#193 これが伝説に――

 雨が降る。

 空は黒雲に覆い尽くされ、荒々しい風が雨粒を叩きつけてくる。


 西方諸国オクシデンツ南部。

 普段は穏やかな気候が多いこの地域にて突如として謎の嵐が発生。

 勢力を増してゆく中で、人々はその奇妙な存在に気付いた。


「あれは……いったいなんだ?」


 空に浮かぶ巨大な大地。

 奇妙で恐ろしい塊の中心には、天へと向けて伸びる謎の光の柱がある。


 日の光が遮られ、黒々とした影となった巨大な大地がゆっくりと空を横切ってゆく。

 さらには嵐そのものがまるで謎の大地に付き従うかのように移動していた。


 未だかつて目にしたことのない異様な光景。

 人々になす術はなく、ただ門戸を閉ざし異常が過ぎ去ることを祈るのみ。


 ――やがて彼らは知ることになる。

 それが伝説の始まりであったことを。




 火が灯る。


 魔竜鬼神ウルトラキシングレートの主推進器たるマギジェットスラスタが起動し、その巨躯を震わせた。

 空飛ぶ大地から離れる動きは終わり、まっすぐ黒雲の中心部へと進路を取る。


「全源素浮揚器エーテリックレビテータ、エーテル濃度を最大に!」

「そーれ!」


 各騎体に積まれた源素浮揚器へと純粋なエーテルが供給され、強力な浮揚力場レビテートフィールドを形成する。

 魔竜鬼神に竜闘騎ドラッヒェンカバレリ空戦仕様機ウィンジーネスタイルの集合体という超重量の物体を空へと持ち上げ始めた。


「上昇姿勢確保!」


 魔竜鬼神が機首を上へと持ち上げる。

 目指す先は遥かな高み。

 イカルガの操縦席に収まったエルネスティエルは口元の笑みを深くする。


 計器を睨んでいたオラシオから上擦った声が届いた。


「そろそろだ……第一目標高度突破。浮揚器の上昇限界が来る! 浮揚力場が減衰をはじめんぞ!」

「いきますよ! 全員、加速に備えてください。舌を噛んでも知りませんからね!」

「わ、わぁってるよ!」

「やれやれ騒がしいことだ……」


 オラシオが慌てて船長席へと自身を縛り付けている固定を確認する。

 小王オベロンはもとより“魔王”の内部で強固に固定されているため問題ない。

 エルとアデルトルートアディは何があってもだいたい問題にならない。


 そもそも搭乗者は機体の強化魔法によって保護されているものだが、これからおこなおうとしていることはその範疇を逸脱しかねないものだった。


「全騎推力最大! 突撃チャージします!!」


 “魔王”の能力である“囁きの詩ウィスパードソング”を応用した多数の無人騎操作。

 前代未聞の無茶を事のついでに成し遂げながら、エルは全騎に命を下した。


 全てのマギジェットスラスタが一斉に眩い光を吐き出す。


 源素浮揚器はエーテルを利用する関係上、上昇できる高度に限界がある。

 それ以上の高さを望むとなれば後は推力に全てを託すしかない。


 彗星のごとくの炎の尾を曳きながら竜が天へと昇ってゆく。

 後先を考えない強引な加速。

 オラシオが歯を食いしばり、小王ですら表情をゆがめた。

 アディもまた操縦席にしっかりとしがみついている。


 ただ一人、エルだけが獰猛な笑みを絶やすことなく猛り狂っていた。


「エ……ルネス……ティ! いま、だ……源素過給機エーテルチャージャーを……最大に!!」

「わかりました! いきます!」


 “源素過給機エーテルチャージャー”――それは竜闘騎に搭載された特殊機能である。


 かつてオラシオが開発した魔力転換炉エーテルリアクタへのエーテル供給機能である“源素供給機エーテルサプライヤ”の改良品であり、その機能は炉へ取り込まれる大気中のエーテルを微増させるというものだった。

