#136 嵐の前の結婚式

 その日もアデルトルートはエチェバルリア邸を訪れていた。


「待っていましたよアディ。さぁ行きましょうか!」

「なんだかエル君が浮かれてる……。うん、もちろん可愛いけど」


 待ち構えていたかのようにエルネスティが彼女を迎える。アディは、妙にきびきびと動く彼の後ろで首を傾げていた。

 行き先は当然オルヴェシウス砦、彼女たちが所属する銀鳳騎士団の拠点である。別段いつも通りのことであり、それほど浮かれる理由もないはずだ。何かよほど良いことがあったのか、さもなくば――。


「(あー、また何か大変なことになってるのかな)」


 心のどこかで身構えてしまうのはまったく今までの経験と呼ぶほかなかった。


 さらにいつもと違ってエルがツェンドリンブルの操縦を買って出た。

 アディの体格に合わせた操縦席は当然のようにエルには大きすぎるものだ。それを直接制御フルコントロールで強引にぶっ飛ばしながら砦の駐機場へと滑り込んでゆく。


 エルの上機嫌は続いていて、アディの手を取ると足取りも軽やかに工房へと向かう。対する彼女の疑問は深まる一方だった。


「お、来たね。準備は万全さ」


 そこではデシレアが、何やらこちらもやたらと胸を張って待ち構えていた。


「どしたのデシレアさん。朝からエル君もちょっとおかしいんだけどー」

「そりゃいつものことじゃない」

「そうだけどそうじゃなくて!」


 デシレアは理由を知っているようだ。それが何かは明確ではないが、ともあれこの二人のことである、何かしら幻晶騎士シルエットナイトに関することなのは間違いないだろう。


「じゃあさっそく見てもらおうじゃないか、あたしらの苦労の結晶をね!」


 デシレアがビシッと指し示す。その先にあるのは見慣れているようでいて少し異なる、幻晶騎士。


シルフィアーネシーちゃん……すごい、完成したんだ!」


 アディの表情が華やいでゆく。

 シルフィアーネは基本部分の動作試験を終えた後、デシレアたちの手によって最後の仕上げがおこなわれていた。そのためここしばらくは動かさずにいたのだが。


 仕上げを終えたシルフィアーネ・カササギ三世サードは、これまでとは大きく印象を変えていた。


 巨大な可動式追加装甲フレキシブルコート空戦仕様機ウィンジーネスタイルとしての形はそのままだ。大きく変わった部分は外装アウタースキンである。

 機体の各所に透き通った結晶質の部分が見てとれた。それは装甲の一部であったり、意匠として外付けされていたりと様々だ。


「わー、綺麗になってる! これって外装に板状結晶筋肉クリスタルプレートを使ったんだよね?」


 幻晶騎士とは鋼の鎧のなかに結晶質の筋肉を持つ、人造の巨人である。

 当たり前のことだが外側から見えるのは鋼の外装のみ。冷たく硬い質感は武具としての幻晶騎士を良く表しているといえよう。


 その中でシルフィアーネ三世は異質であった。結晶質の透き通った外装が、鋼の巨人に美しさという要素を加えている。

 アディが驚くほどに、デシレアがますます胸を張った。製作にあたっては彼女の技術と感性がいかんなく発揮されている。


「おめかしもばっちりね! でも板状結晶筋肉ってあんまり硬くないんじゃない?」

「もちろん従来の外装に比べればはるかに脆いです。しかしこれは高速移動を旨とする空戦仕様機、ならばある程度は無視してしまっても構わないでしょう。それに装甲そのものを減らしたわけではありませんし」


 もともとの装甲を取っ払ったわけではなく、その上にかぶせている箇所がほとんどである。そのため防御力が損なわれているわけでもなかった。


「これで僕の考えた新しいシルフィアーネは完成です。その目的というのも……」

「もっと可愛らしくする!」

「えーと、それはそれで悪くないですけど。新しいシルフィアーネは色々な機能を持っているがゆえに魔力の消費も激しい。そのための予備貯蓄です。あくまで予備ですから、もしもこの板状結晶筋肉が失われてしまっても大丈夫ですよ」

「えー、せっかく綺麗なのに。壊されるのは嫌ね」


 アディはかなり気に入った様子で、シルフィアーネの周りをぐるぐると回っては色々な角度から眺めまわしていた。

 結晶質の装甲は差し込む光の角度によって様々な色合いを見せる。そのたびに彼女の表情もくるくると変わっていた。


「それにこれは、イカルガとの連動を前提とした装備でもあります」

「マガツイカルガだね」

「ええ。降下用追加装甲ヘイローコートでも利用した魔力マナからエーテルへの再変換が目玉ですね。開放型源素浮揚器エーテルリングジェネレータを始動するのは、イカルガでも負担が大きいですから」


