に並べて全52枚を言い当てると宣言し、次々と当てていった。

 最後の一枚を言い当てた時、動画を停止させる大判はこう言った。

「どうです? これでも手品だと思いますか?」

「思いますね」即答する水川教授は続ける。

「このトランプ自体、サイキック木馬が用意した物です。そのトランプに細工してあったのでしょう」

「細工なんてありませんでした」

「貴方の細工と言うのは、折り目とか分かりやすい物ですよね。私が言う細工とはこのトランプの裏面です。一見、変哲もないように見えますが、マジシャンにだけは分かる印が書かれているんです」

「そんな・・・・・・」

「別にそれが悪いとは言いません。エンターテインメントなのでね」

「では、協力して頂けるということですか?」

 大判の頓珍漢な言葉に、ガクッと肩を落とす水川教授。

「エンターテインメントだからこそ、彼のマジックの種明かしをしない方が良い。私はそう言っているんです!!」少し語気を強めて大判に説明すると「ああ」と納得したようでその日は帰って行った。

 次の日もその次の日もと大判は何度も研究室を訪ねてきては、その都度追い返したのだが、一週間前、大判はプロデューサーの丹湯を連れて来た。

 幾つもの研究室でも断られたと語る丹湯。

 今日も追い返してやろうそう思っていたのだが、丹湯からまさかの提案を受けた。

「先生、撮影に使う機材、小道具等を事前に調査してもらうというのはどうでしょうか?

勿論、撮影当日まで誰にも触れさせません。お約束します」

 丹湯のその強気な姿勢に水川教授は誘いに乗ってみることにした。

 それから今日まで、機材や小道の準備に立会い細工されていないか調査していたのだが、最初に感じた胡散臭さは拭いきれずにいた。

 そして、水川教授は丹湯、大判を伴って舞台上の歩道の調査をしていた。

 ここは表彰式などで使用する幕を取付け、下に降ろす作業用の歩道で特に変な仕掛けもなかった。

 この場所を尋ねた時に見せた丹湯の反応に疑問を持ったが、現時点では異常はないのでその場を撮影し降りた。

 講演会場のロビーは休館日ということもあり、静かであった。

「明日は宜しくお願い致します」

「こちらこそ」丹湯にそう返事する水川教授。

「先生、お送り致します」

「宜しく」

 水川教授は大判に連れられて、車が停めてある駐車場へと向かった。

 二人は車に乗り込み、大判がエンジンをかけようとしたタイミングで「あっ」と何かを思い出したようであった。

「どうしました?」

「すいません、会場にスマホを忘れてきたみたいです。探してきても良いですか?」

「構いませんよ。待っておきますから」

「ありがとうございます!!」

 急ぎ足で会場に戻っていく大判を見ながら、丹湯が仕掛けてくるであろうヤラセについて考察しようそう思った時、首に紐がかけられる。

 驚くのも束の間、首を絞められる水川教授。

 必死の抵抗も虚しく水川教授は息絶えるのだった。

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