第12章 西方龍追祭編
#209 閑話――狂剣、叛逆す
足元に無造作に転がる人型の様々な部位。
頭があり、腕があり、足があり、あるいは半ばで断たれた胴があった。
凄惨極まりない光景の只中、黒い鎧をまとった人影が立ち尽くしている。
両手にだらりと携えた剣はつい先ほどまでこの光景を作り出すために振るわれていたものだ。
「ああ~つっまんねぇ」
転がる
どいつもこいつも雑魚だった。
数合も斬りあえた者は稀でたいていが一太刀の下に終わった。
「喰いごたえがねぇんだよ」
彼の望む戦いにはあまりに程遠く、八つ当たり気味にその辺の頭部を蹴り飛ばした。
飛んでいった先では部下たちの乗る幻晶騎士ダルボーサが残敵を殲滅している最中だった。
「おうおう荒れてんなぁ
「空の大地から帰ってからこっち、ずっとあんな感じだぜ」
まるで気軽な雑談をかわしながら振るう
さほどの時間を要することなく周囲は静かになった。
「……チッ。もうおしまいかよ」
敵を倒し尽くしたのだというのに彼の機嫌は悪化する一方である。
そして苛立ちの原因がはっきりとしていることが彼をまた煽り立てていた。
「(あんなに美味そうな獲物をよォ、喰い残しすぎなんだよなァ)」
――空を翔ける蒼い幻晶騎士。
――巨大な戦馬車を駆る紅の双剣。
――空を統べる鋼の巨竜。
空飛ぶ大地においてであった数々の強敵たち。
かつてのグスターボならば何を擲ってでも挑み、どちらかが倒れるまで剣を振るったことだろう。
そうしなかったのは彼にも背負うものがあったからだ。
半端にお行儀良くなったもんだ、と心中で独り言つ。
とはいえ彼自身、かつての判断を間違っていたとは思っていない。
彼にも剣角隊を預かる隊長としての責務と誇りがある。
過去のおこないと現在の苛立ちは両立するものだ。
そうして八つ当たりにすらならなかった戦いを終えると、隊の足である飛空船“
ジャロウデク王国の都は大国と呼ばれるにふさわしい規模と美しさを備えている。
大西域戦争の敗北によって一度は荒廃の兆しがさしたものの、最近は飛び交う飛空船の数も増え賑わいを取り戻しつつあった。
そんな都の傍らに拓かれた空港を目指して“剣角の鞘”号が進む。
船首から巨大な剣を突き出した、この上なく目立つ船だ。
彼らが近づくと他の船は進んで順番を譲っていった。王都の空港は込み合いがちだが彼らが待たされたことはない。
「うーし。んじゃちょっくら行ってくらあ」
「
「おう。お偉いさんの相手は俺っちがやっとくからよォ、お前らは次の準備しとけ」
「合点で」
船を下りたグスターボは副隊長を伴い王宮へと出向く。
特に先触れもない気まぐれな帰還にもかかわらず、王宮には彼らを出迎えるために大勢が集まってきた。
「此度の戦も大勝だったようだな! さすがは名にし負う“死の剣舞”率いる剣角隊である。常勝無敗、我が国の誇りである!」
「へーい。ありあっス」
やたらと機嫌のよい貴族たちがこれでもかと誉め言葉を投げかけてくる。
応えるグスターボの態度がまた舐め腐っているが、貴族たちは鍛え上げた面の皮でもってその無礼を完璧に受け流していた。
この儀式めいたやり取りはグスターボが戻るたびに繰り返されてきたものである。
元より彼ら剣角隊は文字通りの常勝無敗、敗戦以降落ち目の続くジャロウデク王国において唯一にして最高の刃であった。
そこへとさらに空飛ぶ大地での大戦果(特に大量の
「グスターボ! また勝ったのかい!?」
ひたすら続く無意味なやり取りにさすがのグスターボもうんざりし始めた頃、場違いに弾んだ声が飛び込んできた。
貴族たちの囲いがさっと動き奥にいる人物へと視界が開ける。
「へいっ。あったりまえでございまっす」
それまでやる気なさげだったグスターボが素早く跪いた。
次の言葉が飛び出る前に咳払いが響く。
「ンホンッ! “陛下”。またお言葉遣いが乱れておりますぞ」
「あ、ああうん……いや、そうだったな。……ご苦労だったマルドネス卿。貴卿の活躍は常に余を喜ばしてくれる」
