酒豪女に甘党男、それから二刀流
幽宮影人
二刀流
「いやー。やっぱり、酒よりも美味しいものなんてこの世にないね!」
お猪口に移すことも無く徳利を豪快に傾ける女は、ほんのりと色付いた頬を惜しげもなくさらし、片膝を立てて畳の上に座り込んでいた。
そんな女の隣には空になった一升瓶が1本と、半分ほどに減っている一升瓶が転がっている。目の前の机上には枝豆や揚げ物、香辛料の舌に効く味付けの炒め物などが乱雑に並べられていた。
「おぉん⁉ 酒なんて体ん中が焼けそうになるだけで、良いことなんて一つもないだろうが! 飲み過ぎは体にも悪いしよ」
そんな女性と座机を挟んだ向かい側、行儀よく正座して座布団に座る男の目の前には、ところ狭しとスイーツが並んでいた。
和菓子であれば羊羹に練り切り、団子に饅頭。洋菓子であればケーキにプリン、チョコレートにワッフルなど。
ずらりと立ち並んだスイーツからほんのりとする甘い匂いだけでもお腹がいっぱいになりそうだし、胃もたれしそうだが、男は水でも飲むように次々と口の中に放り込んでいる。掃除機もびっくりな吸引力で消えていく様子は清々するような、男性の身体がちょっと心配になるような。
「糖分の摂りすぎだって体に良くないでしょ? なに自分の事棚に上げてんのよ」
片眉をひょいと上げた女は、再び徳利を傾けた後「ぷはぁ」と息を吐くと、空になってしまった徳利を左右に揺らしてから舌を打った。もうなくなったのか、そう言いたげに口を歪ませた女は手を伸ばして一升瓶を取ると、徳利の中へとくとくと注ぎ始める。
「なにおう⁉ 大体お前、女のくせに酒豪ってどうなんだよ」
熟れたイチゴが輝かしいショートケーキにフォークを刺す男は、口の端に白い生クリームをつけたまま吠えた。
ぱくりぱくり、と際限なくフォークで運ばれていくケーキはあっという間に姿を消し、気が付くと残ったのはケーキ台紙だけになっている。
「なによ、女は飲んじゃダメなの? だったら男のくせにスイーツ好きなアンタはどうなのよ」
女は甘いものが苦手なのだろうか。男の前に並ぶ可愛らしいスイーツをじろっと睨むと、そのまま男に目を向けた。
「い、良いだろうが別に! 悪いか⁉」
酒を飲んでいないのに顔が赤いのは、羞恥と図星だろうか。男はスイーツに当たらないように細心の注意を払いつつ、けれど勢いよく座卓に手を付くと、そのまま前のめりになった。
「お酒もスイーツも、どっちも美味しいと思うんだけどねぇ」
机を挟んで言い合う男女をのほほんと眺めながら、酒を飲み、スィーツを食む人がいた。
その人は、徳利ごと傾けて酒を流し込んでいたり、掃除機のような吸引力をもってスイーツを胃に納めているわけではないが、お猪口に酒を注ぐ頻度はなかなかのものだし、口に消えていくスイーツの量も決して少ないとは言えない。
「いやぁほんとう。どっちも好きでよかった。幸せ倍増だねぇ~」
酒豪よりも飲み、甘党よりも食うその人は、今にも取っ組み合いが始まりそうな2人のことなど眼中にないのだろう。自身の世界に浸り、ささやかな幸せを再発見したあと、ゆるりと口元をほころばせさらに手を進めた。
ちなみにその後、女は酒が回って足をもつれさせて転倒し。男はもう若くないのにがばがばと放り込んだスイーツのせいで胃もたれを起こし。
2人よりも明らかに多い量を飲み食いしていた人に介抱されたそうな。
「まったくもう。2人ともいい年なんだしさ、自分の限界ぐらいちゃんと知っとくもんだよ?」
酒豪女に甘党男、それから二刀流 幽宮影人 @nki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます