第7話「その女、凶暴につき」
ついに鎌倉殿となった源頼朝に正室の政子が懐妊したとの吉報が入る。
頼朝は喜び勇み部屋の前まで小走りで政子の居室に向かうと、そこには既に時政とその正室りくを筆頭に実衣、阿野全成らがあれやこれやと騒いでいた。
「祈祷はお任せください!」
「大豆がいいと聞きました」
「それは懐妊する前です」
「母の顔が険しければ男子が生まれるそうですぞ」
「は、はい。この度こそは
各々が言いたいように言い、どれが正しいのか間違いなのか分からず、政子はされるがままになっていた。
「政子、懐妊したそうだな。ようやった」
頼朝が政子をねぎらう。
「顔がどうとかいう以前に、まずは安定期に入るまでは無理をしてはなりませんよ」
頼朝についてきた総一朗も先客たちのガセネタに釘を刺しつつ政子の身を案じた。
「あんていき?」
「あぁ、暫くは身体に負担の掛かるような事をしないように心掛ける時期ということです。ストレ…怒りや不安、焦りを溜め込むのも良くないですよ。男子でも女子でも子を授かることは幸せなこと。生まれてきた子が平穏無事に育つ環境が続くよう、鎌倉殿は更に
どんな時でも廊下は走らない(と思われる)総一朗が頼朝にやや遅れて政子の居室に入るなり頼朝の肩をでかしたなという意味でポンと叩く。
「なによ、身内でもないのに自分の孫が生まれるみたいな顔するんじゃないよ」
「ははっ、こりゃ失礼。この年になると生まれてくる子は他人の子でも嬉しくなるんですよ。鎌倉殿、この子の為、これから生まれてくる他の子達の為にも誰もが幸せになれる世の中を造ること。それがあなたに与えられたこの世での仕事。頼みますよ」
総一朗が少年期を過ごしたのは過酷な戦争の真っ只中、子供さえも洗脳され、自分の命を捨ててでも敵兵を多く倒し天皇に忠義を誓うことが当たり前だった時代。
空襲や物資・食料の不足で自分小さな子ども達が死んでいくのを多く見てきた総一朗は、大人同士の喧嘩で子供が犠牲になるのはどんな世界であっても不条理でしかないことを充分理解していた。
そして安定期も過ぎようとしている頃、不穏な噂が総一朗の耳にも入る。
以前からなんとなく側室のような振舞いをしていた”亀”という愛妾の元に鎌倉殿が足繁く通っていると。
現代で言う不倫だが、
「おい、何か焦げ臭くないか」
「嫌な予感しかしねぇ」
「奥方様の気性を考えると…」
「「亀さんがやばい」」
総意が一致したところで一団は見覚えのある少年と巨漢にすれ違う。
頼朝の末弟、義経とその後ろを弁慶が大木槌を担いで屋敷の方からスタスタと歩いてきたのだ。
「おい、そこのキミ!義経君だっけか?」
「何じゃ、老いぼれ?!」
「この先は確か亀の前の館があると聞いたが?」
「それなら、今さっきぶっ壊してきた」
「え?」
「政子姉さまに
あっさり白状した義経。
そんな場面にタイミング悪く現れるのが宿命のようになっている頼朝。
「おいおいおい、なんで九郎がここに居るんだ?それに焦げ臭いよ?」
「兄上の妾の家を打ち壊し、火を放ちました」
「えっ!」
猛スピードで妾の館へ走っていく頼朝。戦でもこの速さなら敵なしといえる動きに一同が驚く。
総一朗たちが追いついた頃には灰燼と化した館の前で肩を落とす頼朝の姿が。
「そこまでやるかぁ…亀。すまぬ」
「鎌倉殿、亀様でしたら直前に逃げおり、無事でございます」
「よかっ…って誰がこれを仕向けた!?」
「政子様です」
「全部儂のせいかよ」
頼朝が政子に振り回されるようになってだいぶ時は経っているものの、この一件はかなりの心理的打撃を喰らったように総一朗には見えた。
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