#208 祭りの後
部屋に抑えた泣き声が響く。
膝に顔を
「アディ、元気を出してください」
「だって……」
くるりと頭をあげた彼女は瞳に大粒の涙をためていた。
「だってエ゛ル゛く゛~゛ん゛! マガツイカルガニシキ~! 盗られちゃったんだよ~!!」
「うーん。逃がしてしまいましたねぇ」
ここはライヒアラにあるエチェバルリア家、
もはやいつものごとくといった風にベッドの上で膝枕されながら、
「撃破寸前まではいったのです。ここは“
「敵を褒めてどーするの! 褒めるなら私!」
「はいはい。若旦那の案内ありがとうございました」
やんわりと頭を撫でられ束の間満足げな表情を浮かべていたアディだったが、いやそうではないと思いなおす。
「イカルガは銀鳳騎士団の皆で作ったんだよ! 奪って暴れ回って挙げ句飛んでって! そんなの絶対許せないし!」
「そう、ですね。騎士団の皆には申し訳ないことをしました。イカルガは旗騎。皆の想いの結晶でもありましたから」
「……それに。シーちゃんはエル君にもらったのに!」
エルはやんわりとした笑みを浮かべたままアディの手を握る。
「作り直すだけならばできますが、言いたいことはそうではないのでしょう?」
「とーぜん!」
銀鳳騎士団が誇る鍛冶師隊に頼めば、寸分違わず同じ機体を作ることだってできるだろう。
だがそれでは“違う”のだ。
エルネスティが贈ってくれた機体はこの世にひとつしかない。
「あの様子ではそのまま取り戻すのも難しい。やはり一度、完膚なきまでに破砕する必要がありますね。それから改めて贈るということでどうでしょうか」
「それならまー、いいかな」
膝の上でごろごろしていたアディがふとエルを見上げる。
「そういうエル君はどーなの。そもそもエル君の乗騎だし。大事な相棒なんだよね」
「もちろん。だからこそ受け止めねばならなかったのです」
「?」
「マガツイカルガニシキが動き出したのはウーゼルさんの意思だけではありません。魔法生物とつながることでイカルガ自身に意思が芽生え、僕に挑んできたのです。愛機のわがままを聞くのは製作者の務めでしょう」
「うーんいつもながらよくわかんない」
彼の様子を見れば迷いがないことだけはよくわかった。
落ち込んでもいなければ悔やんでもいない。
既に進むべき次を見据えている、いつも通りの彼がいる。
「全力で挑まれたからには全力で叩き潰します。もちろんこのまま逃がしておきはしません。陛下に追撃を願い出るつもりではあるのですが」
「あっ。ウーゼル……さんが巻き込まれたし。陛下はどうするのかな」
これがただイカルガだけの問題であれば話はもう少し簡単だった。
第一王子ウーゼル、彼が関わっていることが事件の落としどころを難しくしている。
「これから皆で話し合いになります。大丈夫ですよ、アディ。僕はこのまま終わらせるつもりはありませんし、だからと陛下の想いを蔑ろにするつもりもありませんから」
その蒼い瞳を覗き込んでアディは安堵を抱く。
如何なる艱難辛苦を前にしても決して諦めず進み続けてきた、エルネスティの“熱”がそこに灯っていたのだから。
王都カンカネンの象徴ともいえる王城、シュレベール城。
質実剛健ながら壮麗な城は今、破壊の後も生々しい無惨な姿をさらしていた。
補修作業のために
謁見の間へと続く通路まで作業の喧騒が響いてきた。
足元からの振動を感じてディートリヒは立ち止まる。
「ううむ。なんとも面倒なことになったねぇ」
「いまさら怖じ気づいたのか、ディー」
隣を歩いていたエドガーも立ち止まり、振り返った。
「お前は手助けに入っただけだから気楽だろうが。我々は当事者であり、ある意味で原因でもある。それでどういう方針なんだい? 大団長よ」
問いかけられ、先頭を歩いていたエルネスティが首を傾げる。
