ケンタッチー

八木寅

二刀流の勇者伝説

「おーい。おーい、そこの剣士様よー!」


国境くにざかいの荒野を急ぐ私を、老練家のような声が呼び止めてきた。辺りは陽が落ち、魔族の力に支配される闇夜が迫りつつある。


声の主を探して、わずかな影の輪郭に目を凝らして見渡してみた。忍族にんぞくの血が混じりしこの身体は夜目が利く。だが、人の気配はない。乾いた風が草やはかまの裾や束ねた髪を揺らすのみ。


旅人を惑わす妖狐かもしれぬ。

聞かなかったことにして、草鞋わらじを前へと踏みこむ。

あさひの国を抜けて光の帝国へ入れば、夜でも魔物が襲って来ることはない。


「おい! おいってば!」


声は尚も続けているが、無視だ。無視。


「おい! おい……そこのデカブス!」

「は。なんだって!?」


一瞬怒りが湧いたが、あることに気づき戸惑った。

なぜ、私が女だとわかったのだ?

ブスは女を罵る言葉である。ブスといったからには、私を女だと認識しているということだ。


だが、私は男剣士として暮らしている。虚弱な弟を守るにはそうするしかなかった。今回の旅も病魔に侵された弟を救うためのもの。持ち前の長身と厳つい顔のおかげで、バレたことはない。


不思議に思い、声の主のほうへと、いつでも抜けるように手を太刀たちつかに添えて進んでみる。

すると、剣が突き立っていた。


「わはは。ワシは霊力のある剣だから性別くらい見抜けるわい」


帝国の旧い型のようだった。蔦の装飾がある十字型の青銅の持ち手は風雨で腐食し、わずかに土から出てる刃の光は鈍い。そのくせ、なんだかどや顔をしている。顔はないけど、そんな感じがしてくるのだ。


「ワシ、すごいだろ。なあ、こんな剣ないだろ」


剣が反り返った気がした。

ここから抜いて使いたまえ、と言わんばかりだ。


しかし、こんな胡散臭い剣は持ちたくない。しゃべる剣なんて見たことない。おおかた、魔物が取り憑いたものであろう。


「剣なら間に合っている」


左の腰に吊した太刀を撫でた。黒漆のこしらえの滑らかな肌触りは呼吸するように私の手に馴染んでいる。帝国モノとは違う細身で反りがある刀身も、身体の一部として軽やかに動く。


「負けん魔剣だ」

「は?」


胡散臭い剣は詰まらぬことをほざいてきた。


「なんだ? 駄洒落か?」

「ワシの魔力は絶対負けん」


ふふん、と得意げに剣は鼻を鳴らした。だが、魔剣ということは、やはり魔物が取り憑いているということ。


「そのような面妖な剣は要らぬし、この太刀にも及ばぬ」


もう一度撫でる。この太刀には鍛冶職人の魂と先祖代々、亡き父の魂もこもっている。私を護る大きな力が宿っているのだ。この太刀に優るものはないし、この太刀さえあればよい。


「おい。ブスが選べる立場かよ」

「…………さらば」


妖しいものは無視するべきであった。時間の無駄だった。すでに闇は濃い。


「すまん! 悪かった! ワシを連れてってくれ! ずっとここにいて寂しいんだよぉ」


私が踵を返すと、剣はベソをかきだした。

と、そのとき。

地面がぐらついた。異形の影が土煙りを上げ、次々立ち現れてくる。

遅かった。すでに周りは魔族に囲まれた。だが、この太刀が護ってくれようぞ!


太刀を抜き、円を描いて振るった。

私に近づこうとしていた輩は吹き飛んだ。

しかし、次々湧いてきりがない。剣の喚きもやまないが、構ってる余裕はない。


斬り続けながら、終りが見えない恐怖に負けそうになる。太刀を信じ、太刀に刻まれし想いを胸に鼓舞する。


やがて百体ほどを土に返したとき。すでに旅で疲弊している身体が悲鳴を上げだした。足がふらつき、目が霞む。


「なあ。なあ。ワシを使ってくれよぉ」


疲れた頭に剣の泣き声が響き続ける。


「あーもう! うるさい!」


朦朧としながら右手の太刀で襲撃を払い、左手で剣を抜いた。長さは太刀と変わらない。腕の長さと同じくらいか。厚みのある直刀は意外と朽ちてない。


剣を眺めたその瞬間。

赤色の光線が蔦のごとく伸び、私の腕に絡みついてきた。

チッ、魔剣めが。私に取り憑きやがった。この身体を乗っ取るつもりか。


「安心しろ。ブスのあんたと一心同体になるつもりはない。落とさないように固定するだけだ」


差別発言を訴える暇はなかった。

剣は高速で魑魅魍魎ちみもうりょうを切り刻みだしたのだ。

身体を剣の動きに必死に合わし、ついていく。

だが、もう身体は限界。足がもつれ、膝の力が抜ける。


倒れこみそうになったそのとき。手足が青白い光に包まれ、軽やかになった。


「わたくしがいます」


突如話しかけてきた優美な声は、なんと太刀から発せられていた。


「野良魔剣には負けられません」

「まさか。そんな。私の太刀も、ま」

「下等な魔剣ではありません。神です」


太刀は私の言葉にかぶせてまさかの神発言をすると、ぷんぷんと怒りながら、風ように舞いだした。風が通ったあとにはむくろしかない。まるで鎌鼬かまいたち


いっぽう、剣は静止した。

同時に好き勝手動かれては私の体が持たぬから止まってくれたのはよいが、急に黙りこくるのは不気味である。血管のように腕に絡みつく光はまだあるからして、浄化されたわけではないようだ。


