支援-2

 その日の熱海あたみ 長四郎ちょうしろうは、久々の休日であった。

 弁護士経由で不倫調査の依頼が立て続けに入り、昨日、事務所に帰着したのだった。

 事務所のソファーに寝そべり、ぼぉーと天井を眺めていると階段をドタドタと駆け上がる音が聞こえてきた。

 咄嗟に長四郎は身を起こし、ドアの鍵を掛けに行く。

 だが、寸でのところで間に合わずドアを開けた燐と鉢合わせになるのだった。

「よ、よう」

 取り敢えず、挨拶をする長四郎。

「あんた、鍵かけようとしていたでしょう」

「滅相もない。ラモちゃんの事を出迎えようと思ってな」

「その心意気、宜しい」

 燐は事務所の中に入り、先程まで長四郎が寝そべっていたソファーに座る。

「げっ、生暖かくて気持ち悪ぅ~

あんた、さっきまで座ってたでしょ!」

「寝そべっていて、悪かったな」

 長四郎はそう返事しながら、燐と自分が飲むコーヒーを淹れる。

「で、今日来たのは何?」

「あんたにこの事件の解決をお願いしたいの」

 燐は自分のリュックから、1冊の週刊誌を出し該当のページを開いてテーブルに置いた。

「この事件がどうしたの?」

 長四郎は2つのマグカップを置き、週刊誌を手に取って内容を読み始める。

 その記事の見出しは「大手商社マンの横領疑惑!!」と銘打たれており、目隠しはされているがその横領したであろう当人の写真がでかでかと掲載されていた。

 その時点で、長四郎はこの記事に既視感を覚えたが、取り敢えず、読み進める。

 事件は大手商社に勤める30代サラリーマンが、架空の経費や取引先を会社に申告しそのお金を自分の懐にしまうといった単純な横領であった。

 記事にはその証拠として、口座履歴や架空の領収書のコピーが掲載されていた。

 そして、最後、この記事を書いた記者の名前を見て長四郎は目を見張る。

 そこには、あずま 正義まさよしの名前があった。

 その時、

 長四郎はそっと、そのページを閉じると話し始める。

「なぁ、ラモちゃん」

「何?」

「この事件の事はどこで知ったの?」

「それはね・・・・・・」

 燐は児童養護施設で出会った純平と照美の話をした。

「それで約束したから少なくとも林野さんがどういう人だったか、施設長さんに聞いたんだけど教えてくれなかったんだよね。

それで、困ったなぁ~と思っていたら1人の職員さんに声を掛けられてね」

 燐が施設を後にしようとしていた時に、施設職員の位置いち 洋子ようこに声を掛けられた。

「あの、純平君たちに林野さんの事を調べると約束したのは貴方ですか?」

「はい、そうですけど」

「少しお時間良いですか?」

 そう言うと、洋子は人が居ない物陰へと誘う。

「あの、やっぱり迷惑ですか?」

 燐は施設長からそのような事をしないよう釘を刺しに来たのかと思ったからの発言であった。

「いえ、そんな事は。子供達が不安がるので林野さんが亡くなったことは伏せていたんですけど・・・・・・」

「純平君と照美ちゃんに見つけられたというわけですか」

「はい。それで、この記事の事をお伝えしたくて」

 洋子は燐にスマホのニュース記事を見せた。その記事は週刊誌と同じものであった。

「これは?」説明を求める燐。

「この記事に載っているサラリーマンが林野さんなんです」

「えっ!」

「ニュースで自殺の原因は、伏せられていました。でも、この件が関わっているのは間違いないと思っています」

「私もそう思います。やっぱり、この記事のせいで林野さんは自ら命を」

「私は、そうは思いません」洋子はきっぱりと答える。

「何故ですか?」

「林野さんは、自殺した日にこちらに見えたんです。その時に、冤罪だから気にしないでくれと言っていましたから」

「何か証拠でも?」

「すいません。私もそこまでは」

「分かりました。これを参考に調べてみます。あのもし良かったら、連絡先を教えていただけますでしょうか。施設長さんは乗り気じゃなかったので」

「はい、分かりました」

 洋子は無料通話アプリのアカウント情報が記載されたQRコードを燐に見せる。

「ありがとうございます」

 燐はQRコードをスマホのカメラで読み込み、出てきたアカウント名に間違いがないか確認をしてその日は終わった。

「っていうことがあったのね」

「ふ~ん」

 気のない返事をし、コーヒーを飲む長四郎。

「何よ、その態度。人がせっかく仕事を持ってきたのに」

「俺、ラモちゃんに仕事を持ってきてって、頼んだ覚えないけど」

「子供達の為に、依頼受けなさいよ」

「ラモちゃんが、勝手に約束しただけでしょ。それに」

「それに?」

「それに、この件から手を引いた方が身のためだよ」

「何で?」

 燐に理由を求められ顔を曇らせる長四郎。

「とにかく、この件から手を引け。子供達には悪いけど、ラモちゃんの未来が潰されかねないから」

「辞める理由になってないんだけど」

「そうかもな・・・・・・」

「俺は忠告したからな。

今日は、もう帰れ」

「分かった」

 燐はそれだけ言うと、リュックをかっさらい事務所を出ていった。

「ふぅ~」

 長四郎は深い溜息をつく。

 まさか、あの男と関わりあう事になってしまうとは・・・・・・

 長四郎はあの時の苦い過去が、フラッシュバックするのだった。

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