多くの貴族に傅かれ玉座につく者、それはまだ年端もいかない少年であった。
“エリアス・イニゴ・ジャロウデク”――当年とって一〇歳になる、正真正銘の子供である。
彼は敗戦の責を問われ放逐された前国王の息子カルリトスに代わり、諸侯の後押しによって国王の座についた。
先代国王であるバルドメロの血縁にある公爵家の出身ではあるが、明らかな年齢の低さに諸侯の思惑が垣間見えよう。
「陛下。公務がございますれば、労いもほどほどに……」
「わ、わかっている。しかし我が国の英雄に報いないのはあれだ、体面の問題があるし……」
苦言に表情を曇らせながらもエリアスが言い訳を連ねると、宰相は呆れを浮かべつつ引き下がった。
一転してエリアスの顔に子供じみた年相応の表情が浮かぶ。
「それでだマルドネス卿! 今回はどのような戦いだったのだ? 是非余に聞かせてくれ!」
「期待いただいたとこ申し訳ないッスが陛下のお耳に入れるようなことは何ぁんにもございやせん。藁束どもを斬るようなつまらない戦いで」
グスターボもまた淡々と答える。
まったく国王に対する態度ではないが、とりあえずエリアスは喜んでいるようだった。
「そうなのか、凄まじいな! 敵の勢いが強く鉛骨騎士団が苦戦していたと聞いたが、英雄にとっては訓練以下か!」
「藁束の数があったところで剣の研ぎにもなりやしねぇってもんで」
エリアスはさらに話を聞こうと身を乗り出すが、合いの手代わりに宰相の咳払いが聞こえてきて萎れた。
「う、うむ……それでは貴卿の働きに報いたいところだが。……やはり褒美はあれがいいのか?」
「へぇ、もちろん。同じく……次の戦場を、次の獲物を賜りたく思うッス」
ようやくグスターボの表情が変わる。
飢えでギラつく視線を受け、よく理解できない幼い国王はきらきらとした瞳を返した。
「なおも剣を振るうと……素晴らしい! 貴卿こそ騎士の鑑だ! ……だけど最近は戦いも減ってきていている。特に貴卿に見合うようなものは」
周辺国の侵攻によって領土を奪われ続けたジャロウデク王国であったが、ここしばらく侵攻は減少傾向にあった。
理由は何を隠そう“狂剣”当人のせいである。
押し寄せる侵攻軍を片端から喰らい、いくつもの騎士団を壊滅に追い込んできた。
あまりの被害に周辺国も及び腰になろうというものだ。
今回は久しぶりの規模の大きい侵攻だったというのに八つ当たり気味に喰ってしまった。
せめてもうちょっと味わっておくべきだったかと、さすがに反省しないでもない。
そんなわけでグスターボも心得たもの、表向き神妙な様子で頷いた。
「承知しておりやす。敵とてそう都合よく動きゃあしねぇでしょう。ですんで万一に備えぇ警戒を続けたいと思います。獲も……不届き者がいればすぐさまご下知をいただきたく」
「ああ! その時はまたよろしく頼むぞ! ジャロウデクの武威を諸国に示すのだ!」
「承知……主命、確かに」
深く腰を折った礼の裏、グスターボの口元は異様な角度に曲がっていた。
王宮での用事は報告だけである。
とことんまで戦場バカであるグスターボは宴などにもさして興味を示さず。
さっさと王宮を辞すると、その足で空港へと取って返していた。
「
「おーう。俺っちはちょっと野暮用があるからよォ。お前らは適当に遊んどけ」
「はぁ。珍しいですな」
「ちいと古馴染みんとこによ」
面倒な片づけを副隊長に投げつけると、グスターボはその辺から適当に馬の都合をつけた。
「そいじゃあちょいと“褒美”をもらいにいきますかね」
王都の賑わいから離れ馬を走らせることしばし。
風光明媚というには荒々しく茂る森の奥に、彼が目的とする館はあった。
「げぇーっなんつー面倒なとこにいんだよ。飛空船乗ってくりゃあよかったか、いや泊める場所ねーな」
飛空船では取り回しの問題もあるし目立つことこの上ない。
身軽に動きたかったがゆえにわざわざ単身馬を使ったのである、多少の面倒は手間賃と言ったところだろう。
「さーて当の古馴染みはどこにいやがっかねー」
