#149 飛竜級戦艦二番艦

 “孤独なる十一国イレブンフラッグス”領、第五源素晶石エーテライト鉱床。

 かつてハルピュイアの村があったこの場所は、いまではすっかりと姿を変えていた。木々が生い茂っていた豊かな森は拓かれ建物が並び、人間たちが忙しく行き交っている。彼らは採掘に従事する鉱夫たちである。


 街の周囲は掘り返され、淡い光を放つ鉱脈の姿が露わとなっていた。

 掘り出されるのは虹色の光を漏らす鉱石――源素晶石エーテライト。これは厄介な性質を持っており、放置しておくと空気中のエーテルに溶け出して周囲に高濃度のエーテル大気を発生させてしまう。

 そのため鉱夫たちはみな専用の防護装備を身につけねばならなかった。おもに頭の周りを覆うものだが、これが動きにくく不評を呼ぶ代物である。

 とはいえつけずに作業しているとものの数分で激しい不調に襲われ、放置すれば意識を失い死の危険すらあるのだから文句をつけている場合でもないだろう。


 加えて空飛ぶ大地においてはどういうわけか源素晶石が溶け出す勢いが弱い。だからこそ鉱石として掘り出し扱うことも容易なのである。

 西方諸国オクシデンツにおける莫大な需要の後押しもあり、空飛ぶ大地は瞬く間に欲望滾る地へと変貌したのである。



 鉱床街の周囲には幻晶騎士シルエットナイトが歩哨として立っている。

 イレブンフラッグス製最新鋭機“ドニカナック”。標準的な体形に背中からは背面武装バックウェポンを伸ばした模範的な東方様式イースタンモード機である。

 魔導兵装シルエットアームズの切っ先をあげる、彼らの警戒は空に向けられていた。これはイレブンフラッグスが各地に擁する鉱床に最近、とある報せが回っていることによる。

 その内容とは――。


 始まりは眩い光と、降り注ぐ飛空船レビテートシップの破片によって唐突に告げられた。

 鉱山街の上空に停泊していた輸送用飛空船カーゴシップが突如、何ものかの攻撃を受けて撃沈されたのである。


 たったの一撃で船のどてっぱらに穴が開き、破片をまき散らしながら落下する。燃え盛る船体が直下にあった建物を押しつぶし、鉱夫たちが悲鳴を上げて逃げ惑った。


 慌てふためくドニカナック隊が押っ取り刀で魔導兵装を向けるよりはやく原因が姿を現す。

 節に分かれた船首をくねらせ、帆を張った翼を大きく広げた人造の魔獣――飛竜戦艦ヴィーヴィルが悠然と地上を睥睨する。


 背面武装の間合いに入るよりも早く飛竜戦艦が腹を開いた。続々と飛び出す多数の影。

 竜闘騎ドラッヒェンカバレリ――まるで飛竜戦艦を縮めたような姿だ――はマギジェットスラスタから甲高い噴射音を響かせると、鉱山街の上空を我が物顔で飛び回り始めた。


 やや遅れて無礼な客人を地上からの法撃が出迎える。しかし練度も精度も低い法撃が高速で飛翔する竜闘騎を捉えることはない。

 まばらな炎は空しく火の粉を散らし、竜は悠然と飛ぶばかりだ。むしろお返しとばかりにうねるように首を巡らせ地上へと炎弾を吐きかけていた。


 そうしてドニカナック隊の注意が空に向いている間にも第二の矢は放たれていた。彼らがそれに気づいたのは、すでに刃の間合いに入った後のことである。

 木々の合間を駆け抜ける白銀の巨人。とても武具とは思えぬ流麗な姿を持つ、それはパーヴェルツィーク制式量産機“シュニアリーゼ”の雄姿である。


「ち、地上にも敵が!」


 泡を食ったドニカナック隊が慌てて背面武装を下げる。選択肢などないも同然、やたらめったらと法弾をばらまくのみ。

 まばらに飛んだ法弾が地面に刺さり火柱を立てる。残念なことに炎がシュニアリーゼを捉えることはなく、稀に向かったものもあっさりと盾に防がれていた。


 その間にも距離を詰めきったシュニアリーゼが反撃に出る。

 起き上がった背面武装が次々に法撃を放ち、眩い法弾がドニカナックを打ち据えた。双方ともに法弾を撃ち続けているものの命中率の差は一目瞭然、倒れるのはドニカナックのみだ。