「まずは陛下のお考えを聞かなければ始まりません」
「それはそうだがね。相手が相手で事がコトだ。今回ばかりはあまり面白くない結果になるかもしれないだろう」
「それも含め、イカルガの不始末は製作者の責任ですから」
彼らは国王からの招集命令をうけて王城へとやってきた。
この後何の話になるかなど考える間でもない。
「納得はいかないね。暴れたのはあちらで、しかもイカルガに汚点をつけられたも同然だ」
「俺は最初からいたわけではないが。どうあれ王族を巻き込んでしまったのではな」
ディートリヒの憤りを理解できないわけではないが、エドガーは頷くこともできなかった。
「もしも、あれが居たことで責任を問われるならば。……旗に続き銀の鳳までも引き裂くというのなら」
ディートリヒの視線に力がこもる。
「ひと暴れが必要ならば、一声くれたまえよ。即座に応えてみせよう」
「おいディー……」
顔をしかめたエドガーはしかし、ディートリヒの目が笑っていないことに気付いて黙る。
彼は本気だ。
エルネスティは変わらぬ笑みを浮かべたまま口を開く。
「ひとつだけ言っておきたいことがあります」
「何でも。大団長よ」
「僕を思い通りに動かそうとは、しないでくださいね」
「い、いやっ。そういう意味では……」
思わぬ反論に慌てるディーを微笑みで黙らせて。
「今回の事件に何を思い、どのような覚悟を抱くかはそれぞれに任せます。ですがここにはイカルガの意思が深く関わっている。それを無視して何がロボ好きですか。ゆえに銀鳳騎士団は正々堂々、正面からお話に応じます」
エルの意思の固さなど今更確かめるまでもない。
ディートリヒは溜め息と共に全身の力を抜いて両手をあげた。
「……すまなかった。降参だ。君の進む道を邪魔することは決してないと誓おう」
「わかっていただけて幸いです」
隣で聞いていたエドガーが躊躇いがちに口を開く。
「エルネスティにそれほどの覚悟があったとは、少し驚いている。正直いつも……好き勝手にやっているとばかり思っていた」
「いざという時に自分でケリをつけられない自由などただの野放図です。僕は自身と、僕の
そのエルネスティの意思こそが、放埓に見えた銀鳳騎士団を律していたものなのだろう。
率いる者の思想は集団に大きく影響する。
いまやそれぞれに騎士団の長となった二人には、その感覚がよく理解できた。
「そろそろ行きましょう。陛下がお待ちです」
歩き出したエルの後を、頷きあったディーとエドガーが追ってゆく。
やがて謁見の間への入り口が見えてきた。
謁見の間には国王リオタムス、第二王子エムリスと先代国王アンブロシウスの姿があった。
大勢が入ることのできる部屋に観客はおらずがらんとしている。
近衛騎士の姿すらない念の入りようだった。
「来たか。これよりおこなう話は非常に機密性の高い内容が含まれるゆえ、この場は我ら以外の立ち入りを禁じている」
「御意に」
三人が礼の姿勢をとるのを見たリオタムスが挨拶もそこそこに本題を切り出した。
余人を交えない場であればこそである。
「呼び出したのは他でもない、先日の事件についてだ。大まかな事情はエムリスより既に聞き及んでいる。その上で問おう……銀鳳騎士団団長、エルネスティ・エチェバルリアよ」
「はい」
「イカルガに潜んでいた“魔法生物”なる魔獣によって乗り込んだ第一王子ウーゼルが取り込まれた。その後、ウーゼルはイカルガを操り王都を襲撃。騎士団との交戦により一旦は撃墜するも何らかの変異を果たし飛び去った……ここまででお前の認識と相違はあるか」
「ございません」
リオタムスとエルが頷きあう。
国王が表情をわずかに硬くした。本題はこれからだ。
「そしてウーゼルがイカルガに乗り込んだのは……当人の希望であったと聞いている」
「はっ。ウーゼル殿下よりその旨申し付かり、騎操士として僕が承知いたしました」