無遠慮に踏み込んだ館の中にはほとんど人の気配がなかった。
警備などというものもなく、グスターボは我が物顔で歩き回る。
無計画に歩くことしばし。
そこだけ妙に整った庭の一角にて、彼は目的の人物を見つけ出していた。
「うーッス。暇そうッスね」
いきなり現れたグスターボに話しかけられ、その人物はわずかに面食らったようだった。
「……ふむ。そう見えるか」
「てめぇで庭いじりするなんざ、暇に殺される時くらいしかねッスよ」
「いかにも貴様らしいことだ」
その人物は庭の手入れから離れると、近くに設えられていた東屋へと彼を招く。
「ここには何もない。茶も出せんぞ」
「あんたに期待してるのはもっと別のもんスよォ、“カルリトス元殿下”」
グスターボの笑みに応じるように、“カルリトス・エンデン・ジャロウデク”はこけた頬に笑みを浮かべた。
身に着けた作法はどこへやら、どっかと椅子にもたれかかり口を開く。
「それで? 今を時めく刃の英雄が“落日の原因”に何用か」
「俺っち考えたんスよ。上手いこと褒美をもらうにゃあどうすればいいかって」
「ふむ?」
「ところで元殿下。ずいっぶん素直に隠居されてっすねぇ」
唐突にグスターボが周囲を見回した。
とかく辺鄙な場所に作られた館である。
使用人も最低限で、仮にも元国主代理の地位にあった人間が今は手ずから身の回りの世話をしている有様だ。
「私なりに敗北を真摯に受け止めた結果だ。ただでさえ我が国を敗北へと導いてしまった。この上私の処分などに余力を割かせるわけにもゆくまい」
カルリトスは今は亡き先代国王バルドメロの長子にして、この国を
クシェペルカ王国に大敗を喫した後、彼は諸侯の手によって放逐を受けた。
抗うこともなく粛々と処分を受け入れたのは先ほど彼が言った通りの考えによるものである。
以来、人里離れたこの館にて隠居という名の幽閉生活を送ってきた。
「あんたが暢気に茶ぁシバいてる間に、この国ゃあずいぶんボケちまった」
「エリアス陛下を責める口は持たぬよ。私の時点で騎士団の損耗はひどいものだった」
「そんな話じゃねぇ」
グスターボが顔を上げる。昏い穴のような瞳がカルリトスを射抜いた。
「獲られたんだ。獲り返しに行くんが礼儀ってもんだろぉ?」
「いかに貴様の剣とて土地は切り取れん。戦の本質は数だ。騎士団の充実なき侵攻はあり得ぬ。時ではない、鼻もなき刃にはその程度も嗅ぎ分けられんか」
「……」
カルリトスは小動すらしなかった。
グスターボが引き、どっかと背もたれに埋もれる。
「んなことわかってっさ。だから面倒な出稼ぎにも行った。まぁ面白い出し物はあったがねぇ」
視線の向けた先からは旺盛な緑の生命力を感じ取れる。
兵力はこんなに簡単に生えてはくれない。
「騎士団は、増えていないか」
「まったく。損耗の補充がせいぜい。俺っちが斬り倒さなきゃあもう少し領土獲られてたんな」
「仮に切り取られたとして、それは中央にいる貴族どもの領地ではないのだろう」
「よくご存じでぇ」
カルリトスはしばし瞑目した。
グスターボはだらしなく背もたれに体重をかけ、空を飛ぶ鳥の行方をぼけっと追いかける。
しばしの時が過ぎ、カルリトスが目を開いて立ち上がった。
「来い」
「
王宮を衝撃が駆け抜ける。
居てはならない者だった。あってはならないことだった。
だが確かに眼前に立つ男が、こけた頬を笑みで歪める。
「久方ぶりだ陛下。即位の前にちらとあった程度の縁だが、ご記憶か」
「……カルリトス……国主代理」
「“元”、だ。今は陛下こそがジャロウデク王国を統べる存在であろう」
数年前、敗戦と共に放逐されたはずの“元”国主代理。
二度と王宮に現れないであろう者が、だが確かに現国王と相対している。
「なぜ……ここに」
「単刀直入に言おう。玉座を返していただきたく罷りこした」
「……貴様! 己の失態を忘れたか! 恥知らずにもほどがあろう!」
驚愕のあまり反応の遅れた宰相が慌てて会話に割り込む。
