第4話「窟と浜辺と時政と」

 総一朗の嫌な予感は史実どおり現実のものとなってしまった。

 合戦の前日から雲行きが怪しくなり、現在の小田原市・中井町・大磯町周辺は猛烈な風雨に晒され、その雨が支流を伝い酒匂川へと流れ込む。酒匂川は川幅も広く、大雨となると所によっては川底も深い。人馬は渡れなくなり、援軍は届かぬまま大庭軍三千 対 頼朝軍三百という勝ち目のない戦が、歳の割に煽り耐性ゼロだった北条時政よって口火を切られてしまった。


 結果は頼朝軍の惨敗。頼朝達一行は迫る大庭と伊東の兵から敗走し、とある岩窟へと辿り着く。

「父上!!あれしきの事、何故耐えられなかたのです?」

「あんな侮辱…耐えろというのが無理じゃ!!」

「……親子喧嘩はよそでやってくれよ。こっちはもうヘトヘトなんだってのに」

 雨と泥とでくたびれ、汚れてしまっていても立烏帽子だけは外さない頼朝が磐屋の奥で愚痴りながら横になる。

 まさかスーツに革靴で軽登山ハイキングするとは予想してなかった総一朗も同意見だった。頼朝の足元に近い位置でへたれこむ。

「吾妻鏡で読んだのとは似ても似つかないじゃないか。時政さんてあんな短気なの?」

「いつもは陽気で能天気。戦となれば頼りになる強者だが、まさか大庭との口喧嘩であんなキレ方するとは」

 ため息をつく頼朝。

「大将がそんなでどうするのよ。ちょっと気合見せて部下達になんとしても生き延びる道を見つけるように叱咤激励するのも仕事じゃないの」

「あ~、もう!なんなんだよこの爺さん!自分もボロボロな割に言うこと言うじゃねぇか?!」

「僕に当たるのは良いけど、頼朝さん。あなた本っ当に生きる気力ってモンが感じられないね。まさか源氏の頭領がこの程度のお人とは。僕ね、ガッカリしましたよ」

 総一朗は立ち上がると親子喧嘩に割って入り、何やら吹き込むと両人の肩を叩く。

「佐殿。このいわやにずっと籠もっていても埒が明かぬと申すのでしたら、我らは逃げ道の探索に行ってまいります。それまでは”ごゆるりと”なさってください」

「え?…う、うむ」

 岩窟から出て行く時政・義時親子と総一朗を見送る頼朝はバツが悪いような表情で立烏帽子を気にしながらも再び身体を横にし、そのまま眠れぬ夜を過ごした。


「いやぁ、こりゃ幸運だ!船で迎えに来てくれるとはな!」

 まるで子供のようにはしゃぐ時政。安堵する義時。

 正反対な親子と総一朗たちは石橋山を平家の軍勢から隠れるように一晩中歩き続け、偶然にも地元の豪族・土肥氏に助けられ、入り江へと辿り着く。

 そこには三浦勢からの助け船が来ていたのだ。

「平六!何故今頃船で…!」

「こちらもこちらで大変だったんだ!だから、こうして迎えに来たんだ」

 久々の幼馴染との邂逅はそれほど朗らかなものではなかった。

「私は佐殿と残りの者たちを連れて参る。さぁ、父う…?!」

「おぅ、なんだおめぇ乗らねぇのか?」

 いつの間にかちゃっかり乗船している時政を義時はぽかーんと口を開けたまま見ている。

「開いた口が塞がらないとは、まさにこういう事ですな」

 そこに追い打ちを掛ける総一朗。義時はその言葉に閉口し、しばし天を仰ぐ。

「おい、小四郎!どうするんだ?陸に上がった船は目立つ。待てる時間はそう長くないぞ!」

 平六こと三浦義村は義時に時が無いことを告げる。

「待っててくれ!俺は佐殿を連れてくる!!」

 真鶴の急な崖を再び駆け登っていく若武者、その後姿を見送りつつ時政は渡された握り飯を頬張りながら呟く。

「そういやぁ、宗時が居ねぇなぁ」


 これは史実として残されている資料だが、宗時は大庭軍との戦いで戦死扱いとなっている。戦の直後に暗殺された可能性も無くはないが、既にこの時点で宗時はこの世の人ではなくなっていた。

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