「エムリスよ。相違はないな」
「その通りだ。兄う……ウーゼルはイカルガが冠する“最強”の二つ名にいたく興味を惹かれていたようだった」
エムリスが頷くのを確かめ、国王は深く息を吐いて。
「で、あるならば。エルネスティ、そして銀鳳騎士団へと命ずる」
「なんなりと」
「これより空飛ぶ大地に関わった全ての
「はっ! お任せください」
勢いよく答えるエル。
しかしそこから沈黙が続いて首を傾げる。
「……それだけでしょうか?」
「どういうことかな」
「陛下。おそれながら“魔法生物”の排除などごく当然のことです。それよりも僕は何らかの処分があるものと考えておりました」
そう考えていたのはエルだけではない。
エドガーが密かに睨み、ディーが目をそらした。
「処分か。理由は何と?」
「魔法生物の侵入を許したのはまったく僕の不明の致すところです。そうしてイカルガは僕がこの手で生み出した機体、不始末の責は当然あるものと」
まっすぐすぎるエルに、リオタムスは思わず笑ってしまいそうになるのを堪えていた。
「自分から処分を望むとは妙な話だ。とはいえ、そのあたりは我々もよく考えてな」
アンブロシウスとエムリスが頷く。
「納得がいかぬというなら少し順を追って話すとしよう。まず此度の事件、“魔法生物”なる魔獣が真なる原因であることに疑いはない。つまるところ、そもそもこれは“魔獣災害”。ならばその責を人に問う法など、我が国にはない」
フレメヴィーラ王国の歴史とは魔獣との戦いの歴史でもある。
魔獣とは常に外側からの脅威であり、これに抗うことは絶対的な是とされてきた。
そのために魔獣がもたらした被害の責任を人に向けて問うことは、基本的におこなわれない。
例えばこれが“
ただその場合も罪の主体は“呪餌”を使用したという点に対するものになるだろう。
「お前の落ち度というならば魔法生物を国内に持ち込んだ事が相当するであろうか。しかしそれこそ意図せぬこと。何せ姿は見えず、動きもなかったものであろう」
実際に“魔法生物”が出現するまで、誰一人としてそんなものが潜んでいるなどと想像すらしなかった。
気付かなかったというならばエルだけではないことになる。
「そして最後の問題となるのが我が息子、ウーゼルが巻き込まれ、あまつさえ王城への攻撃に至ったこと」
リオタムスの表情が曇った。
何回考えても胸の重しが取れることはない。
「確かに“魔法生物”という予想外の要因があったにせよ。あれを突き動かし、憎しみの化身と成さしめた原因は他でもない、この私だ。父として国王としての至らなさがあれには重圧となっていた」
「陛下……」
「そこから目を逸らし、お前に怒りを向けることもできよう。しかしそれでは父親としてあまりにも不甲斐ない。この上なおも恥の上塗りはできんな」
そうしてリオタムスは深い溜め息をついた。
まだ気の重くなる理由は残っている。
「最後の決め手は、また別の理由からウーゼルのことを公にするわけにはいかなくなったこと。ゆえにこれをもってお前の責とすることはない」
「ウーゼル殿下が……。いったいどのような」
「何も、我らの外聞や保身を考えてのことではないぞ。最大の問題は、人に憑りつく魔獣がいたという事に尽きる」
この国の魔獣と人との対立関係はお互いがはっきり区別できるからこそ安定していた。
もしもそこに“魔獣に憑りつかれた人間”が現れたらどうなるか。
最悪の場合、誰かが憑りつかれたかもしれないなどと根も葉もない犯人探しが始まってしまう恐れすらある。
それは魔法生物そのものの脅威よりもずっと深刻だった。
「この情報の扱いには慎重を期さねばならぬ。お前たちをはじめとした全団員について、これより一切の他言を無用とする。そう心得よ」
