魔導狩人 〜二刀流〜

arm1475

魔導狩人 〜二刀流〜

 魔導界〈ラヴィーン〉。そこはあらゆる世界の始まり、そしてあらゆる世界から放逐された人々の為の約束の地。


 かつて〈ラヴィーン〉に世界の覇を唱えた、魔皇、と呼ばれた男が居た。

 恐怖と暴力、そして最強の力を持つ〈魔皇の剣〉によって世界を支配せんとしたが、一人の勇者によってそれは潰えた。


 時が流れ、〈魔皇の剣〉は一人の若き魔導狩人の手に渡る。

 魔導狩人。人々は、かつて魔皇が世界征服に用いた数々の魔導器による災害を防ぎ、解決する仕事を請け負う冒険者をそう呼ぶ。

 奇縁の末に〈魔皇の剣〉を手に入れた若き魔導狩人、瑞原鞘みずはらしょう。彼が魔皇の忘れ形見だという事を知る者は少ない。

 遙かなる異世界からやってきた、魔皇にえにし若者の手にその力が委ねられた時より、若き魔導狩人と〈魔皇の剣〉に宿りし剣の精霊カタナの冒険が始まった。――


 鞘は旅の商人から盗賊に奪われた魔導器の奪還依頼を受け、国境の山岳地帯あるアジトに潜入した。20名程度の盗賊団が相手なので、またいつものように力尽くで回収出来ると踏んでいたが、今回は少し話が違っていた。


「魔導器使いがいたとはね」


 盗賊団のアジトを新月の夜陰に乗じて強襲した鞘は、盗賊たちを次々と倒していったが、そこへ押っ取り刀で現れた、赤い宝石が埋め込まれたサークレットを冠した盗賊団のボスに苦戦を強いられていた。

 山岳地帯の斜面という足場が不安定な場所での闘いの上に、ボスが手にする刀身が伸縮自在な長刀の魔導器は鞘が間合いを詰めることを赦さなかった。


「噂に違わず強ぇな、〈魔皇の剣〉の所有者」


 盗賊団のボスはにやりと笑い、


「さてどうした、その背に背負う伝説の業物は飾りか?」

「使いたいのはやまやまだけど」


 鞘は何度か〈魔皇の剣〉の柄に触れそうになったが抜刀は躊躇っていた。〈魔皇の剣〉の破壊力より、その一振りが並みの長刀より遙かに大きいために取り回しが難しいこともあり、使い慣れた無銘の日本刀のほうがこの場の闘いに向いていると判断したのだ。


「迷ってる暇など無いぞ」


 盗賊団のボスは詠唱を始めた。


「あんた、魔法も使えるのかよ」

「魔導器日輪にちりんの火炎弾、喰らえ!」


 盗賊団のボスのサークレットに埋め込まれた赤い宝石が光りだし、鞘に向けた指先から火炎弾が発射される。高熱を帯びたそれは、数年前に製鉄技術者がこの世界に紛れ込んだことで製造法が伝わり各国の騎士団で使われるようになったジュラルミン製の盾程度なら簡単に打ち砕くだろう

 その悉くが鞘に届かず分解消滅したのは、鞘の周りで飛んでいた小さな剣の精霊カタナの防御魔法であった。

 