 これは源素供給機が炉の急激な劣化を招いたことへの対策であり、負荷を抑えながら魔力流量を増やすことを可能としていた――しかし。


 ごく当然のように、エルはその制限リミッターを完全に取り払っている。

 高純度のエーテルを流し込まれ、竜闘騎が生み出す魔力量が激増する。

 代償として炉は急激に劣化してゆくが何ひとつとして問題はない。

 何故なら――。


「竜闘騎群、超過駆動エクシードドライブ!」


 マギジェットスラスタが、その許容限界を超えて駆動される。

 流れ込む魔力はまるで濁流。

 生み出される爆炎はすでに安全のはるか外にあり、推進器が耐えかねて赤熱を始める。


 竜闘騎が赤い輝きを放ち、薄い煙を背後に引きだした。


「第二目標高度突破! もうやべぇぞ!」


 全て計算ずくのことである。

 オラシオの焦りを含んだ声とは対照的に、エルはほんの一瞬だけ静かに目を伏せた。


「ここまでありがとう……竜闘騎切り離します!」


 強化魔法による固定を停止、同時に竜闘騎が竜脚を離す。


 魔竜鬼神を中心として散るように竜闘騎が離れてゆく。

 最期まで命令に従った竜闘騎だったがマギジェットスラスタが耐久限界を超えて暴走。

 自ら生み出した爆炎に飲み込まれて砕け散っていった。


 小飛竜たちの献身は魔竜鬼神をさらなる高みへと導いていた。

 幾層もの雲を突き抜けさらに、さらに果てへと。


「第二段階! 空戦仕様機、超過駆動に入ります!」


 第二幕の主役は飛翔騎士たちである。

 推力を限界以上まで高め、全騎で魔竜鬼神を支えるようにして昇り続ける。


 やがて空の色が変わりはじめた。

 どこまでも蒼かった空が暗闇をのぞかせてゆく。


「第三……目標高度突破!」


 そうして飛翔騎士たちの限界が来た。

 機体を赤熱させ、耐えきれず剥離する装甲を飛び散らせながらも魔竜鬼神を支え続けた騎体モノたち。


「……切り離します!」


 エルは祈り、最後の命令を下した。

 飛翔騎士たちが一斉に離れてゆく。

 それらはやはり限界の一歩手前にあり、離れた直後に爆散して消えた。


「飛翔騎士がぁ……!」

「想ってもいい。ですが振り返っては駄目です、アディ。機械かれらはその限界まで力を振り絞って完璧に要求に応えてくれた。ならば次は僕たちの番です!!」

「……うん!」


 全ての無人機が離れ、エルの演算能力が解放される。

 魔竜鬼神の隅々までを暴力的な演算能力によって制圧し、課せられた制約リミッターの全てを開放していった。


「最終加速……! 魔竜鬼神! 征きます!!」


 多数の尊い犠牲によって、魔竜鬼神のマギジェットスラスタは最後の最後まで温存され続けた。

 それを今、限界を超えて駆動する。


「ひぎぐぅ……おごぉ!?」

「何とい……う! 力だ!」


 今までとは一味違う加速が搭乗者たちへと襲い掛かる。

 強化魔法を適用してさえ抗いきれない圧力。身体の芯が嫌な音を立てた気がした。


 忍耐の時間はそう長くは続かない。

 何故なら、このような酷使を続ければすぐにマギジェットスラスタが限界を迎えるからだ。


「きた……来た! キタ! きたぞぉぉぉ! エルネスティ! 目標高度到達! 周囲のエーテル濃度が反転してる! ここはもうエーテルの空だ!」


 伝声管からオラシオの歓声が響く。


 辿り着いた。

 目標高度。濃密なエーテルによって満たされた場所。

 源素浮揚器はとうに何の役にも立たず、魔竜鬼神は推力だけでここまで昇りつめた。


「推進器を通常状態へと移行します! 徐々に機首が下がりますよ!」


 浮揚力場の助けを得られないこの高度では、推力を戻してしまえばいずれ落ちるのみである。

 魔竜鬼神は空力的に飛行できる形状をしていない。