「承知いたしました。しかし陛下、戦闘は王都上空でおこなわれており、交わされた会話のいくらかは既に漏れていると考えるべきです。そちらはいかがいたしましょう」
幻晶騎士には通信機能はなく、会話は全て拡声器をもっておこなわれる。
戦闘の騒音もあり全て鮮明に聞かれているということもないだろうが、少なくとも何かを言い交わしていたことは明らかなのだった。
「もちろん王都の民を落ち着かせるため、これより事件のあらましを告げるつもりだ」
リオタムスは傍らの書類を手に取るとひとつずつ読み上げた。
「内容は以下の通り。
大筋において事実をそのまま公開しているといってよい。
ただしウーゼルの名前だけが掻き消えている。
嘘はついていない、関係のない情報が省かれているだけというわけだ。
「そのうちに
事情通を通じて秘密めいて伝わってきた噂は話の信憑性を高め、聞く者に満足を与える。
満足したものは闇雲な追及をしなくなり、かくして最も大事な情報は守られる。
「承知いたしました。徒に混乱を招くつもりは僕たちにもありません。陛下のお考えを聞かせていただきありがとうございます」
エルネスティが納得したところで今度はリオタムスから問いかけた。
「ひとつだけ、お前の考えを聞かせてほしい」
「なんなりと」
「あれから何度も考えるのだ。なぜ、ウーゼルだったのかと」
「……それは」
なぜ、何故。
おそらくリオタムスは明確な答えを求めているわけではなく、しかし問わずにはいられなかったのだろう。
珍しいことにエルはしばらく迷い言い淀んでいたが、やがて意を決してまっすぐに国王を見た。
「国許に戻ってより、イカルガに触れた者は僕をはじめ妻や整備のための人員などそれなりの人数に上ります。ですが誰一人として“魔法生物”の影響を受けてはおりません。にも拘らずウーゼル様だけが捕まった理由。それはおそらく……弱っておられたから」
やはりか。国王の顔に浮かんだ表情ははっきりとそう読めた。
「僕の知る“魔法生物”とは天候を操るほどの絶対的な強者でした。たかが人間を選り好みする必要などあるとは思えません。しかしやらざるを得なかった、つまり侵入した“魔法生物”は極めて小さな欠片といったものだと思われます」
「それすら抵抗できなかったということか……」
もしもウーゼルが弱ってなどいなければ、そもそもイカルガに乗りたがることはなかったかもしれない。
リオタムスは脳裏をよぎった益体もない想像を頭を振って追い出した。
「ウーゼルは先の長くはない身体であった。あれを看取ることは、もう覚悟のできていたこと。しかしそれは人としてあるべき最期を迎えるということだ。断じて魔獣に堕すことではない」
それには全員が揃って頷いた。
「エルネスティよ。これは銀鳳騎士団への命令であり、同時に一人の父親としての頼みでもある。ウーゼルであったものを完全に葬り去ってはくれんか」
「御意。我ら銀鳳騎士団にお任せください。我らの奪われた旗騎イカルガを。陛下の命に従い“ウーゼル殿下のご遺体”と共に、魔獣の手より見事奪還して御覧に入れます!!」
エルネスティが騎士の礼をとり、ディートリヒとエドガーが続く。
銀の鳳が動き出す。
彼方へと飛び去ったかつての“旗”を目指し、今までにない熱意でもって突き進む。
だが事態は彼らの思ってもみない方向へと進んでゆくことになる。
これよりしばらくの後、
【後書き】
苦楽を共にした愛機は魔獣と変じ空に消えた。
新たな銘を送った“彼”の前途に思いを馳せる時、胸中を過るのは再戦への高揚とほんの少しの寂しさ。
縁の繋がる限り征かなければならないとしても、まずは身嗜みを整えるのがロボ野郎としての礼儀というもの。
次章、Knight's & Magic第12章。
「西方龍追祭編」
かつての
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます