#158 隣村に向かおう

 飛空船レビテートシップが進む。

 鋭く流麗な船体。この時代において最新であり最速を誇る船、名を“黄金の鬣ゴールデンメイン号”という。


「そろそろ隣村に差し掛かる。ハルピュイアたちを呼んでくれ」


 船長席にふんぞり返り、エムリスが命じる。応じて船橋につめた船員が伝声管を開いた。


「こちら船橋。そろそろ到着近いので案内人をお願いしまーす。送ってください」

「りょうかーい。伝えまーす……」


 伝声管に残るかすかな反響。

 管の向こうでは伝令を受け取った船員が甲板へと上がり――。


鷲頭獣グリフォンと、ふむ。獣にしては聡明であり、何よりも勇壮な翼だ。……その羽で飾るのはさぞかし美しかろう。それに翼ある獣は肉も美味い」


 そこでは、すとっと座った巨大な少女が魔獣を獲物に対するような目で見つめていた。

 異様に不穏な視線を浴びた若い鷲頭獣、ワトーが居心地悪そうに後ずさりする。エージロがビクりと翼を広げて、彼の首筋に飛びついた。


「た、食べちゃダメだからね!?」

「もちろん。獣とはいえ翼の民と共に暮らしているのだ。友を襲うなどと、とんでもない。わかっている、百眼神アルゴスは全てをご覧になっている」


 嘯きつつ、巨人族アストラガリの少女――小魔導師パールヴァ・マーガの四ツ目のうち、上二つの目はじっとりとワトーを見つめて離れない。

 鷲頭獣はそろそろ本格的に危機を感じ、戦う覚悟を固めつつあった。


「もう、小魔道師パールちゃん。ダメだよ、こっちでもしっかり食べているでしょうに」

「それはまた別の目でみること」

「意外なところで小魔導師ちゃんもしっかり巨人族だね」


 アデルトルートアディが諫めるもさっぱりと効果はなく。エージロが落ち着かなさそうにパタパタと飛び回っていた。


「……あのでかいのは大丈夫なのか」

「俺も詳しくねーしなぁ。エル、どうなんだ?」


 彼女たちの様子をながめ、ホーガラは呆れた色を隠せない。

 問われたアーキッドキッドはそのまま隣のエルネスティエルに投げて渡した。


「大丈夫です。大丈夫じゃなかったから責任をもって僕が止めます」

「それはつまり大丈夫じゃないってことなのでは?」


 キッドは訝しんだ。どうあがいても安心できそうにない。

 そんな何とも言えない混沌のただなかに、困り顔の船員が上がってきたのである。


「あのー、若旦那がお呼びです。村が近づいてきたから来てくれって」

「はい、いますぐに」


 そうしてエルがぱたぱたと手を打ち合わせ、皆の気を引いた。


「はーい皆さん、そろそろ目的地に着きます。準備をしましょうね」

「はいはーい」


 まっさきにアディがひょこひょことやってきてエルを抱きしめる。

 ホーガラは少し迷い、エージロはワトーにしがみついたまま離れないでいた。仕方ないとばかりにキッドが彼女をひっぺがす。


「ほらエージロ、ホーガラ。行こうぜ」

「えっ。ダメっ、今離れたらワトーが……」

「大丈夫だって。多分冗談だと思うし」

「うむ。もちろん。百眼の瞳に誓おう。じゅる」

「ダメそう!?」


 エージロはばたばたともがくが、無情にも連行されていって。

 そうして甲板に残された小魔導師とワトーの間に、無言のまま緊張だけが流れてゆくのだった。



 なんだかんだと皆が集まると、船橋はいかにも狭い。

 一同を見回すと、一部妙に不安そうなハルピュイアがいてエムリスはよくわからず首を傾げた。


「いいか? そろそろ隣村が近いが、こっちは人間と接触していないんだろう。ハルピュイアに先触れをお願いしたいんだが」


 ホーガラが頷く。


「わかった。しかしここにいる鷲頭獣はワトーだけか」

「じゃ! じゃあ、あたしが行くね! 今すぐ、今すぐに!」

「落ち着きなさい。エージロだけではちゃんと話ができないでしょう。私も行くから一緒に来なさい」


 ハルピュイアたちが向かう傍ら、エムリスは船員に指示を送る。


「ようしマギジェットスラスタ停止。帆翼ウイングセイルを開いて減速しつつ、別命あるまで待機だ」

「了解っす」


 船体を伝う微かな振動を感じる。“黄金の鬣号”は速度を落とすと、村から少し離れた場所で浮かんで漂う。


 なぜだか妙に慌てた様子のワトーが、二羽のハルピュイアを背に乗せて飛び出していった。

 高度を取って木々に隠れないよう、相手に伝わるような飛び方をしている。


「でっかいひと、面白いけど怖い……」

「大丈夫なのではないか。何かあればキッドが止めるそうだし」


 村に現れた一行の中でも飛びぬけて変わり種である、巨人の少女。

 なかなか面白がるだけではいかないようだ。


「ワトーも何かあったらちゃんと逃げてね。大事な相棒なんだから!」


 くえっと了解の啼き声を返し、ワトーが大きく羽ばたく。


「相棒……か。やはり共に飛ぶものがいるのは、いいな」


 彼女たちの様子を眺め、ホーガラは目を細めた。彼女が新たな相棒を得て飛ぶことは、当分の間はないだろう。

 ここしばらくの戦いにより鷲頭獣は数を減らしている。

 さりとて生き残ったハルピュイアはそこそこいるため数が合わないのだ。


 それでも、これからずっと一人で飛ぶのは寂しいだろうと思った。


 しばらく進んでいると隣村が見えてくる。

 感覚的に言えば、そろそろ向こうの鷲頭獣が様子を見にやってくるだろう頃合い。

 そう考えて速度を落としていると、ふいに木々の間から土煙が噴きあがった。


「えっ……!?」


 爆音が轟くまではわずかな遅れしかない。

 ハルピュイアたちは目を見開き、ワトーは警戒心も露わに速度を落とした。

 まさか隣村に爆発するものなどあろうはずもない。で、あるならば。


「あの時とおなじ……?」

「エージロ、急ぐよ」


 この空の大地において爆発を巻き起こすものについて、心当たりは多くない。

 ホーガラが翼を開くと、エージロもあわててそれに倣う。鷲頭獣ワトーは一気に速度を上げ、村へと接近していった。


「あそこ、何か……!」


 エージロが目ざとく異物を見つけ出し指さす。

 土煙のなかに蠢く何ものかの影。高速で横切ったそれは、直後に土煙を突き抜けて飛び出した。


 空を進む、鷲頭獣より一回りほど巨大な船体。後方には鋼の巨人――幻晶騎士シルエットナイトを載せた空飛ぶ船。

 快速艇カッターシップと呼ばれる、“孤独なる十一国イレブンフラッグス”の主力飛行兵器だ。


「あいつら! こんなところにまで爪を向けるか!!」


 ホーガラの脳裏にあの日の光景が甦る。彼女の相棒を倒したのもまた、同じ姿の敵だった。

 ギリッと奥歯が軋む。広げた翼に力がこもり、彼女の身体を前に前に押し出そうとする。


「ホーガラ、ちょ待って……」

「ワトー! 助けに行くぞ!」


 若い鷲頭獣は迷いを見せた。

 彼もハルピュイアの序列は理解しており、この場合は年長のホーガラのほうが強い立場にあり指示に従うべきである。

 しかし彼の本来の乗り手はエージロである。ハルピュイアが想うのと同等に、鷲頭獣もまた乗り手を想っている。


 迷いは遅れを呼び、先んじて状況が動き出す。

 快速艇を追うように飛び出した影が、甲高い噴射音を引き連れ鏃のように飛翔する。


 細長い機首、鳥に似て広がった翼。しかし鋼に覆われ凶悪な爪を備えたもの――パーヴェルツィークの竜闘騎ドラッヒェンカバレリ

 先を飛び逃げる快速艇に追いすがり、機首から法撃を撃ち放つ。

 そも、両者は速度に大きな差がある。圧倒的に劣る快速艇に、竜闘騎の牙から逃れる術はなく。


 危ういところを無茶苦茶な飛び方で切り抜け、快速艇は足掻く。

 打開策はなきに等しい。ならばせめて無為に墜ちてなるものかと周囲を見回し――。


 まごまごと飛んでいた、鷲のような魔獣に目を付けた。

 快速艇の後方に法撃手として立つ幻晶騎士が、ほとんど八つ当たりのように魔導兵装シルエットアームズを向ける。


 快速艇と竜闘騎がほぼ同時に法撃を放ち。

 どてっぱらに法弾をくらった快速艇が砕けながら墜ちてゆくのと、ワトーの翼が弾け飛んだのもまた同時だった。


「ああっ!? そんな! やだ! やだよワトー!!」

「まだだ! 助けに……」


 ハルピュイアの少女たちが飛び出してゆく。

 必死に縋り付き翼を広げる――が、所詮は人間大の二人と決闘級魔獣一匹では、大きさも重さも違いすぎた。

 鷲頭獣の翼もまた、彼女たちと同じく魔法の増幅装置の役割を持つ。

 自身を空に浮かべていた強力な魔法の支えを失った鷲頭獣は、なすすべもなく重力に囚われた。


 ぎいいい、苦し気な鳴き声とともに魔獣が落ちる。

 せめて二人の小さな友を巻き込まないよう。振り払おうと身をよじるも、エージロとホーガラも死に物狂いであり。

 木々の間、すでに地面がはっきりと見える距離になり。


 ――影が疾る。爆発的な推進器スラスタの咆哮。

 大地を抉るような踏み込みを残し、深い蒼の巨体が空へと翔けあがる。


 ソレはまるで体当たりを仕掛けるような乱暴さでワトーへと飛びついた。


「なんだっ!?」


 どこか扁平な形をした巨大な頭が動き、眼球水晶の虚ろな視線が向けられる。

 鋼でできた巨人。人間たちが使う機械の鎧、幻晶騎士。

 見覚えがあると思い出すより早く切羽詰まった声が告げる。


「しっかりとつかまっていてください!」


 蒼の騎士の両肩、腰にある推進器が激しく炎を噴きだした。

 魔力を焔へと変え推力と成す、マギジェットスラスタが猛烈な力を生み出す。

 巨人のみならず決闘級魔獣までもを支える、圧倒的な力。


 ワトーが吼えた。残る力を振り絞り、無事な翼を羽ばたかせる。

 風と炎が巨体を支え、落下の方向を無理やりに捻じ曲げる。ギリギリで水平飛行へと移り、滑り込むようにして地面へと降りる。

 バキバキと灌木を砕き散らし、足を踏ん張ってようやく速度を殺しきった。


「……助かった、のか」

「ワトー! ワトー!!」


 エージロが倒れこむ鷲頭獣の頭に縋りついた。ワトーは薄く目をあけ、弱弱しくもしっかりと鳴き声を上げる。

 涙まみれの顔にようやく笑顔が戻ってきた。


「うん、うん! よかった……大丈夫だよ」

地の趾ちのしよ、ワトーを助けてくれて礼を言う」


 推進器から陽炎を立ち上らせ、跪いていた幻晶騎士が頷く。


「危ないところでした。間に合ってよかったです」


 空すら翔ける蒼い巨人からまったく似つかわしくない妙に可愛らしい声が聞こえてきて、二羽は思わず顔を見合わせたのだった。




 ――時はそこから少しさかのぼる。


「周辺監視より報告! 不審な発光を確認、魔法現象を推定!」

「……機関部、魔力流量を戦闘状況へ。推進器作動、微速前進! 進路は村へとり、周囲の警戒を最大にせよ!」

「はっ!」

「了解!」


 伝声管越しに報告を受けたエムリスは矢継ぎ早に指示を飛ばすと、どかっと背もたれに沈みこんだ。

 斜めちょっと下にある紫銀の頭を見下ろしながら問う。


「……どう思う?」

「出遅れたというところでしょうか」

「おそらくな。問題は出方だが」

「さて、仲裁か両成敗か。どちらかになりそうですよ」

「なに?」


 覗き込んでいた遠望鏡をエムリスに手渡し、エルは彼方を指さした。


「監視より続報! 飛空船を二隻確認! 旗も二種、イレブンフラッグスとパーヴェルツィークです!!」

「だ、そうですから」


 エムリスは遠望鏡をくるくると回し、眉根を寄せた。


「明確な敵がひとつ、暫定敵がひとつか。食い合ってくれるならそれでもかまわんが」


 その時、舵を握っていたキッドが振り向いた。


「マズいぜ、ホーガラたちが巻き込まれてるかもしれねぇ!」

「単騎でいきます。アディ! 念のためツェンドリンブルへ」

「りょうかーい。まっかせて!」

「“黄金の鬣号”は戦闘に巻き込まれないよう距離を置いてください。いけそうなら食べてしまって構いません」

「わかっている」

「エルはどうするつもりだ」


 もうすでに船橋から飛び出しかけていたエルが、振り向いた。


「僕は目立たないよう、トイボックスで先行し二人のもとに向かいます」


 多分バッキバキに目立つだろうなとは等しく全員が考えたが、口にしたものはいなかったという。



 跪いた蒼い幻晶騎士――トイボックスが胸部を開く。

 すとっと降りてきたエルが二羽の元へとやってきた。


 傍らには鷲頭獣、ワトーが苦しげな様子で横たわっている。片方の翼は半ばから千切れ今もはらはらと血を流していた。


「確かエルといったな」

「はい。二人は無事のようですが」

「私たちは問題ないが……」


 そろって見上げる。

 鷲頭獣は賢明な獣である。傷を負ってもむやみに騒ぐような真似はしなかったが、その表情には明らかな苦痛の色があった。


「ワトー……。これじゃあワトーは飛べないよ」

「しかし隣村もどうなっているかはわからない。早くここから離れないと」


 傷ついた翼では飛ぶことができない。

 彼にはまだ四本の脚があるのだから歩くことはできるが、飛ぶのとでは速度が段違いである。

 再び敵に襲われるかもしれない今、のうのうとしているだけの余裕はなかった。


 エルは目を細めて考え込んでいたが、いきなり空を振り仰いだ。

 爆音が轟く。空では、竜闘騎が快速艇を掃討し終えたようだった。


「僕に案があります。上手くいけばワトーを安全に船まで運べるでしょう。皆さんは少し隠れていてもらえますでしょうか」

「本当!? どうするの?」


 エージロが困惑を浮かべる。彼の蒼い巨人は空を飛べるが、強引すぎるしワトーの負担が大きい。

 他によい手段など見当たらないが――。


「大丈夫、お任せください。空を飛ぶ手段は何も羽根や推進器だけではないということです」


 エルは自信満々に頷いたのだった。




 破片をまき散らしながら快速艇が墜ちてゆく。

 彼らの最期を眺めながら、二騎の竜闘騎が悠然と空を進んでいた。


「やれやれ、イレブンフラッグスの小蠅め。無駄に長引かせやがる」

「何をやっても竜闘騎の敵じゃないというのに」


 見渡す限り敵はなし。そもそも快速艇など何隻来ようと物の数ではない。


「そういえば、途中で鳥どもの魔獣が撃たれていたようだが」

「勝手に出るなといっただろうに、鳥頭どもめ。命令を無視するような奴の末路なぞ知らんよ」


 竜騎士たちはハルピュイアを可能な限り守るようにと命令されているものの、実際のところ優先度は低い。

 なぜなら武功を上げた方が評価が高くなるし、次に守るのは自分と味方の命だからである。

 この戦いでもハルピュイアの村に被害が出ているが、敵を撃退した功績のほうが大きくなるだろう。


 ここは検分役を要請し、しっかりと功績を確定させておいた方が後々良いかもしれない。

 騎操士たちは皮算用に忙しい。どのみち周囲に敵の姿はない、彼らが気を緩めるのはある意味で当然のことだった。


 たとえ警戒を怠らなかったとして。彼らの思考の外から飛んでくるものまで防げたかは怪しいところである。


 突然の轟音。下に落ちるという当然の摂理を推力だけで覆し、影が竜闘騎をかすめてゆく。


「なぁんだッ!? まだイレブンフラッグスの残りが!」

「いや、違う! 馬鹿な、あれは!」


 見上げた騎士たちは異常を目の当たりにする。


 イレブンフラッグスが用いる快速艇。それは小型化した飛空船そのものといった形であり、性能こそ難があるがすんなりと受け入れられる。

 だがそれは。そいつは。

 深い空のような蒼色をまとった幻晶騎士は――何者の力も借りることなくただ己の力のみで上空まで舞い上がって見せた。


 化け物のような推力で一気に竜闘騎の頭上を取る。

 太陽と重なった姿が、一瞬で黒々とした影と化した。


「馬鹿、な……」

「!! 呆けている場合か! 避けろぉ!!」


 驚きが思考を上回る。致命的な遅れ。

 その間にも蒼い幻晶騎士は一気に落下へと転じており。近しい未来の位置に、彼らの竜闘騎はあった。


 悲鳴をかみ殺し、蹴り飛ばすように推力を上げる。絶叫と共に爆炎を吐き出し、竜闘騎が加速を始め――。

 衝撃が操縦席を揺らす。


「なんだ!? 攻撃は受けていない……ッ」


 その竜騎士はついに理解することはなかった。蒼い機体から手首のみが飛び、彼の機体の首を掴んでいたなどと。

 蒼い機体が彼の竜闘騎を掠めて落下してゆき。


「おおおうううわああああああ!!」


 衝撃が襲い掛かる。

 手首――執月之手ラーフフィストはワイヤーによって本体とつながっており。下側に回った蒼い騎士の重量が、そのまま機首に圧し掛かったのである。


 勢いを乗せて竜闘騎の首を捩じ折りながら、ワイヤーに引かれた蒼い騎士がぐるりと進行方向を変える。

 たとえ操作が失われても源素浮揚器エーテリックレビテータが無事である限り、竜闘騎は空に残る。


 空に浮かぶ飛竜を支点として長大な振り子運動をおこなうと、下端でマギジェットスラスタに再点火。

 一気に加速して翔け上がり――。


「は……?」


 逃げようとしていたもう一機の竜闘騎に、下から飛び(上がり)蹴りをかましたのであった。


 竜闘騎ドラッヒェンカバレリ

 それはパーヴェルツィーク王国が実用化した航空兵器であり、この時代においては突出した完成度の高さを誇る。


 だが、これはあくまでも空を飛ぶための機械。

 設計者も騎操士ナイトランナーの誰もが、まさか近接戦仕様機ウォーリアスタイルに蹴り飛ばされるなど夢にも与太にも冗談ですら考えなかったに違いない。


 完全武装の近接戦仕様機の重量が衝撃となって襲い掛かる。

 蹴りが突き刺さった部分がめり込み、骨格があっさりとひしゃげねじ曲がった。


 竜闘騎がいかに優れているとはいえ、魔獣と殴り合う前提で建造された機体の頑強さとは比べるべくもない。

 まず比べる類のものではない。


 哀れ竜闘騎は真っ二つにへし折れ、中央にあった源素浮揚器が圧壊した。

 浮揚力場レビテートフィールドの支えを失った機体は制御を失い、そのまま錐揉みしながら墜落していったのである。


「うん。上手くいきました!」


 そうして、竜闘騎の開発者が卒倒しそうな攻撃をかました張本人であるところのエルネスティは、会心の笑みを浮かべていた。

 空中で飛び蹴りを仕掛けるなどという無茶も今更のこと。

 慣れた様子で機体を捻って姿勢を戻すと、執月之手につながるワイヤーを巻き上げる。


 首が折れた飛竜の残骸が漂ってくる。

 衝撃で騎操士が気を失いでもしたのか、ピクリともしていないのがひたすらに不気味であった。


「さて、動き出す前に制御系を破壊しないと」


 おそらくエルほどに幻晶騎士や飛空船の構造に通じている騎操士もそうはいまい。

 ぱっと見でだいたいの構造位置を推測すると、源素浮揚器だけ器用に避けて内部の機材を壊していった。

 これでもう竜闘騎が動き出すことはない。安心してぶら下がっていられる。


 そもそも蒼い騎士――トイボックスは魔力転換炉エーテルリアクタが単発であるゆえに魔力供給に不安を抱えている。

 長時間の空中戦はまず不可能であり、ゆえに奇襲しか選択肢がなかったともいえる。


「これで源素浮揚器が手に入りましたから……む?」


 お目当てを満足して上機嫌だったのも束の間、幻像投影機ホロモニターに動くものを見つけ目を凝らした。


 竜闘騎などよりはるかに巨大な船、飛空船が近づいてくる。

 掲げているのはパーヴェルツィークの旗。

 先程の竜闘騎との戦闘をどのように見たのかはわからない。仲間を助け出そうとしているのか、それとも脅威を排除しようとしているのか。

 いずれにせよ戦いはまだ終わっていない。


「二人とも、もう少しお待ちくださいね。邪魔が残っているようですから」


 漂う飛竜の死骸をその場に残し、蒼い騎士が空を翔ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る