#178 最果て航路ですれ違い

 オラシオ・コジャーソは硬い表情のまま椅子に戻る。

 目を眇めたまま何回か眼鏡を拭いて戻し、ようやく口を開いた。


「なるほど。なぁるほどだ。どうやら俺としたことがぁ、少々急ぎすぎていたようだ。物事は仕上げにこそ丁寧さが必要だってのになぁ」


 眼鏡の奥で、異様な熱意を湛えた眼光が瞬く。

 先ほどまでの興奮とは異なる形の熱があり、まったく様子の変わることのないエルネスティエルとは対照的だった。


「条件を聞こうじゃないか。その話しぶりじゃあ、別に興味がないってわけでもないんだろう?」


 ほうと吐息を漏らしじっとエルを観察する。

 記憶から対象の情報を引き出し、検討し。はたと彼は手を打ち付けた。


「ああ……そうか、そういうことか。お前は騎士団を率いていると言っていたな! そういうことかぁ、失礼をしたよ。それだけの地位をぽんと投げ捨てるのは惜しい。そう考えても仕方がないことだ、理解ができる」


 ぱっと笑みを浮かべうんうんと頷く。


「だとしたら少しは我慢してもらわねぇといけないかもなぁ。ん、そういえばお前どこの国の者だ?」

「僕たちはフレメヴィーラ王国からやってきました」

「フレ……ヴィ? なんだって? さっぱり知らんなぁ。パーヴェルツィークと張り合っているわりに、えらく田舎の国なんだな」

西方諸国オクシデンツの端の端にあることは、否定しませんね」


 アデルトルートアディは黙ってエルを抱きしめている。

 エルの頭の上からじっとりと刺々しい視線が覗くが、当然オラシオの視界には入っていなかった。


「そんな田舎国で騎士団長なんぞ張っていても高が知れているだろう? 俺の今の雇い主、パーヴェルツィークのほうがずっといいぞ」

「それはつまり、生まれ故郷を捨てろと言うお誘いでしょうか?」

「……生まれ故郷だ? まさか生まれた場所ごときが俺たちの足を縛るとでも? おいおい違うだろう。俺たちが目指すべきはもっとずっと果てなく大きなものだ」


 エルは静かに微笑んだまま小さく首を傾げた。


「腐ったドブの底にあったとて果てを望むことはできるんだ。……だが悲しいかな、そのためには金が必要だ。目玉が飛び出るくらいのな!」

「そのために支援者パトロンを募ってきたと」

「そうとも! 回り道だが仕方がない、足場が必要になることだってある。幸いパーヴェルツィークは金払いがいいしなぁ」

飛空船レビテートシップ……飛竜戦艦リンドヴルムの機動力は、彼らにとっては垂涎と言えるでしょうしね」

「そうだ。おかげで俺はパーヴェルツィークではそれなりの立場にある。だからとお前をすぐに騎士団長に据えるなんてことはさすがに難しいかもしれんが……おお、そうだ!」


 名案を思い付いたと身を乗り出す。小さなエルの顔を覗き込み。


「騎士としても働きたいというならどうだ、お前が飛竜戦艦を動かしてみるってのは?」

「……僕が。騎操士ナイトランナーとしてということでしょうか」

「そうだ。まぁ今は天空騎士団ルフトリッターオルデン団長ボスが幅を利かせているんだが。なぁに、それくらいなら差し込めないこともないだろう」


 安請け合い気味だが十分な条件を示せたと、オラシオは腕を広げ口元に笑みを浮かべる。


「なるほど。せっかくのご提案ですが、ひとつ大きな欠点がありますね」

「なんだって? ほほう、そいつは是非とも聞かせてもらいたいねぇ」

「それでは僕は幻晶騎士シルエットナイトに乗れず、作れません」


 オラシオはふと動きを止め。ややあってから怪訝な様子で問いかけた。


「……なんだって?」

「断った理由はそもそも単純なものです。僕には僕の、一生涯を賭して追い求める趣味があります。ただただあなたの手伝いをして過ごすわけにはいかない。それだけの話なのです」


 エルの背後でアディがうんうん頷いていた。

 オラシオはいまいち納得がいかない様子で聞き返す。


「お前がそれだけ入れ込む趣味ってな、なんだ?」

幻晶騎士シルエットナイトです!」

「ああん?」

幻晶騎士ロボットを動かしたり戦ったり壊したり愛でたり作ったり改造したりするのが、僕の趣味です!」

「…………」


 沈黙はさらに長く、溜め息も劣らず長く。


「騎士ってのはこれだから……。だから飛竜戦艦か、他にも竜闘騎ドラッヒェンカバレリあたりがあるだろう。それのどこがダメだっていうんだ?」

「ダメですね。少なくともそれらは幻晶騎士ではありませんから」

「理解できないねぇ。そもそもだ、いったい幻晶騎士なんてなにがいいんだ? 西方諸国せかいを見ろ。どいつもこいつも俺の飛空船を求め、今も空は広がり続けている。皆が揃って上を向いている時に幻晶騎士なんぞいじって何になるってんだ」

「あっ」


 アディが思わず後ずさった。

 後ろにいる彼女からエルの表情は見えない。だが見たいとは思わなかった。

 エルネスティのどんな表情でも愛でる自信のある彼女ではあるが、今は数少ない例外だ。


「……それはとても、飛空船に強い自負がおありのようですね」


 注意深く聞かないとわからない、しかし確実に温度を下げた声音。

 微笑みの下から這い出た冷気がピシピシと氷柱を伸ばしてゆくようだ。


「当然、そも比べるところからして間違っているだろ! 地を這う重い鎧とはモノが違う、俺の船はいずれ果てまで辿り着くための乗り物だからなぁ」

「……ほう。しかし幻晶騎士とてやりようによっては空を飛べます。そのためのマギジェットスラスタですから。それにあなたのご自慢の飛竜戦艦だって、一度は幻晶騎士と戦い墜とされているのでは」


 途端、オラシオの表情が苦虫をかみつぶしたように変わる。


「……ずいぶん詳しいな。確かにそれは事実、だが試行錯誤の過程において失敗なんてつきものだ! そもそも果てを目指すわけでもなく、戦いでの勝ち負けなんて余事でしかない」


 もう一度眼鏡を拭いて戻した。


「そうだ。あの馬鹿でかい竜相手でもあるまいに、俺に言わせりゃあ飛竜戦艦が空で幻晶騎士なんぞに負けるたぁ乗り手がヘボだったとしか言いようがないがね」

「……乗り手の腕前は確かでしたよ」

「ああん?」

「(墜としたのはだいたいエル君なんだよねー)」


 全ての事情を知るアディは、ちょっと後ろから静かに会話を見守っていた。

 話の行く先についてはもはや心配していない。

 彼女にとってもはや結論は明白である。何しろオラシオは、あのエルの前で言ってしまったのだから。


「ええ。あなたのお考えはようく、ようくわかりました」


 エルの表情は不自然なほど笑みから変わらず。


「あなたは一流の鍛冶師であり技術者です。立場はどうあれそのわざには敬意を表しましょう。未知なる果てを目指す、そこに懸ける熱情も素晴らしいものです。ですが……」


 ごく当然のように告げる。


「お互いの求めるものが噛み合わない以上、共に歩むこともできません。だからお誘いはやはりお断りします」


 コツコツと眼鏡の弦を鳴らしていたオラシオは、やがて長く息を漏らし。


「ほう。つまり不首尾に終わったってことか。まったく趣味、趣味ねぇ……これだから人と話すのは面倒くさいんだ。見込みのある奴かと思ったが、その程度じゃあ仕方がない」


 眼鏡を上げるとさっさと立ち上がる。

 とくに未練もなく踵を返し。しかしふと振り返った。


「おい。幻晶騎士好きのあまり、飛竜戦艦を修復するのに手を抜いたりしないだろうな?」

「まさか、ご安心ください。王女殿下と約束したこともあります、修復には真摯に取り組みますとも」


 このように、と魔導演算機マギウスエンジンを示して見せる。

 その仕事ぶりが確かであることは先ほどオラシオ自身が確かめたところだった。


「そうかい。そいつぁ何よりだ」


 もはや相当に興味を失ったらしい。

 彼はぺったぺったと履物を下品に鳴らしながら、部屋より去っていったのであった。




 他国の人間であるエルたちは日が落ちる頃には作業を切り上げ帰ってゆく。

 パーヴェルツィーク王国の鍛冶師たちはそのまま夜遅くまで働くことになるのだろう、周囲には煌々と篝火が焚かれていた。


 “黄金の鬣ゴールデンメイン”号の中、割りてられた部屋に戻り一息つく。

 アディはするするとエルを抱きしめて。大人しく抱きしめられるエルの視線はどこか遠い。


「(あー、これはいつもの何か変なこと考えている顔だー)」


 ふにふにと頬を突っついてみる。


「エル君、さっきの人。放っておいていいの?」

「む。少々……いやかなり、相当、大変、非常に趣味がすれ違っていましたが、それはそれ。たとえ僕がいなくとも彼が研究を止めることはないでしょうし、だからこそそれでいいのです」

「あっコレけっこうダメなやつだ」


 エルの表情が笑みからまったく動かないのが逆に怖い。

 下手に突っついて怒りが自分の方を向くのは困る。突っついてよいのは柔らかい頬だけなのである。


「でも断っちゃったし、今度は敵になっちゃうかもねー」

「もしも本当に敵として立ちはだかるなら、その時は全力をもって叩き潰します……ただ誰がいつ敵となり味方であるかは時々です。今は僕たちが飛竜戦艦の修復を手伝っているようにね」

「むー。なんだか面倒くさーい」


 アディはやや面倒くさがりに分類されるだろうが、それとしてもフレメヴィーラ王国の人間はこうした関係を好まない傾向にある。

 なぜならかの国には絶対的な敵である魔獣が存在しているからだ。

 国許にいる限り、人同士は手を組むことが当然なのである。


「ふふーん。でもエル君が果てとか、変なところに行かなくてよかった!」

「いいえ。彼のいうところの“果て”は目指しますよ」


 しれっと返ってきた答えに、アディはしばしの沈黙を挟んだ。


「えー。さっきは手伝わないって……」

「はい。“彼の目的は”何一つとして絶対に手伝いません。だから彼より先に、僕が幻晶騎士で果てまで辿り着きますっ!」

「エル君?」

「ふふふ……船! 相手にとって不足はありません。僕の幻晶騎士の可能性は無限大なのです、多少の不利が何と言うこともありません! 必ずや果てまで辿り着き、旗でも立てて“お先に失礼”と書いて差し上げましょう!」

「あー、うん。そっかーこれはもう止まらないかなー」


 エルがやる気に燃えている。

 大地を走ることしかできなかった幻晶騎士を、マギジェットスラスタなんていう無茶苦茶な装置で空高くまでぶっ飛ばした彼である。

 果てがどれほど遠くとも、とてつもない力業で辿り着いてしまうのだろう。


「結局好きにしちゃうんだから。でもエル君が楽しそうだからいっか」


 既に色々なアイデアを並べ始めているエルを見て、あとは諦めたように抱きしめなおす。


「とはいえ生半可で辿り着ける場所ではありません。これから忙しくなりそうですね!」


 部屋にはエルの楽しそうな声だけがいつまでも響いていたのだった。




 くっきりと巨大な影を落としながら“黄金の鬣”号が降りて来る。

 飛空船としては標準よりやや大きめといったところだが、さすがに飛竜戦艦に並んでは小さく見えた。


「ふうむ。いよいよ接続か。出来具合はどうなんだ? 銀の長」


 船長席のエムリスが首を伸ばして窓の外の飛竜戦艦を睨みつける。

 傍らの一段下から紫銀色の頭が見上げてきた。


「機構としては仕上がっています。魔導演算機の変更も粗方終わっているので、あとは実際につなぎながらの調整ですね」

「さすがだな」


 短期間の突貫工事だったろうに、エムリスはその仕上がりには欠片も不安を抱いていない。

 何しろエルネスティが関わっている。その仕事ぶりは今更語るまでもないだろう。


 そんなエルだったが、少しだけ眉を下げていた。


「ただ少し問題がありまして。操縦系です」

「……飛竜側が全てを動かすということか」

「純粋な機能的の観点から言うと、推力の均衡が崩れるとまっすぐどころかまともに飛べません。操縦はやはり集中管理が望ましいのですけど」


 今度はエムリスが顔をしかめる番だった。


「俺たちの約束は“黄金の鬣”号が肩を貸す代わりに飛竜戦艦を分割するというものであって、まるごとくれてやろうというものではないはずだ。操縦をまるきり任せては意味がないんじゃないのか?」


 推進器だけを渡すのは論外として、さりとてパーヴェルツィーク王国の操船に従うだけではいったい何のための分割なのかとなる。

 腕を組んで考え込むエムリスに、エルがそっと囁いた。


「それには、僕に考えがあります。こうして……」


 ひっそりと耳元で告げられた案を聞いたエムリスが、額に手を当て天を仰いだ。


「……お前、やはり性格悪いだろう」

「心外です。これはとても真摯に問題の解決に取り組んだ結果なのです!」

「フッ、それもそうだな。ようしやってしまえ。後は任せろ、正面からぶつかってやる」


 エムリスはにぃっと口元を歪めてエルと笑い合い。

 そんな不穏極まる様子の二人を、船員たちは遠巻きに見守っていたのだった。



 かくして最終調整を終え、飛竜戦艦の新生は成った。


「……まさしく肩を組んで雪山を登る、だな」


 片翼だけが飛空船に置き換えられた姿は、少々バランスの悪い印象はぬぐえない。

 フリーデグントはすぐに気持ちを切り替える。


「いずれにせよ再び竜が舞うのは喜ばしいことだ」

「ハッ……。この余計な客人がいなければ、なお素晴らしいのですがな」


 天空騎士団竜騎士長、グスタフがすっと斜め下に視線を向ける。

 そこにあるちっこい頭が楽し気に振り向いた。


「修理の終わった機械というものはいつだって良いものです。癒やしの空気に満ちていますね!」

「こいつは何を言っているんだ……?」


 なぜか深呼吸をしているエルを騎士たちが遠巻きにしている。


 この奇妙な騎士団長とやらは、飛竜戦艦の修復状況について説明するといってやってきた。

 過日の会談でも異様な存在感をばらまいていたが、パーヴェルツィーク王国の勢力の中にたった一人で突っ込んでくる度胸は尋常のものではない。


 そして集まりの後ろではオラシオが大あくびをかましていた。


 周りの戸惑いを気にした様子もなく、フリーデグントが問いかける。

 悲しいかなエルの変人ぶりには慣れたものだった。


「エチェバルリア卿。修復は完全だと見てよいのか」

「はい! たださすがに操縦感覚までそのままとは言えませんので、その補佐と説明をします」

「ふむ。ではさっそく動かしてみるとしよう。グスタフよ」

「……御意」


 一行は飛竜戦艦に乗り込んでゆく。

 船橋の様子は特に変わりはない。

 しかし船長席に着いたフリーデグントは、そこに見たことのない装置を見つけ目を細めた。


「卿? これは……」

「飛竜戦艦を始動せよ。魔力転換炉エーテルリアクタ出力上げぇ!」


 その間にもグスタフが指示を下し、船員たちが飛竜戦艦の起動に取り掛かった。

 意気込んだ様子はすぐに悲鳴にとって代わる。


「馬鹿な! り、飛竜戦艦リンドヴルムの各機能が応答しません! 魔導演算機は沈黙、魔力転換炉始動せず!」

「なにを!? 直っていない……いや完全に壊れているではないか!?」


 目を見開いたグスタフが原因を探し求め。

 すぐにニコニコと癒やしを堪能していたエルに目を留めた。


「貴様ァ! いったい何をした!?」

「貴国との約束を履行いたしました」

「なに……ッ!?」

「飛竜戦艦を動かす権利を分割することを対価として、当方の飛空船を用いて修復する。間違いはありませんね」

「そっ、それは! だとしたら貴様こそ約束を違えている! 飛竜は動かないではないか!」


 グスタフは思わず掴みかかり。

 今の今まで隣にいたはずの小さな人影が、霞のように掻き消えた。


「何ッ」

「フリーデグント王女殿下。貴女にお持ちいただきたいものがございます」

「……ほう」


 慌てて振り向けば、エルは船長席のもとにいた。

 さすがに王女が話しているところに割り込むことはできない。

 フリーデグントが、顔色を変えるグスタフをちらと目で抑えた。


 エルが懐からそっと短剣のようなものを取り出す。

 見たところ銀で作られた、儀礼用の短剣のようだった。


 儀礼用だと思ったのは全体に複雑な文様が彫り込まれていたからである。

 受け取ってよく眺めてみれば、刀身には竜の姿があしらわれていた。


「わからないな。銀製では護身用にも不安だぞ」

「短剣の形はちょっとしたお遊び。それの役目はつまり“鍵”です」

「……飛竜戦艦の、か?」


 さすがにフリーデグントは察しがいい。

 エルはニコニコと船長席にある謎の装置を指し示す。


「本船の中央魔導演算機に、新たに紋章式認証機構パターンアイデンティフィケータを組み込みました」

「聞かぬ道具だな。それは何ものか」

「そちらにある溝に、この鍵たる短剣を差し込むことで魔導演算機が目覚めます。この仕組みを解かねば飛竜は決して動きません」


 フリーデグントはじっと手の中の短剣を見つめた。

 鍵。わざわざそんなものを追加した意味は何か。

 彼女たちに竜の盗難に注意しろとでもいうつもりなのか。


 視線をエルへと戻す。

 幼子のように小柄で、花咲くように美しい顔立ち。深い蒼の瞳が楽しそうに瞬く。

 こいつがやることなのだ、多分ロクでもないことに違いはない。


「それと同じものが“黄金の鬣”号にもあります」

「……ッ。そういう、ことか」


 フリーデグントが理解に要した時間は一瞬。予感は正しく的中した。

 やはりコイツのやることはロクでもない!


「接続後は二隻両方の鍵を差し込まないと、いずれの船も動かなくなります。片方だけを抜いた場合も動きません」

「き、きき貴様……ッ!!」

「もう一つの鍵はエムリス船長が所持されています。よって今後、飛竜戦艦は双方の同意の下で運用していただきます」


 なにが鍵なものか、これでは枷である。


「これでちゃんと半分こですね!」


 そうしてこのとんでもない罠をぶっこんだ張本人は何とも楽しそうに笑っているのだからやっていられない。

 さすがのフリーデグントも深く溜め息を漏らしていた。


「互いの心臓に剣を突きつけ合う気か?」

「逆です。僕たちは手を取り合い、真冬の雪山であっても踏み越えることができると確信しておりますから」

「気楽に言ってくれる」


 エルの無茶ぶりに耐性のあるフリーデグントはともかく、激怒したのがグスタフである。

 王女の前であることも忘れてエルへと詰め寄り。


「直ちに元に戻せぇッ!」

「できません。飛竜戦艦の魔導演算機を含めて大掛かりな変更を施しましたので。戻すくらいなら壊して一から作り直す方が早いくらいです」


 彼はギリギリと歯を噛み締めていたが、やがて我慢の限界を超えた。


「もう貴様は黙れ! このままタダで済むと思うなよ……! コジャーソ卿! これはどういうことだ! 貴様がついていながら、このような狼藉を許したというのか!!」


 突然矛先が向いてきたオラシオは、しかし特に動揺も見せず肩をすくめてみせる。


「それは心外ですねぇ。私は飛竜戦艦の修復に最善を尽くしましたよ。現に再び空を舞うところまで辿り着きましたがね? 操縦系をどうするかなぞ両国の、政治の範疇でして。一介の鍛冶師の身としては判断しかねますんで」


 収まらず怒声を並べるグスタフを冷めた目で眺める。


「(無駄だ無駄だ。あんな化け物のやることを誰が止められるものかよ。もう飛竜戦艦なんて蓋の外れた樽みたいなもんだ)」


 オラシオの思うところ、おそらくエルネスティは手加減をしている。

 彼が望めばもっと好き勝手な変更をするのも自由自在のはず。だが一応は、約束に沿ったものに止めているのだから。


 騒がしい船橋の中、フリーデグントが静かに告げた。


「エムリス船長と連絡はつくか」

「直通の伝声管を引いてございます」


 エルはしれっと伝声管の一本を指し示す。用意のいいことである。


「では連絡を。本日は飛竜の試し飛行である、動きは当方に任されたし。今後の運用については改めて話し合いを申し入れる……と」


 船員が慌てて応え、伝声管へと叫ぶ。


「返答あり! “承知した。飛竜の無事なる飛行を望む”とのことです!」


 待ち構えていたような返答に苦笑しつつ、銀の短剣を機器に差し込む。

 するとすぐさま飛竜戦艦の全ての機能が目覚め始めた。


 魔導演算機が反応を示し、十三基の魔力転換炉から魔力が流れる。

 結晶筋肉クリスタルティシューに張力が満ち、源素浮揚器エーテリックレビテータが輝きを放つ。


「本当にこれでは、抜け駆けなどできないということか」

「これからも約束が正しく守られますよう、願います」


 ざわつく船橋の中、フリーデグントはエルをじっと睨む。

 戦いの場のみならず、破壊された飛竜戦艦をすぐさま立て直し、しかしとんでもない罠を仕掛けて見せる。


 あのエムリスという男、よくぞまぁこんな危険物を飼いならしていることである。

 いずれ改めてじっくり話してみるのもいいかもしれない。


「とんでもない奴らと手を組むことになったものだ……」


 それが彼女の偽らざる本音なのであった。

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