「くそう! なぜこうも一方的に……!?」


 自棄じみた叫びも後悔も間に合わない。

 すでに両軍は魔導兵装の間合いを割り込み格闘戦へと入っており。シュニアリーゼが槍を構え、ドニカナックが剣を抜き放つ。

 鋭く繰り出された槍の一撃がドニカナックの腹を抉る。高い膂力に加えて突撃の勢いがある、途中で止められなかった時点で勝負は見えていた。

 生き残ったドニカナックも次々と槍の餌食となり果てて。


 街を護っていた幻晶騎士が倒されたことで、住人たちから抵抗の意思が根こそぎ失われてゆく。

 街へと侵入したシュニアリーゼが巨大な槍を建物に向けると、鉱夫たちが慌てて飛び出してきた。人の六倍もの大きさを持つ幻晶騎士を相手取って抵抗する者などいない、黙って指示に従うのみだ。


 ふと陽射しが陰ったことに気付いて見上げると、帆布のはためきと共に飛竜戦艦が前進していた。

 街の一部では飛空船の残骸が燃え盛っているものの全体として大きな損害はない。飛竜はまるで舌なめずりをするように、船首を不気味に巡らせたのである。




 絶叫のような噴射音が遠ざかってゆくのを見上げ、影は木々の間に身を潜めた。

 樹木が放つ奇妙な光に満ちた森であっても、死角はある。彼らは暗がりからじっと戦いの様子を窺っていたのである。


「かぁーッ! あいっかわらずイレブンフラッグスはつっまんねぇなぁ。あんなもん案山子以下じゃねぇか」

「シュニアリーゼ……“北の巨人”を相手どったとはいえお粗末に過ぎますな。しかし」


 見上げた空の中を、絶叫と共に竜闘騎が通り過ぎてゆく。小飛竜たちの中央には母船である飛竜戦艦が鎮座しており、王者然とした威圧感を放っていた。


「……実に因果なものでございます。まさか我らが“アレ”を敵に回そうとは」

「くくく、まったくだ。奴ぁこの島じゃあ無敵だぁな。まともに相手するべきでもねぇし」


 そうして影たちは動き出し、背後の茂みへと駆けこんでゆく。

 茂みの中には巨人が息をひそめていた。頭からつま先まで闇そのもののような暗い色に塗りあげられた幻晶騎士。特徴はなく所属を示すこともしない、影に沈んだ存在。

 それらは動き出すと、竜の餌場に背を向けて慎重に遠ざかってゆく。決着のついた戦場などに用はない。


「我らの仕事もやりづらくなりますな。しばらくは空の見張りを密に取ります」

「そうかもしれねぇ。ま、のんびり剣の手入れとしゃれこもうぜぇ。ちょいと忘れたころにでもつっつけばいいってな。その頃にゃあ暢気に腹を晒してるかもしれねぇっしよ」


 影は去り際に首を巡らせ、空に佇む飛竜戦艦を睨む。

 多数の竜闘騎を従えた空の支配者。その圧倒的な姿を前にしても恐れるような気配はなく、むしろどこか楽しむような色があった。


「今はせいぜい食って太っておきなぁ。そのうちに挨拶にいっからよ!」


 笑い声と共に、影は闇へと紛れてゆく――。




 飛竜戦艦ヴィーヴィル。完全な戦闘用として設計されたこの船は通常の船に比べても内部に余裕がない。だというのに船橋は意外なほど贅沢に作られていた。理由は中央に堂々と座る人物にある。


「ご報告申し上げます! イレブンフラッグス領にある鉱床が、またひとつ我らが手中に落ちました」


 実用を第一とする飛空船の船内では異彩を放つ、豪奢な座。そこにつく若い女性に向かい、壮年の男性が頭を垂れる。

 女性――パーヴェルツィーク王国第一王女“フリーデグント・アライダ・パーヴェルツィーク”は、肩にはかからないほどの髪を軽く揺らしながら頷いた。


「ご苦労である。いつもながら見事な手際であるな、バルテル竜騎士長」

「はっ! 恐悦至極に存じます」


 大柄な体躯をピシりと律儀に折り畳み、天空騎士団ルフトリッターオルデン竜騎士長“グスタフ・バルテル”は再び深く一礼する。

 視線を彼から外して硝子窓の外へ。飛空船の墜落による火災は既に消し止められ、街は白銀の騎士たちによる統制のもとにある。


「竜の力……強力すぎるというのも考え物だ」


 飛竜戦艦は強力無比なる破壊兵器であり、同時に強力に過ぎた。その戦闘能力を発揮すれば奪うべき街ごと廃墟と化すことは想像に難くない。そのための陸上戦力、シュニアリーゼの投入である。