 事前に綿密な計算をおこなっており、速度が落ちて落下に移るまでにまだ幾ばくかの猶予がある。

 その間に次の段階へと進まねばならない――。


 その時、オラシオは見てしまった。

 頭上に広がるその景色を。


「あれが……“果て”。……“真空”の姿なのか……!?」


 そこに在ったのはどこまでも深く闇に包まれた空。

 底なしの黒の中に流れるように、淡い光の帯が幾層もたなびいてきた。


 それは極光オーロラと呼ばれる自然現象に近いものであった。

 だがただの極光ではありえない。

 何故なら本来の極光とは天体の極域付近でのみ見られる現象だからである。

 おそらくはこれもエーテルの作用によるもの。


 虹色の光の帯に誘われ、オラシオの意識が天まで昇り詰める。


「はは、ははは……美しいぞ……いい、俺たちを歓迎しているんだな……!」


 しかし目くるめく景色は唐突に過ぎ去っていった。

 後には昏く深い闇だけが広がる。


 オラシオは慌てて身を乗り出そうと固定を外しにかかり。


「もう少し、もう少しだけ見せてくれ!」

「オラシオさん! 落ち着いてください、作戦の途中です!」

「だから何だ! あと少し、あと少しなんだよ……!」

「おい、鍛冶師! 気をそらすな、ハルピュイアの命運がかかっているのだぞ! エルネスティ君に続き、貴様まで往くんじゃあないよ!」

「……小王?」


 周囲からの注意も耳に入らない。

 既に錯乱の域に片足を突っ込んでいたオラシオの胸倉を、冷ややかな声音が掴む。


「お忘れなのですか。ここに来るまでにどれほどの犠牲を費やしたかを。機械メカたちが稼いだ貴重な時を浪費するなど、この僕が許しませんよ」

「……ッ」


 舞い上がり切っていたオラシオが思わず正気に返るほど、それは鋭利な声だった。


 そうだ、少なくともオラシオ一人の力で辿り着いたわけではない。

 人類史上最強の力を結集し、人類史上最高の乗り手が集い、なお数々の犠牲を積み上げてようやく指の先で触れることのできた場所である。


「ふぅ……帰ってくる……俺は必ずここに帰って来るからな! そうしてさらなる果てへと辿り着く!」


 そう、また来ればいい。今度は己の力で成し遂げてだ。

 オラシオは決意し、すぐさま制御盤へと飛びついた。


「おいエルネスティ! いますぐ飛竜戦艦フネの制御をこっちに戻せ! こっからは俺がやる!」

「……承知しました。その意気ですよ!」


 もはや魔竜鬼神は落下へのわずかな時間を浮かんでいるに過ぎない。

 複雑な操縦の必要はほとんどなかった。


「ではいきますよ。“嵐の衣ストームコート”一部停止!」

「よし来たァ! 魔力転換炉全開! お前たち、やれ! やれ! やれぇ!!」


 オラシオは騎操士ナイトランナーではない。

 機体を手足のごとく“操縦”して戦うことはできないが、“操作”するだけであればその技術は人後に落ちない。

 何故なら彼ほどに飛竜戦艦を知悉している人物は他にいないからである。


 神速の操作によって飛竜戦艦の最後の機能が目を覚ます。


 これまでは機体の周囲を保護していた“嵐の衣”が緩んだことにより、飛竜戦艦の吸気口が濃密なエーテルの空へと向けて晒された。


 飛竜戦艦に搭載された命のうち十二――法撃戦仕様機ウィザードスタイルが濃いエーテルの大気を吸い込み始める。

 当然そんなことをすれば魔力転換炉の寿命を著しく削ってしまう。

 大きな代償を払いながら莫大な魔力を取り出し、そうして再変換することで大量のエーテルを集めていった。


「魔力転換炉の劣化率が馬鹿みてぇに上がってゆくな! だがエーテルの抽出は順調、むしろ想定をはるかに超える!! こりゃ俺たちはエーテルに浸かっているようなもんだぜ!」

「外気に触れたら即死ものですね。エーテルは十分……では開放型源素浮揚器エーテルリングジェネレータを起動します!」


 飛竜戦艦が命を懸けて抽出したエーテルを、開放型源素浮揚器によって保持する。


 魔竜鬼神の周囲に虹色の円環が生み出された。

 莫大なエーテルを流し込まれた円環は機体の大きさを超えてなお広がってゆく。


「第一円環に続き、さらに多重展開!!」


 生み出された円環はひとつではない。

 幾重にも幾重にも。虹色の円環が重なりながら広がってゆく。


 その全てに大量のエーテルが籠められた円環は、ついに空飛ぶ大地の範囲すら超えて広がり始めた――。




 人々は揃って天を見上げていた。


 嵐を従え空を横切る謎の大地。

 それは徐々に速度を増しながら西方の地をなめるように荒らしてゆく。


 雨が大地を打ち、風が吹き飛ばす。

 突然の天変地異に皆が震える中、その奇跡は顕現した。


 西方諸国を覆い尽くさんとしていた黒雲を透かし、虹色の光が降り注ぐ。

 天に幾重も描かれた輪が世界を照らし空を塗り替えようとしていた。


 未だ黒雲は渦を巻き風雨は地上を荒らし続けている。

 されど人々は感じていた。最終の時が近づいていると。


 彼らが固唾をのんで見守る中、やがて円環は収縮を始め――。




 計器にしがみつきながらオラシオは目を白黒させていた。


「す……すげぇ浮揚力場だ……。こんなエーテルだらけの場所で力場が安定を始めたぞ! 冗談かよ! この調子だと先に最果てまでぶっ飛んでっちまいそうだな! 逝くか!」

「ええい貴様、まだ言うか!」

「それはそれで興味深いところですが、そこまで機体がもたないかと」

「そんな変なところ行きたくなーい」

「なんだと!?」


 飛竜戦艦が汲み上げ、開放型源素浮揚器が作り出した虹色の円環。

 それはもはや台風そのものよりも広がるほどに成長していた。


「エーテルの吸入量が落ちてやがる。炉がもう限界だな……」


 当然、それだけのエーテルを吸い込んだ炉は死に瀕している。

 飛竜戦艦が備える十三の命のうち十二までが燃え尽きてゆく。


 間もなく魔力転換炉は劣化しきり、その命の詩を止めていった。


「魔力出力停止!! 全ての炉が死に絶えた! はは、はははちくしょう! これで飛竜はお終いだ!」

「まだ終わりではありません! マガツイカルガニシキ、出番です。陸の皇の力、魅せてさしあげなさい!!」


 エルの操縦を受けて、マガツイカルガニシキの主動力炉である“皇之心臓ベヘモス・ハート”が咆哮した。

 史上最悪の大喰らいであるこの機体イカルガを支えきる出力をもってして、飛竜戦艦の躯体を強引に維持する。


「はぁー。本当、とんでもないことをしやがるぜ」

「これほどの魔力をねぇ。それは“魔王”も苦戦するというものだよ」

「さすがに長くはもちませんけれどね」


 どちらかというと単体の幻晶騎士シルエットナイトの出力で飛竜戦艦を支えきっている時点で色々とおかしいのである。

 とはいえ強引さは否めず、長時間の維持は困難であった。


「強化魔法の範囲を書き換えます。駆動部と魔導兵装シルエットアームズを中心に保護して、魔力を使い果たした装甲はこの際二の次ですね!」


 魔力の無駄を節約するため、強化する個所を容赦なく絞り込んでゆく。

 そうして強化魔法の加護を失い、魔力貯蓄量マナ・プールすら尽きた蓄魔力式装甲キャパシティブレームが次々と剥がれていった。


「ふぃぃ。中枢が無事とはいえ船体はボロボロだな。こんどはこっちが屍竜になっちまったか」

「えっ見たい……ではなく。そろそろ源素晶石の生成にかかります。でもちょっとだけ見たい……」

「エル君。イカルガ切り離しちゃダメだよ? 飛竜崩れちゃうから」

「わか……って……いますよ?」

「本当だろうね……? ここにきて失敗などして、君を殺す理由を増やさないでくれたまえよ。既にうんざりするほどあるのだから」


 一抹の不安を乗せながら魔竜鬼神は漂い、やがて眼下に“それ”を見つけ出す。


 一面に広がる渦巻く雲。

 果てしない大きさへと成長した台風――その中心にぽっかりと開いた穴、つまりは“台風の目”である。


「ほう。あそこに光の柱があるんだな」

「なるほど。自分自身を巻き込まないために風に渦を巻かせ、中心だけ無風としているわけだ。なかなかよく練られた魔法術式スクリプトであるね」

「“魔法生物”が何を考えているかはわかりません。ですが結果的にこれが唯一の突破口になりましたね」

「突破口というか、突入口だよねー」


 浮揚力場に支えられた魔竜鬼神が、ついに“台風の目”の真上へとたどり着いた。


「最終目標地点まできたぞぉ!!」

「仕上げに入ります。アディ、小王、準備はいいですね?」

「バッチリだよエル君!」

「いつなりと。さっさと終わらせようではないか」

「では……全エーテルを収束させます!! 皆で演算開始!」


 エルネスティが、アデルトルートが、小王が同時にひとつの魔法術式を演算する。


 大地ひとつを覆い尽くすほどに成長したエーテルの円盤を一点へと集める――。

 それ自体がちょっとした天変地異になりそうな超規模魔法現象を、強引に演算能力で乗り越える。


 如何せんここは実装が間に合わなかった。

 そのために人力で突破すべく、最強最大の魔法能力の持ち主を集めざるを得なかったのである。


 飛竜の命と引き換えに組み上げたエーテルを、改造された竜炎撃咆インシニレイトフレイムの内部へと収束させてゆく。


「……ッ……ぬぅッ!」

「ふぅ~ん……むぅッ!」

「ちょっと効率が甘いですね。少しだけ改良して、後はループで動かして……」


 異常なまでの圧力で収束させられたエーテルが変質をきたし始める。

 その瞬間を捉え、オラシオがとある機能を発動した。


「ほらよォ! 源素収束式竜撃咆エーテリックバスターランス! 刀身展張エクステンドだァ!!」


 改・竜炎撃咆級魔導兵装“源素収束式竜撃咆エーテリックバスターランス”。


 収束され今にも爆発しそうなエーテルへと最後の一押しを加える。

 瞬間、エーテルは結晶となり弾けた。


 気体状のエーテルから個体である源素晶石エーテライトへと変じ。

 機体内で発生した源素晶石が四方八方へと無差別に成長してゆく。


 それはもはや爆発。

 結晶の先端部が無数の棘となって飛竜戦艦の船体を貫いてゆく。

 船体の腹を食い破り、生成と膨張を続ける結晶は飛竜戦艦が抱えた源素晶石塊を飲み込み、さらに巨大となる。


 ほんのわずかな時間の後には、飛竜戦艦そのものを飲み込んだ超巨大な源素晶石塊が現出していた。


「ヒヒヒ! ッヒィ! あ、あぶねぇぇぇ! もう少しでこっちも巻き込まれるところだったぜ!」


 間一髪で船橋から竜騎士像ドラゴン・ヘッドへと退避したオラシオが汗を拭う。


 源素晶石の生成に伴い飛竜戦艦の船体が侵食されることまでは予想で来ていた。

 安全のために意図的に腹側を脆くしてあったが、それでも船橋は破壊に飲み込まれめちゃくちゃになったのである。


「おっと、落ち始めたな!」


 よろめくような一瞬の後、魔竜鬼神が落下を始める。

 エーテルを源素晶石化したことで浮揚力場が消失し、支えを失ったためである。


「小王! 最後の仕上げに入ります!! 姿勢制御を始めてください!!」


 魔竜鬼神を構成する機体のうち、飛竜戦艦はもはや全身くまなく死に絶えている。

 自身では落下姿勢を制御することすらままならない。


 これを適切な姿勢へと動かすのは残る二騎――マガツイカルガニシキと“魔王”の役目であった。


「推進器全開! 機首を真下へ向けます!」

「まっかせて! 目いっぱいでいっちゃえー!」

「大事な仕上げでしくじるんじゃあないよ! ケツがふらついているじゃないか!」


 飛竜を磔にした巨大な源素晶石塊が落下してゆく。

 その背に取り付いたマガツイカルガニシキが最大出力で推進器を駆動。

 鋭くとがった先端部を下へと向ける。

 同時に後方では“魔王”が暴れる根元を押さえていた。


 そうしてついに源素晶石で出来た巨大な刃が、切っ先を“魔法生物”へと向ける。


 進む先では光の柱が触腕を広げていた。

 その中心に湧き上がる“眼”と視線があった気がして、エルは叫ぶ。


「“魔法生物”……あなたに恨みはありませんが、これも世のため人のため! そして僕のイカルガのため!! 僕たちが世界を救うのです。だから今再びの眠りへと還りなさい!!」




 瞬間、人々は跪き祈った。

 何に対してかはそれぞれだが、何を願ったかは共通していた。

 ただ迫りくるこの恐ろしい災厄が終わりますようにと。


 ――そうして彼らは目撃する。


 天より降り来る一筋の流星。

 虹色の円環が集いて生まれた巨大な力。


 黒雲を斬り裂き嵐を食い散らかし、刃は無慈悲に落下を続け。

 光の柱を引き裂きながら突き刺さった――。

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