{初投稿} コーヒーを飲む

@Mmoo1717

コーヒーを飲む

コーヒーを飲む。

一度大笑いを誘ったダジャレ文句を毎授業必ず挟む教授が振り返ってこっちを見てる気配がした。

別に授業中に飲み物を飲むことは禁止されてないが、2年前までいわゆる自称進学校の規律に束縛されていた俺は冷や汗をかいてしまった。

ガラスを挟んだ風が夏をどこかへ運ぼうとしてる。俺はまだ半袖を着ていた。特段暑がりって訳でもないが、どちらかと言うと夏の方が好きだなぐらい。完全に冬になってしまうまでは半袖でいよう、とも別に決めてないし、このペースで平均気温が下がっていって長袖軍が増えるなら次教授のダジャレを聞く時はきっと長袖なんだろう。

 ふと数えてみたら教室にはちょうど半袖、長袖半々でこのまま体育館に行ってドッチボールでもするような流れになればチーム分けは袖の長さで決められるのではないだろうか。そういえばいつからだろう、ドッチボールをやらなくなったのは。小学生の頃はドッチボールに負ければ世界が崩壊してしまう、そんな緊迫感を持って楽しんでいたあのシンプル極まりない遊びを、俺たちはいつからかしなくなった。昼休みに砂埃を上げて駆け回る文化自体俺の通っていた高校にはなく、なんてつまらない昼食タイムを過ごしてるんだろと1回だけ考えたことがあった。こんな象から見たアリのような、太陽から見た月のようなちっちゃなマイナスを思い出したところで別に高校生活がつまらなかった訳では無い。それなりに楽しかった。それなりに楽しかったと難なく言葉にできるほどは楽しかった。嫌なことも良かったこともしっかりその時代には存在していたから、あのそれぞれの持つ感情を叫ぶくせに揃えることを強制される卒業式の掛け声にも涙が零れた。ただ2年前。あれはダメだった。「楽しかった」という結論づけを唯一邪魔してくることがあった。


 ああいう雰囲気は今も苦手だ。


 高校生活、皆が口揃えて青春と呼ぶ3年間の締めくくりの年に行われた行事。結果的には楽しかった、目立たないでもリーダーでもない俺でも熱心に取り組んだ。

「そんなことしても偏差値は上がらないから俺は参加しない」とか言って合唱隊に加わらず机を抱いていた何人かが俺らの邪魔をしだしたのは学内の合唱コンクールの2か月前だった。

練習用のCDプレイヤーを英語のリスニング対策に使われることに始まり、使っていた教室で過去問を解きたいという申し出があり、階が違うくせに練習がうるさくて勉強に集中できないから辞めろと言ってきた時には流石に怒りが湧いた。

だが、何も言えなかった。学生の本分で構成された盾は別にプロでもなんでもない歌声ごときの振動じゃ壊せなかった。その盾に守られようと向こう岸に足を運ぶ生徒がちらほら現れ、合唱団の人数がクラスの半分になった時、盾は既に壁になり、そこに投げかける明らかにバランスの欠けた旋律は明らかな雑音となった。将来に繋がるのは確かに壁の裏側で、僕らの努力はせめて「こんなことあったね、楽しかったね」なんて当たり障りない酒のつまみになるぐらいなんだろう。でも努力だった。それは努力であり、少しでも上手く歌いたい、と思うのは当たり前のことに思えた。そう思えば思うほど、素人の俺はボリュームをあげる。

段々と、段々と。ボリュームが上がる。

あと2週間をきったところで喉がダメになった。それでも声を出しておけば、せめてアイツらの集中を乱すぐらいは、とよぎったところで指揮者が止めた。「音程が取れてないから全部不協和音に聞こえる。だいたい音があってても低音がメインコーラスを潰しちゃダメだよ。」

彼女はとても冷静だった。冷徹ではなく、その声には優しさがあった。君のがむしゃらには気づいてるよ、とそう言われた気がしたし、あいつらの集中を邪魔してやろうと思ってしまった自分を恥じた。あいつらのそれも努力だった。どちらかと言うと恥ずかしがり屋でクラスでの発言力が無いに等しい彼女の言葉であいつらの努力の邪魔をしてしまいそうだった自分を埃に変えて欲しかった。本番の1週間前、とうとう衣替えの季節も終わり皆が長袖を着てきた中、彼女だけ夏服のままだった。それと同時に男声パートを歌う声は枯れた1本だけになった。この袖を引きちぎって燃やしてしまおうと思ったが、そんなこと俺には出来なかったし、この現状を見た先生が流石に黙っていなかった。生徒に完全に任せると言った自分の発言で身動きが出来なかった先生が皆を集め、クラスの3分の1になった合唱隊に絶対権力が加わったことで練習が再開された。案の定バランスが崩れた。歌詞もうろ覚えな隣の男子を殴り飛ばしてやりたかった。リーダー格のそいつの無駄にいい顔をぐちゃぐちゃにしてしまいたかった。先導する指揮棒は徐々に可動域を狭め、そのテンポと彼女の嗚咽がシンクロしてもツギハギどころかバラバラの取り繕っただけの歌声は止まなかった。結果なんて思い出したくもない。

あの男は付き合っていた女と同じ大学に行くと言っていたが、浪人した。今年も入学できなかったらしい。

ざまーみろと思った。

そんな自分が恥ずかしかった。

あの子に会わせる顔がない。

会う機会もないが。


そういえば誰が言い出したのだろう。

合唱は無意味だと。

そんなことを忘れて怒りを感じていたんだと2年経った今さらまた自分を恥じた。


ふとした時に季節は変わる。

昨日より少し暑くなったなと思えばその人によってその日は夏になるように。


コーヒーを飲む。


来週も半袖を来てこようと思う。


風に連れていかれた夏に。


君の頑張りには気づいていたよと伝えるために。


決してなびかないことは強さでは無いが。


そうすることで彼女にふさわしい自分になれる気がするから。


あの子は今どこで何をしているのだろう。


授業終了のチャイムが鳴る。


昼食をはさみ、2階の教室に向かう。


今日はあと2コマ残っていた。

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