「おい、魔剣。どうした」

「……惚れちまった」

「え」

「青く冴え妖しく輝くその御姿を何ものからもけがさせん。が援護する!」


信じられない。もう、先ほどから起こっていることが信じられぬ。剣がしゃべり、太刀までも。そして、恋もするなんて。しかも一目惚れだと? 私は恋をしたこともないのに。一目惚れなんてまやかしだろ。否、魔剣がまやかされることもなかろう。ならば、一目惚れはありうるのか。


疲れのせいか思考が混沌とする中。太刀と剣は初めての共同作業を阿吽の呼吸で処理していっている。前方へ同時に押すべきときは刃を交差させて突っこみ、周囲を薙ぐときは左右に分かれてそれぞれの役割を果たしている。


「くっ。あんたやるわね。でも、野良魔剣のあんたなんか認めないんだからね」


ん? 太刀がなんだかデレてる気がするが……、気のせいだろう。私の太刀に限ってそんなことはないだろう。


「ならば。オレと一緒になってくれ。そうすれば、オレはただの野良魔剣ではなくなる。聖魔剣になるんだ」


おっと。剣が大胆に告白した! 太刀はどうする?


「もぅ。しょうがないわねっ」


えー! 受け入れた! こんな短時間で? 尻軽女いや太刀かいや神か……あーもう訳わからぬ!


と、私が混乱してる間に、融合しだした! 剣と太刀の光が混ざり紫色に輝きだしている。昼間とまがう明るさで辺りを照らし、目が眩む。


膨大な力が発生し、全身にびりびりと伝わってくる。その成長は留まることなく、膨張していく。危険を察知した猛魔らは逃げだした。


聖魔剣となった剣と太刀は愛の歓喜の声を上げると、弧を描いた。剣の波動が円状に広がった。その力は一里先まで届くほどで、闇夜を跋扈ばっこする魔族は視界から消えた。


風が頬を撫でる。草が揺れる他は動くものの気配はない。

安堵の吐息が口から溢れでた。そのとき、聖魔剣から魔剣の卑しい笑い声が漏れてきた。


「うひょひょ。こんなべっぴんと一緒になれるなんて、最高だぜ。けんと太刀が合体してケンタッチーなんちゃって」


冷たい亀裂が入る音がした。その瞬間、魔剣と太刀は元の二本に戻った。


「詰まらない剣ね。神が汚れます」


どうやら心が一致しないと分離してしまうようだ。

だが、そもそも魔剣と融合すること事態が汚れる行為なのではなかろうか。それに、なんで太刀がなのだ? 今さらだけど。


「いつから神だったのだ?」

「いつからか。職人が魂をこめて幾度も伸ばして叩き、歴代の剣士たちが血と汗を染みこませる度に丁寧に磨き、熱き想いが重なり、私は神聖化しました。

貴女も想いをこめて大切に使って下さり、嬉しく存じます」

「そうか。そうか」


やはり、私と太刀は想いが通じ合っていたのだ!

胸が熱くなり、涙がこみ上げてくる。


「んじゃ、ワシも丁寧に使ってくれ。そうすれば、ワシは聖剣になるかもしれん」


魔剣のふてぶてしいものいいに、感涙は引っこんだ。


「は? 私には太刀さえあれば十分なんだが。いいかげん離れてくれないかな」

「ワシの力見ただろ? すごいだろ? それに、病魔を抑える方法も知っている」


……なぜ私の目的を知っているのだ?

いぶかしむ私に魔剣は話し続ける。


「光の帝国へと行く者はたいがい病魔を癒す秘薬を求めて向かう。

だが、それには裏がある。

帝国は旭の国を弱体化させようと魔族と手を組み、荒し、病魔を蔓延はびこらせているのだ」


突然の陰謀論。飲みこめずに疑いの目を向けると、魔剣は怪しく笑った。


「ふふふ。だからな、魔族の大元、魔王をやっつければ、そもそも病魔も消滅するってわけだ」

「……本当なのか?」


困惑する私に、太刀がうなずくように青白く光った。


「神々の声を聞くかぎり、魔剣のいうことは正しいようです。……ただ、魔王の力は強大なので、大人しく秘薬を手にするほうが」「二つが一つになれば、最強だろ?」

「はあ。どうしましょうか」


積極的な魔剣に嫌悪感をあわらにする太刀は、私に選択をゆだねてきた。


「どうするっていわれても」


秘薬を手にすれば弟を蝕む病魔は一時いっときには癒えるだろう。しかし、根本的な問題を解決しないかぎり、弟はまた苦しむことになるに違いない。


「うーむ。せっかくならやってみるか」


私の決断に、魔剣は歓声をあげ、太刀は重いため息を吐いた。なので、融合するのは魔王を倒すぎりぎりにすることを取り決めた。



こうして私は太刀と魔剣とともに魔王を倒し、弟を、旭の民を救った。二刀流の勇者伝説が語り継がれることになるが、人々はこの二本が微妙な関係なのを知らない。文字数制限の為、これにて終り。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ケンタッチー 八木寅 @mg15

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