桃と鬼と二本の刀
Ray
桃と鬼と二本の刀
むかしむかしある山奥にお爺さんとお婆さんが住んでおりました。ある朝お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯に出かけました。
するとお婆さんが冷たい水に手を悴ませている時のことです、川上からどんぶらこどんぶらこと大きな桃が流れて来ました。お婆さんは大そう驚き、拾い上げては家へ持ち帰りました。
「それは何だい、お婆さん?」
土間へ置かれた大きな桃を見たお爺さんはそう言いました。
「寒い冬におかわいそうにと神様が下さったのでしょう。お爺さん、切って下さいな」
「ああ、わかったよ」とお爺さんは腰に携えた刀を抜き構えると、桃はブルブルと震え真っ二つに割れたのです。
驚いたお爺さんとお婆さんが目にしていたものは、その中でおぎゃあおぎゃあと泣く赤子でした。
するともうひとつ、おぎゃあおぎゃあと泣き叫ぶ赤子の声がしました。
「一体何だい、お爺さん?」
お婆さんは声の聞こえるお爺さんの竹籠を見ながらそう言いました。
「光る竹を切ったらば、この赤子がいたんだよ」
「食べる物と、そして赤子までいただいたんだねぇ」
子宝に恵まれなかった老夫婦は、桃から授かった男の子を『桃太郎』、竹から授かった女の子を『かぐや』と名付け大切に育てました。
「父上、鬼退治の話はまだ?」
この話が大好きだった息子は父を急かしました。
「ああ、わかったよ。では続けるぞ」
父は話を続けます。
桃太郎とかぐや、二人を授かり五年ばかりが過ぎた頃、お婆さんは病気で死んでしまいました。
お爺さんと三人で悲しみに暮れていると、村ではある噂話が流されました。
『鬼が村々を襲っている』と。
そんな中行商人は遂にその鬼に遭遇し、この村まで命からがら逃げて来たのです。
「こんなに辺鄙な村なら見つかりゃしないよ」
大きな山々に囲まれた、村人も容易に数えられるほどの小さい村。鬼にでも襲われなければ行商人さえ近寄らないようなこの村に鬼が来る筈もない。
その行商人の言葉は本当で、鬼が襲いに来るようなことはありませんでした。
ただお爺さんは万が一に備え、桃太郎に剣術を教えるようになりました。
「父上、次、次を早く聞きたい」
よしよしわかったと父は続けます。
春が過ぎ、夏が来て秋、そして冬が来て、それが幾度も繰り返されようと一向に鬼は現れません。そして近況を教えてくれる筈の行商人もやがて来なくなりました。
きっと平和が訪れたのだろう。そう胸を撫で下ろしたある日のことです。
「かぐやをこの村から追い出してくれ!」
と血相を変え二軒先の若者が訪れれば突然そう怒鳴りつけました。
お爺さんは驚いて一体何事かと尋ねます。
かぐやはとても美しい女子で、その噂が風に乗り、やがて鬼の耳に届いたと言うのです。若者は、鬼がかぐやを狙いにこの村へ来ることを恐れていました。
「そんなことをさせるものか!」
とお爺さんはかんかんに怒り、若者を追い出しました。
「父上、鬼退治っ」
息子は待ち切れません。
あいあいわかったよ、と父はすぐさま続けます。
長老会議に呼び出されたお爺さんとかぐや、「絶対に渡すわけにはいかない。皆で力を合わせ戦えばいいだろう」とお爺さんは首を縦には振りませんでした。かぐやはその傍らで恐怖に怯え、しくしくと泣いていました。
その時のことです、ズドーンズドーンと大きな地響きがしました。それは段々とこちらへ近づいてきます。
何事だとお爺さんが扉を開けると、枠一面に大きな目玉が覆っていました。
「かぐやってそいつかい? かわいいなぁ」
目玉はぎょろっとかぐやへ向くと、かぐやは意識を失いばさっとその場に倒れました。
「無礼者!」
お爺さんは腰に携えた刀を引き抜きその黒目をぶすっとひと突きしました。
「ぎゃぁぁぁ!」
痛い痛いと鬼は泣き叫びます。集会にいた村人はその間に散り散りに逃げていきました。
「お願いだ、その子を渡してくれ」
村長の悲願の叫びを背にお爺さんはかぐやを抱え家に帰りました。
「どうしたのです? お爺様」
桃太郎は聞きました。
お爺さんの身体中に付いた紫色の液体、気絶したかぐやの様子からも大変な事態が起きていることがわかりました。
「これは毒だ、桃太郎。私はそう長くない・・・」
お爺さんはぽつりとそう呟きました。
「父上、もうすぐだよね?」
何万回も聞かされているその話、これから何が起きるのかを知っていながらも、息子は尋ねました。
「ああ、もうすぐだよ。それじゃあ話を続けるよ」
父は更に話を進めます。
『かぐやをお頭の嫁にする。渡さなければこの村を襲ってやるからな』
お爺さんに痛手を受けた鬼は次にそのような交渉をしてきました。
「悪い様にはしないようだから、どうかひとつ娘を嫁にやってはもらえんか?」
村長は言います。
「そうだよ、村を守るためだと思ったら、そのぐらいしてもいいだろう」
村人は口々に言いました。
お爺さんはまたかんかんになり、
「お前の娘でも同じことを言うのか? あんな怪物と結婚させるなんてことが、できるのか?」
と怒鳴れば、皆黙って俯きました。
すると背後でガラガラと音がしました。振り向けばそこにいたのは、かぐやでした。
「お爺様、私お嫁に行きます」
かぐやの言葉に皆の顔はパッと晴れ渡りました。
「かぐやっ!」
ぜぇぜぇと後ろから駆け付けたのは、桃太郎でした。かぐやを家から出すなと言いつけられておりました。
「桃太郎、お願いがあります。結婚をするまでの二年の間に、私を助けに来て欲しいのです」
まだ幼いかぐやには、結婚まで二年の猶予をくれてやるとそう鬼は言っていました。
その淡い期待を胸に、かぐやは鬼の元へ出向いて行ったのです。
「おぇー、絶対やだよ、鬼とだなんて。かわいそうだよ」
この場面になればいつも決まって息子はこう言いました。
父はにこっとほほ笑み、続けます。
お爺さんと桃太郎の特訓は寝る間も惜しんで続きました。毒の影響を遅らせるため、仕事を止め安静にしていたお爺さんでしたが、指やつま先は遂に麻痺し、紫色に変わっていました。
そしてある日のこと、桃太郎はお爺さんの寝室に入りました。
「お爺様、きびだんごに薬草を練り込んで参りました。少しは食しやすいかと思います」
ただきびだんごを乗せた皿はぼとっと床に落ちました。
お爺さんは息絶えていたのです。
「お爺様っ!」
お婆さんも失い、かぐやも失い、遂にお爺さんも失った。
桃太郎は一晩中むせび泣きました。
「次だね鬼ヶ島!」
「そう、鬼ヶ島だよ」
「勝つんだよね!」
「ああ、勝つよ。聞きたいかい?」
「うんっ!」
父はそして続けます。
桃太郎はふと気づきます。かぐやは失ったわけではない、と。この血の滲む努力も全てはかぐやを取り戻すため。そしてこの世の平和のため——
桃太郎はそこですくっと立ち上がりました。
お婆さんが以前こさえてくれた大好物のきびだんごをこさえ、端午の節句に飾っていたお爺さんの古い鎧を身に付けました。
「お爺様、必ずかぐやを取り戻して帰って来ます」
壁に掛けられていたお爺さんの刀に向かってそう呟くと、それを両手に抱え外しました。
左腰には自分の刀、右腰にはお爺さんの刀、両刀を携えた桃太郎は桃の花刺繍の鉢巻きをぎゅっと締め鬼ヶ島へ、旅立ちました。
「父上、桃太郎はどうやって戦ったんだろうね」
作り話にしては戦う場面が欠けたこの話。そんなことをまだ幼い息子は疑問に思ってさえいません。
「ふふふ、私も幼い頃はそう思っていたよ。勇敢に戦ったことは間違いないだろうがね」
先祖代々受け継がれているこの御伽話は村々から浮上した噂話で締めくくられていました。
ある村で桃太郎は犬を連れていた、ある村では猿も連れていた、ある村ではキジも連れていた、と。
そしてかぐやが連れ去られ二年の月日を迎えるというところ、突然かぐやが村に戻って来たそうです。
かぐやは泣きながらこう言いました。
「桃太郎は毒に侵されて死んでしまいました」と。
「みんな神社に祀られてるよね、桃太郎様も、犬も、猿も、キジも」
「そうだよ、この村を守ってくれた神様だからね」
「かっこいいよね、二つ刀を持ってさ」
「ああ。二刀流の桃太郎様。ちゃんばらごっこでよく遊ぶだろ」
「父上、私はいつになったら真剣を使わせてもらえるの?」
「そうだなぁ、桃太郎様くらい強くなってからかな」
「えーっ、無理だよ」
「おいおい、弱音を吐いちゃだめだぞ」
「村を守る、平和を守る、だよね」
「その通り。お話でもあっただろ。鬼と人間は約束事をしたんだ。もう悪さはしない、互いに干渉もしない、とな」
「かっこいいよな桃太郎様。みーんな峰打ちにしただなんて」
「ああ、そうさ。それくらい強かったってことだ」
「でもどうして家だけなのさ、剣術磨いているの。村を守るためならみんなで修行すればいいのに」
「皆誰かを頼りにしたがるからな。ただお前はそうはなっては駄目だ。ひとりでも鬼と互角に戦える者がいれば、鬼は何もしてこない」
「えっ・・・鬼って、本当にいるの?」
すると父は黙り込みじっと息子の顔を見つめました。
そのことはもう少し後で話そうか、
桃と鬼と二本の刀 Ray @RayxNarumiya
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