幼い現国王の盾となるかのように――あるいは視界を遮るように――間に立ちはだかった。
宰相の剣幕をみてもカルリトスは眉一つ動かさない。
「左様。私は落日の原因、押すに押されぬ大国を惨めな様へと墜とした大罪人だ」
「そ、そうだ! 王宮へ上がって良い身分ではないぞ!」
野次を投げかけてきた貴族を一睨みで黙らせると、カルリトスはエリアスへと向き直る。
「ゆえに如何なる処罰にも甘んじてきた。この命で贖えというならば処刑台とて喜んで向かっただろう」
「……っぐ。それは」
そもそもカルリトスを追放したのは諸侯であるが、さすがの彼らも死を命じるのには抵抗を感じていた。
何と言ってもカルリトスは正統なるジャロウデク王家の血筋にある。
もしも新たな国王が彼の処刑を望んでいれば、それは速やかに実行されただろう。
だが幸か不幸か新たな国王は幼く、傀儡に向いた臆病さゆえ彼に死を免れさせた。
「私を退けて何か良いことがあったのか。侵略を食い止めたか。領土を取り戻したか。それともお前たちが群がりたくなるような甘い蜜が湧き出していたか?」
「口を慎まれよッ! いかに貴き血筋にあろうとも、今の貴方はその立場にはない! 捕縛せよ、近衛騎士ッ!」
「はっ!」
正気を取り戻した宰相が叫ぶと国王直属の騎士たちが駆け寄ってくる。
近衛と言いつつ実質的には諸侯の持ち寄った戦力である。
カルリトスはかすかに不愉快そうに眼を眇めた。
「話の途中だ、静かにできるか。剣」
「ーっす」
集まった近衛騎士たちが凍り付いた。
カルリトスの声に応じてのっそりと現れた男。
しゃらしゃらと全身につけた刃物が鳴る。
まるっきり無警戒に歩いてくるその男こそ“グスターボ・マルドネス”――死の剣舞、騎士食らいの魔剣、黒の狂剣、彷徨う兇刃!
「ば、バカな。何故だマルドネス卿! 貴卿ほどの戦士がなぜ反逆者に……!」
精強で鳴らす近衛騎士たちすら二の足を踏んでいた。
“狂剣”の強さを知らぬ者はこの国にはいない。
大敗を知ってなお執拗に戦場を求める戦闘狂。錆びつくことを知らない刃。
その前に立ちはだかるはただただ死と同義。
「んやぁ。俺っちは単に溜まってる褒美をまとめていただこうと思ってね」
宰相が脂汗と共に横にずれた。
まさか狂剣の行く手を遮る度胸など彼にはない。
後に残されたエリアスはカルリトスを見てはいなかった。
幼い国王はただ泣きそうな顔でグスターボだけを見上げている。
「……マルドネス卿。やはり僕では、ダメだったのですか……」
「いんやぁ? 陛下御自身への不満は、錆のひとつほどもありませんや」
エリアスが驚きと共に目を見開いた。
「ただちいと戦場が足りねぇだけで。なんでしてぇ、無ければ手前で作りゃあいいと思ったんでさ」
「つくづく危険な男だ。養父亡き今、この猛獣の手綱を取るのは容易ではない。心すべきであったな陛下」
安心していいのかどうかがわからない。
エリアスが混乱に目を白黒させている間に周囲がさらに騒がしくなっていた。
大勢の足音と共に騎士たちがなだれ込んできた。
鎧に刻まれた印が彼らが黒顎騎士団に所属していることを示している。
「おお! お前たち、いい所に……んぐぁっ!?」
現れた黒顎騎士団によって押さえつけられたのは、居並ぶ貴族たちの方であった。
さらに近衛騎士たちまでも囲まれ捕縛されてゆく。
そうして周囲が静かになったところで、カルリトスがゆっくりと玉座へ歩み寄った。
背後には整然と並ぶ黒顎騎士団の騎士たち――そして一本の狂剣。
エリアスは決然と顔を上げ、カルリトスを見つめ返す。
即位以来唯一といってよい、自らの意思を発揮し己の足で玉座から退いた。
入れ替わるようにカルリトスが玉座につく。
それを見届けたエリアスは項垂れ、とぼとぼと歩き出そうとして――。
「待つと良い、先代よ」
「まだ僕をそのように呼ばれますか、“陛下”」
「貴様は仮にも一度はジャロウデク王国の頂についたのだ。その稀なる学びを無為にすることなどない」
エリアスが怪訝な様子を見せる。
