両刀使いのカミングアウト

維 黎

第1話

「――それって変じゃない?」

「"変"って言い草は傷つくなぁ。50年や100年前ほど昔ならいざ知らず、今時は普通――とまではさすがに言い難いけど男も女もどっちも好きってのは、ちゃんとした嗜好として認められているし、受け入れられてるんだぞ?」


 深夜。とあるBARにて一組の男女。

 白銀の髪に彫りの深い貌。精悍という言葉がひどく似つかわしい男。

 対して隣に座る妙齢な女は、濡れたような紅い唇と背中へと流された艶のあるワインレッドの髪、タイトなスカートから覗く脚は目を惹かずにはいられない。

 間接照明の弱い光の加減か、二人とも妙に青白く映るが絶世と言っても過言ではない美貌の持ち主であることは確か。


「そりゃ、世間的に受け入れられているのは理解するけどもさ。だからって忌避感を持つことが"悪"みたいに糾弾されるのも『そりゃないわよ~』って思うわけですよ。生理的にダメなこともあるんだし? 多くの者が男は女、女は男をってのが前提なわけじゃん? 体質的に異性の方が馴染むんだから。いわゆる暗黙の禁忌ってことでしょ? 同性は」


 そういって女がワイングラスを手に取り、口を付けてグラスを少し傾けると、注がれている赤い液体が店内の淡い照明を受けてその光を弾く。


「君の言ってることもわからなくもないけど、俺としては子供のころからどっちも好きだったからな。それが俺にとっての普通だから、どうして性別にこだわるのか理解しにくいな。男には男の、女には女の良さがあってと思うことがそんなにおかしなことか?」

「や、私だって公共の場での言動は注意してるよ? どこで誰が聞いているかもわかんないし、それが一般市民であっても糾弾――とまではいかなくても注意されるべき言動だってのもわかる。でもねぇ。私の周りには今までいなかったし、アニメや小説、ドラマの中の話と思ってたから。まさか今日、貴方から告げられるだなんて想像もしていなかったわよ」


 お互い遠い将来においてはわからないが、今までのところ双方相手に対して異性としての感情は抱いていない。一言で言えば友達。

 男女間の友情は存在し得るか、という議論はすでにしていてどちらも「Da」という意見で一致している。

 で、今日というこの日はお互い共通の友人の婚礼の儀に参加した帰り。どちらからともなくちょっと一杯ということになり、たまたま見かけたこのBARへ入ったわけだが、これが当たりの店で男が注文したブラッド・オブ・メアリーが絶品だった為、そこからの流れで嗜好の話となり、男の二刀流――男女両刀の話となったのだ。

 

「正直な話、君にカミングアウトしてほっとした部分はある。子供の頃ってのは自分から味わう機会があるわけでもないし、そういう意味では親も本質的には男も女も両方いける口だったんだな。ちゃんと独り立ちしてから気づいたってのはある。両方いけるのがマイナーってことが」


 口元に苦笑に近い笑みを浮かべながら、ワイングラスを軽く揺らして弄んだあと一気に空ける。

 ねっとりとした濃厚なそれは喉を通り五臓六腑――文字通り体中に染み入っていくのが感じられる。


「――あぁ、しかし旨いな。外で飲む分には若いのを選ぶので、こうしてたまに熟成した物を飲むのも悪くない」

「ちなみに好奇心から訊くんだけど、ってのはどの辺の守備範囲まで?」

「ん? 童貞処女は言うまでもなく、出来れば13歳辺りがベストだな」

「あっきれた。貴方、両刀だけじゃなくロリショタでもあるの? 信じらんない……」


 女の溜息混じりの言葉に黙って肩を竦める男。下手に反論して薮蛇になるのもおもしろくない。


「――さて、と。ここのも十分旨かったし新鮮だったがやはりが恋しくなるな。どうだい? この後、?」

「そうね。今夜は満月だし。私、満月の夜って物凄く渇くのよね」


 女は鋭く尖った牙を覗かせながら獰猛に嗤う。


「よしッ! 決まりだ! マスターご馳走さん、すごく堪能させてもらったよ」

「――ありがとうございます。外でお飲みになるのでしたら街外れの野外地区でちょっとした催しがあるそうですよ。が集まるとか」

「ほう。それは良いことを訊いた。ありがとう。行ってみるよ」


 マスターに礼を述べると、男は女と連れ立って街外れへと足を向けた。


「いい機会だから君も一度、女の血を吸ってみたらどうだい? 案外、吸わず嫌いかもしれないぞ?」

「やーよ。遠慮しとく」



 星一つない漆黒の夜空に浮かぶ紅い満月の月光が、二体の吸血鬼を照らすが当然ながら地に影を落とすことはない。




                     ――了――

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