「サンキュー、カタナ」

「魔法の防御はあたしにまかせてください! ……とはいえ厄介ですねアレ」


 カタナは困った風に用心棒の長刀を見つめる。


「伸びてくる剣も不規則に動くから……まるで大蛇ですね」

「親父――いや、魔皇の部下が使っていた奴だろ?」

「全て把握していたわけではないのですが……あれは青くに間違いなければ厄介な魔剣です」

「魔剣?――ちっ!」


 鞘は迫ってきた剣先をはじき返した。


「あいつだつて長物使っているくせにグネグネ動くし伸び縮みするし、その上魔法まで使う。二刀流とは卑怯だ。こっちもいい加減〈魔皇の剣〉使うぞコラ」

「良いぜ、使いなよ」


 ボスは愚痴る鞘を嘲笑って挑発する。


「相手もそう言ってるんだし是非とも使いたいのだがどうでしょうカタナさん」

「いえ、状況的にはまず大丈夫なんですがあの魔剣の本当の力は……」

「何迷ってんだ!」


 ボスの魔剣が荒れ狂う大蛇のように地を這い伸びて鞘を襲う。

 鞘は粉塵を巻き上げる剣先を翳した日本刀の峰で受け流し弾くが、そろそろこの無銘が衝撃で折れてしまわないか心配になってきた。


「いつものように山ごと吹き飛ばすかも知れないが、ここはカタナ先生にですね」

「でもあれは……」

「なんか問題あるのっ? ――くそっ!」


 鞘は頭上から来た魔剣の剣先を弾く。だがその反動で剣先は鞘が背負っている〈魔皇の剣〉を納めていた革製のさやを下げていた革の紐を断ってしまった。


「マズい!」


 鞘は慌てて転がり落ちた〈魔皇の剣〉の柄を掴んで拾い上げた。



 ボスは歓喜しながら指先を上に向け、火炎弾を上空に発射した。

 漆黒を抉る炎はやがで上空で大きく破裂した。新月の帳は一瞬にして白昼に塗り替えられ、鞘たちの足下に影を落とした。


「ああっ!」


 それを見て突然カタナが何かを悟って悲鳴を上げた。


「そらあっ!」


 ボスは再び魔剣を放つ。しかしその剣先は鞘を狙ったものでは無かった。

 その足下に落ちた、鞘の――


「〈魔皇の剣〉、もらったあっ!」


 あろうことか、魔剣が刺し貫いた〈魔皇の剣〉の影は地面から引き剥がされ、縮んで戻ったボスの手に収まったのである。


「影が引き剥がされたぁっ?!」


 今まで見たことも無い奇怪な現象だった。漆黒の、鞘が手にする〈魔皇の剣〉と寸分違わぬ巨大な影の剣を盗賊団のボスが手にしたのである。


影鏡えいきょう――まずいですよこれ」


 カタナが困った風にいう。


「どういうことよ……」

「あの魔剣は相手の武器の影を刺すことで奪い、影を作って武器を複製する能力を持っているのです」

「複製?」


 鞘はボスの方を思わず二度見した。


「はははっ! これを待っていたぜ! これで俺も〈魔皇の剣〉の所有者になったわけだ! これで国どころかこの世界全部奪い取ってやるぜ!」


 ボスは影の〈魔皇の剣〉を振り上げて高笑いしていた。

 それを見て鞘は嘆息する。


「……もしかして何かはめられましたボク?」


 鞘の脳裏にあの旅の商人の貧相な顔が過った。今考えると商人というより盗賊の方がピッタリである。


「でしょうね……」

「でしょうね、ってどうすんのよ!」


 肩をすくめるカタナを掴みながら鞘は困った顔で訊いた。


「依頼受けたのは鞘でしょう!」

「そりゃ、困っていたふうに見えたからな、お人好しでスマンねっ! ――おっと!」


 再びボスの剣先が口論する二人に襲いかかるが、鞘は〈魔皇の剣〉ではじき返した。


「この世に〈魔皇の剣〉の所有者は二人もいらねぇ。大人しく死になっ!」

「やなこった。ましてや〈魔皇の剣〉の二刀流使いなんて誕生させたら親父に合わせる顔が無い。カタナ、ケリ付けるぞ」

「で、でも」

「え」


 きょとんとするカタナの前で鞘は親指の腹を無銘で小さく切って血を流し、カタナの口に押しつけていつものように〈魔皇の剣〉の封印を解く。


「……『聖なる神の剣よ、我が命の一滴と引き替えに、その偉大なる力を此処に顕し賜えっ!』」


 鞘はそう叫んで〈魔皇の剣〉を弱く瞬く星空の下に出現した偽りの白昼に翳した。


「『操刀必割!』」


 刃の無い刀身が左右に展開すると、刀身の無い巨大な剣の柄に変形する。

 そして剣の精霊カタナの身体が光り輝きながら大きくなり、その巨大な剣の柄と合体して人型の刀身となった。


「それが〈魔皇の剣〉の真の姿か! ならば!」


 盗賊のボスは影の〈魔皇の剣〉の端で親指を軽く切って刀身にそれを押しつけた。


「……はい?」


 盗賊のボスが手にする影の〈魔皇の剣〉に変形する様子は無かった。


「……あれ?」


 何度も何度も親指ににじむ血を刀身に押し当てるが、影の〈魔皇の剣〉の封印が解ける気配は一向に無かった。


「なんで!? なんで!? なんでぇぇぇぇっっっ??!」


 勝利を確信して高笑いしていた盗賊のボスの顔がみるみるうちに青ざめていく。


「……あんた偏差値低いだろ」

「へ、へんさちぃ?」

「あ」

「その厄介な魔剣ごとぶっ飛べ。――『一刀両断! 流星光帝斬!!』」


 盗賊のボスは慌てて魔剣影鏡を放つが、身をかがめて踏ん張った鞘が突き放った〈魔皇の剣〉の凄まじい閃光は、魔剣が奪うための刀身の影を落とすことを赦さなかった。

 行き場をなくした魔剣は剣先から粉々に砕け散る。そして〈魔皇の剣〉から放たれた衝撃波は盗賊団のボスを吹き飛ばし消し去った。

 圧倒的な破壊力で盗賊団のアジトだった山の中腹から上半分が消滅し、岩の高原が拓かれていた。


「……けほ、けほ」


 大量の粉塵が降り注ぐ巨大な岩の高原でむせる鞘は封印後の姿へ戻っていく〈魔皇の剣〉を掴みながらその場に腰を落として、やれやれ、とぼやいてみせた。


                           了

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