ただのお飾りとして玉座に乗せられていただけの子供にどのような学びがあったというのか。
カルリトスは意外なほどに穏やかな表情で話す。
「これより“余”がジャロウデクを立て直す。側につき、己の目で確と見て学ぶが良い。いずれ余が倒れた時、遺志を継ぐことができるようにな」
「……はい!」
カルリトスは集まった一同を見回した。
「長く待たせてしまったようだ、諸君」
「滅相もございません」
黒顎騎士団の騎士たちが跪く。
かつて最強の名を恣にしていた彼らであったが、先の戦で壊滅的被害を受け忍耐の日々を過ごしていた。
狂剣ほどではないにせよ再びの動乱を強く望んでいた者たちである。
「やらねばならぬことは多い。まずは黒顎騎士団を“研ぎ直す”」
「そいつは結構でござッスね。何か当てが?」
「余は館で過ごしていた間、何もしなかったわけではないぞ。おい、連れてこい」
グスターボが気のない様子で問う。
ほどなく騎士によって一人の小太りの男が案内されてきた。
「……あ、ども」
「なにお前」
「あっ。あの
「なんですこいつ?」
「端的に言えばオラシオの元部下だ」
「あー。あいつなら今パーヴェルツィークに居っスよ」
「……いずれ必ず殺す、覚えておこう。ともかくこれには彼奴の残した情報を集めさせておいた」
「ええ。ええ。工房長……あ、いえ元工房長! ですね。色々焼かれて行きましたんでぇ、もうほとんど残ってなかったんですけどね」
ファブリシオが抱えていた紙束をごそごそと広げてゆく。
ぐちゃぐちゃとした、傍目には何が書かれているか判然としないそれらをうっとりと眺めまわした。
「勝手に取ったメモとか、盗んだ設計とか、パクったので焼かれなかった本とか。あと私の発案した機体設計とかもいっぱいありましてぇ!」
「お、おう」
「へへ、へへへ……今度は私のォ好きに作らせてもらえるんですよねぇ?」
「工房にゃこんなのしかいないんで?」
「嘆くな、私は諦めている。ただ確かな結果で応えよ。結果を出せなければ首を挿げ替えるまで……そして」
カルリトスの鋭い視線がファブリシオの弛んだ身体を射抜いた。
「裏切ろうものなら、必ずや黒騎士に踏み潰させる。肝に銘じておけ」
「ヒィッ! もちろん誠心誠意、全身全霊を以て陛下のご期待に応えてみせますぅぅぅ」
ふてぶてしくも自信に満ちたオラシオのほうが扱いやすかったかもしれない。
だが仕方のないことだ。何事も常に万全の体制で臨めるわけではない。
加えて言えば、新たなことを始める時には何かと金が要り用になる。
「マルドネス卿。貴卿の持ち帰った戦果、使わせてもらうぞ」
「へぇ。新しい刃になるんでしたらこれ以上の喜びはないってもんで」
グスターボが一も二もなく頷いた。
最初からこうなっていれば、彼もわざわざカルリトスを担ぎ出しては来なかっただろうに。
カルリトスが立ち上がる。
「征くぞ諸君。まずは奪われた領土を取り返す。この国が再び大国と呼ばれるのはおそらく私の次か、そのさらに次代となるだろう。だが今踏み出さねばそれだけ結果も遠くなる。微睡んでいる猶予は我らには許されていない。敗北を雪ぐため、この身朽ちるまで進み続ける。それこそが余に課せられた使命である!」
黒顎騎士団があげた同意の怒号が城を揺らす。
グスターボはその光景に、かつて西方を震撼させた大戦の始まりを重ねていた。
「ああ善いねぇ。善い。俺好みだァ。やっぱギラついてねぇと錆びついちまう」
落日の大国と呼ばれていたジャロウデク王国は、その日を境に変化し始めた。
前線を支えていた傷だらけの騎士はいつの間にか姿を消し、代わりに真新しい漆黒の鎧をまとった幻晶騎士が現れ出す。
彼らは単に強力のみならず執念じみた熱意をもって戦い、わずかずつ奪われた領土を獲り返し始めた。
そうして騒々しい気配が続く
天を翔ける一頭の“龍”の出現である――。
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