 街に暮らす鉱夫たちはただの雇われであって忠誠心も何もない。適度な報酬を約束すれば手中に収めることは容易く、数日内には鉱床の再稼働がなる見込みだった。


「して、騎士たちに怪我はないか?」

「は! 御心配には及びません。むしろ容易にすぎて騎士たちの腕が鈍らぬよう、心砕かねばならぬほどかと」

「実に頼もしい限りであるな。これほどの働き、私も応えねばならぬところだが……なにぶん辺鄙な地だ。国許に戻った暁には十分な褒章を期待してくれてよい」

「殿下の慈悲深きお心を受け、皆いっそう奮起することでしょう」


 王女は満足げに頷く。彼女たちの計画は順調に進んでいた。すでに複数の拠点を手中に収めており、再稼働した鉱床からは着々と源素晶石が掘り起こされている。じきに本国への輸送計画が動き出すだろう。


「これだけの源素晶石があれば、より多くの船が作れる。そうすれば……」


 言いかけの言葉が唐突に途切れた。通路から響く、気の抜けるような足音を聞きつけたからだ。

 グスタフが素早く立ち上がり振り返った。無頓着な様子で扉が開く。


「あ~。それがイレブンフラッグスの幻晶騎士なんですがねぇ、ありゃあひどいもんです。中途半端もいいところ、法撃戦仕様機ウィザードスタイルに換装した意味も薄いときた。どうせ真似るならもっと調べりゃいいと思うんですけどね、私は」


 ぺたりぺたりと間の抜けた足音が室内に踏み入ってくる。

 声の主は、それなりの立場を示しているはずの立派な衣装をだらしなく着崩し、いかにもだるそうな雰囲気を放っていた。行動が失礼を越えて不審者のそれであるが、王女はむしろ面白がるような笑みを浮かべている。


「ほう、一目で見抜いたのか? さすがはかの国にて随一と評されただけはあるな“コジャーソ卿”」


 悠然と構える主とは対照的に、グスタフは隙のない態度を男――“オラシオ・コジャーソ”へと向ける。あからさまな警戒を知ってか知らずか肩をすくめると、オラシオはなんでもないように話し出した。


「いやいや、種を明かせば簡単な話なんですがね。貴国に拾われる前にあちこちを回っておりまして、そこで目にしたのですよ。これぞジャロウデク王国の黒騎士すら凌駕する、なんてぇ謳いながらガラクタを見せられた時には実に辟易したもので」


 王女がにやりと笑みを浮かべる。


「ふっ、それは貴殿にはさぞ滑稽に映ったことであろうな。しかしコジャーソ卿、それを言えば我が国とてそう大差はなかろう?」

「やぁまさか。なにより貴国は今に驕ることなき冷静な目を持っていた。それに……」


 王女の好奇に満ちた視線を受け止め、彼は精一杯に姿勢を正して見せる。


「彼らは商人、実に値切り交渉が得意のようだ。私のもつ技を正しく評価いただけたのは、フリーデグント第一王女殿下をおいて他にはございませんので」

「つまらぬ世辞などよいぞ。貴殿がもたらしたものは、見合うだけの価値があった」

「非才なるこの身なれど、お力になれたとあればこれに勝る喜びもなく」

「それはずいぶんとしおらしい言い分だな。何しろこの竜の船も竜闘騎も、貴殿の力添えなくば形にならなかったのだ。もっと誇っても良いだろう」

「滅相もございません。流浪の身を拾い上げ、取り立てていただいた恩にわずかでも報いていれば、望外の喜びにございます」

「ふ、わざとらしいことだ。だが今はそうしておこう」


 見え透いたやり取りを終えたところで、オラシオはふと顔を上げると意外なことにグスタフへと向き直る。


「と、いうところなんですが。ひとつバルテル竜騎士長のお耳に入れたいことがございまして」

「……私に用事があるとは珍しいことだ。何か竜騎士に問題でも?」

「滅相もない。皆さまの働きは見事ですよ。それよりも少々気になる点がありまして、ご忠告にあがったしだいで」


 どうにも胡散臭い雰囲気が漂うがオラシオはこれが常態である。グスタフは呆れを表情に浮かべないように努めなければならなかった。


「そう。先の戦いでイレブンフラッグス以外にも奇怪な船があったとか。なにやら帆も持たず、炎を吐いて進んだそうで……まるで私共の飛竜戦艦のようじゃあないですか」

「確かに報告は受けている。よもや貴様の作とはいうまいな?」

「いやぁ、話はもう少しややこしい。少々昔話をよろしいでしょうかね?」


 グスタフが微かに振り返り、フリーデグントが頷く。


「存分に。貴殿の過去には興味がある」


 視界の端で王女が椅子に肘をついただらしない姿勢をとるのを捉え、グスタフは微妙に苦々しい表情を浮かべていた。


「あれは先の戦での話です。前の雇い主……ジャロウデク王国は強大だった。幻晶騎士は恐ろしく、何よりも史上“初めて”! 飛空船を用いたのですからね。もはや負けようがなかったといっていい。なのに負けた、なぜだと思います?」


 何やら途中で奇妙な強調が入った気がするが、王女はさらと流して答える。


「そうだな。クシェペルカ王国とて、くさっても大国だった。それに確か戦いの中で王族を取り逃がしたのだろう? 不手際があったのだな」

「いいえいいえ、間違いもいいところ。そもそもクシェペルカ王国は最初の段階で滅んでいるのです。王族と言っても箱入りの姫が一人かいくらか、大した問題とはなりえなかった。答えは単純なもので……手を貸した者がいたのですよ。それも私の、この飛竜に匹敵する力をもって」


 息をのむ。与太話などと一笑に付せようか。実際に西方随一の大国であったジャロウデク王国は奈落に墜ちたのだから。


「……つまり、同じことがここでも起こるというのか?」


 グスタフは平静を装っていたつもりだったが、声にわずかな強張りが乗ることは避けられなかった。

 だというのにオラシオは気だるそうな、いつも通りの様子でいる。


「さぁて。何せ私は鍛冶師、後ろで聞こえた噂話にございますから、どれほど真実があるかはわかりません。しかし……注意はなされたほうがよろしいかと」

「覚えておこう。今後見かけた時は、貴殿にも伝えればよいか」

「そいつは大変に助かります。私もこの身の力及ぶ限りの手助けをお約束いたしましょう」


 とらえどころがない。それがグスタフの、オラシオに対する評価であった。

 そもそもオラシオという男はふらりと国許に現れるや飛空船に対する深い知識をもってして急速にのし上がってきた人物であった。


 西方諸国オクシデンツの例にもれず技術を求めていたパーヴェルツィーク王国は諸手を上げて彼を受け入れ、言われるがままに資金を用立てた。

 迂闊の誹りを免れない行動だったが、結果として彼の提言により建造された飛竜級ヴィーヴィルクラス戦艦二番艦“リンドヴルム”は、まさしく触れ込み通りの猛威を振るっている。


 かくも有能であることに一切の疑いはないが、その真意は不明瞭なまま。どこまで信頼できるのか、疑念は常に残る。


「おっと、それではそろそろ失礼いたしましょう。戦い終わった竜たちの面倒を見ねばなりませぬゆえ」


 どうにもだらしのない一礼を残してひょこひょこと扉をくぐる。

 去り行く後姿を見送り、王女はついにこらえていた笑い声を漏らした。


「まったく面白い男だな」

「腕前と知識においては疑うべくもなく。人柄は下の下ですな」

「素性がそうであるゆえ心配するのはわかる。だが少なくとも飛竜に執着し、源素晶石を求める点で考えは一致しているだろう」

「はっ……」


 強くは反論せず、真意は心に秘めた。

 見極めねばならない。ただ意味もなく有能なだけの人間などこの世にいないのだ。オラシオはその力を以って、何かを成し遂げようとしている。

 それがパーヴェルツィーク王国に、フリーデグント王女にとって有益であるとは限らない。


 飛竜戦艦リンドヴルムと天空騎士団。圧倒的な航空戦力こそパーヴェルツィーク王国を最強たらしめる手札である。

 それを握るのはだらしのない男ではなく、王女たるフリーデグントでなければならないのだ。


「いかなる謀があろうと。我ら天空騎士団ある限りご心配には及びません」

「期待しているぞ」


 飛竜戦艦リンドヴルムが長い首を翻す。竜闘騎を収納し、次の獲物へ向けて帆翼ウイングセイルを開いた。

 浮遊大陸に描かれた地図は刻一刻と書き換わってゆく。




 低い唸りを漏らしながら重装甲船アーマードシップが進む。

 そこにかつてのような威容は感じられず、今はただ巨体を縮こまらせるかのように息を殺している。


「なんということだ! 重装甲船が二隻までも失われただけでなく、鉱床までも次々と!!」


 荒々しく机をたたく音が船橋に響く。

 船の主であり、イレブンフラッグス構成都市の議員である“サヴィーノ・ラパロ”。この地へとやってきた議員たちの中では冷静で通してきた彼も、度重なる損失を前に冷静さを失っていた。


「イオランダめは船と運命をともにし、トマーゾの坊やは逃げ出せたものの死に体とな。ほっほ! 困ったもんじゃなぁ」


 対照的にからかうような声が起こる。サヴィーノは怒りに歪んだ表情を浮かべ、バネ仕掛けのような勢いで振り向いた。


「余裕ぶっている場合などではない!! 二隻の損失だけでも計り知れず、そのうえ……。この有様で、投資をどう回収するというのだ!?」

「うしゃしゃ、喚いたところで黄金は生れ出ぬぞ」


 けらけらと笑い声を止めない奇怪な老人“パオロ・エリーコ”。彼もまた議員の一人であり、残る一隻の重装甲船を預かる身であった。


「そんなことはわかっている……ッ! だがなパオロ、これが黙っていられる状況か!?」

「そうさなぁ、まさかパーヴェルツィークがのぅ。大西域戦争の折にすら黙り込んでおったというに」

「……しかも飛竜戦艦だ! いったいどこからその技を……いや、あの男か。だからあの時に聞き出して処分しておけと言ったのだ!! うかうかと逃がしてからに……!!」


 まるで火に油、サヴィーノの怒りは留まるところを知らずに勢いを増し続ける。

 四人いた議員たちの半分がいなくなり、場の均衡は崩れるのみ。彼の怒りを収める者はここにはいない。


「ほっほ! いや痛快なぁ。まるで重装甲船が兎のごとき扱いよ。相手が鷲ならぬ竜では致し方ないもんじゃな! かっかっか!」

「…………くっ」


 ひどく癇に障る笑い声である。怒りに任せて怒鳴りつけかけて、サヴィーノは寸でのところで言葉を飲み込んだ。

 イレブンフラッグスに残る重装甲船は二隻、すでに半減している。パオロの振る舞いが妙に挑発的であるのも、彼を頼らざるを得ない状況を踏まえてのものなのだろう。実に食えない老人である。


 サヴィーノは大きく深呼吸して怒りを鎮めると、壁に張り出された地図へと向かった。

 バツ印が目立つ。略奪された鉱山街は一つや二つではない。


「戦略を見直さねばならん。飛竜戦艦がある以上、パーヴェルツィークは今後も鉱床を狙い続けるだろうからな」


 敵が飛竜戦艦を有する以上、空の戦いでは勝ち目がないと言って過言ではない。

 だからといって陸上戦力でも分が悪い。パーヴェルツィークの騎士は北の巨人などとも呼ばれる精兵なのである。

 八方ふさがりだ。広大な地図であるのに活路は見いだせなかった。


「さても竜を下すに、力尽くは愚行であろうなぁ」


 キシキシと笑いを漏らすパオロを努めて無視し口を開いた、その時。

 慌ただしい物音と共に伝令の兵士が駆けこんでくる。憔悴した様子の彼は上ずった声で報告した。


「さ、さきほど八番鉱床から連絡があり……。敵に襲われ、全滅したとのことです……!」

「おのれパーヴェルツィークめ!! どれだけ調子に乗っているのだ!!」


 再び机を殴る音が響く。サヴィーノの怒りはごく自然なものだと言えよう。

 だが兵士の憔悴は別の場所にあった。彼は首を横に振ると、その恐るべき事実を告げる。


「逃げ延びた者が口々に証言しております……。鉱床を襲ったのは竜ではなく……その、“狂剣”であったと」


 サヴィーノはおろかパオロすら絶句し、場に沈黙が落ちる。

 この地で耳にしようとは想像だにしなかったその“異名”。それは空飛ぶ大地の混乱を深める、新たなる災厄の到来を告げるものであった。

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