 一周してエルのところへ戻ってきたアディはそのまま彼に抱きつく。


「エル君、お願い覚えていてくれたんだね」

「約束しましたから。僕がどこに向かうにも、イカルガと共にあるでしょう。そしてアディも一緒にいてくれるのでしょう?」

「うん、とーぜん。置いてかれてもついてくから!」


 二人してシルフィアーネを見上げる。

 その向こう、工房の最奥にはイカルガが鎮座していた。エルネスティが自身のために作り上げた唯一の存在。


 アディの腕の中から抜け出して振り返ると、エルは彼女を見上げた。ふわっとした笑みを浮かべて。


「そう言うと思って準備しました。この機体は証しです、どこまでも僕たちが一緒に居られるように。つまり……えーと、婚約指輪の代わりみたいなものです。待たせてしまいましたね」

「エル君……」


 背後ではデシレアが口をあんぐりと開けたまま固まっているが、そんなことを気にする二人ではない。というか周囲のことなどまるで気にしていなかった。


「結婚しましょう、アディ。二人で一緒に幻晶騎士を作ったり動かしたりしましょう!」

「……はい!」


 アディは再び、エルをしっかりと抱きしめる。


 一方、工房は恐ろしいほどの静寂に包まれていた。一体こいつらは何を言っているのか。誰一人として状況についてゆけずに凍り付いたかのように動きを止めている。


 そんな中で口を開いたまま固まっていたデシレアが、ようやく正気を取り戻した。


「ちょ……! なんだいそりゃあ!! 最新の幻晶騎士を作るんじゃなくて……というか、そんな用途ありえないでしょーちょっとぉ!!」


 婚約指輪代わりに幻晶騎士を作った人物などというのは、長い人類の歴史をして存在しない。そもそも誰がそんなことを考えようか、どだい幻晶騎士を贈られて喜ぶ婦女子などまず存在しないのだから。


 呆れもここに極まったと溜め息とともに振り返った彼女は、もう一度ぎょっとした表情で固まることになる。


「そうか、そうかぁ……よかったなぁ嬢ちゃんよぅ、やったなぁ坊主ぅ!!」

「おおお大団長がついに! こりゃあ目出度い。祝いだ、祝いの準備をしねぇと……まずはイカルガを整備するか!」

「いやぁ苦節長かったなぁ本当に。そうだ、エドガーとディーもよばねぇと! おい伝令!」

「がってん! ツェンドリンブル全騎いくぜ!」


 親方ダーヴィドを始めとした鍛冶師隊は、皆そろって涙を流し喜んでいたのである。デシレアと同じく微妙な表情に固まっているのは、国機研ラボからの出向組だけであった。


 彼女は思わず天を仰いでから、とりあえず色々なことを諦めた。


「いやここは呆れるところじゃないのかい……本当、この騎士団はよくわからないよ」

「何言ってやがる! あの! 坊主が!! 所帯持つってんだぞ、これを喜ばずに何をってんだ!!」

「さいで」


 デシレアたちはさておき。銀鳳騎士団員たちはエルとアディのもとに駆け寄ると二人を祝い、そのまま胴上げを始めた。

 祝福の声はいつまでも途切れることなくその日は一日、大騒ぎのままに終わるのだった。



 余談ではあるが、後日シルフィアーネ三世の正式名称がさらに“シルフィアーネ・カササギ三世サード・エンゲージ”と改められることになった。

 しかしあまりに長い名前となってしまったために(名付けた本人を含めて)全員がただシルフィアーネとだけ呼んでいたのだという――。




「………………………………ほう、そうか。あの銀鳳騎士団団長が結婚すると。それはなんというか、良きことであるな」


 報せを受け取った国王リオタムスは、たっぷりと沈黙を挟んでから控えめな吐息を漏らした。


「しかしあれも結婚などという“普通”なことが、できたのだな」


 続いて漏れ出でた言葉が彼の心情を正しく表していると言えよう。あまりにも率直すぎる感想ではあったが、誰も否定はできなかったという。


「ともかく銀鳳騎士団団長が婚姻するというのだ。あまりささやかにはしていられまい」


 国王はしばらく考えていたが、そのうちに何事かを指示するのだった。



 エチェバルリア邸が華やかな雰囲気に包まれる。


「おめでとうエル、アディちゃん。二人が一緒になってくれて本当に嬉しいわ」


 結婚の意思を伝えた二人に、家族の皆がそろって祝福の言葉をかけていた。

 端から見ると今までと何が違うのかといった感じの二人ではあるが、やはり明確な形になると違うものである。特にセレスティナティナイルマタルイルマの母親二人は手を取り合って喜んでいた。


 そこでアディはとあることに気づく。


「あ、どうしようお母さん。私まで家を出ちゃうとお母さんが一人になっちゃう。えーと、近くだし家にいよっか?」

「そんなこと気にしなくてもいいのよ。キッドだって好きに飛び回っているのだし、それにいつでもこちらに来れるのだから」

「うん。そっか、そのうちにキッドにも伝えに行かないとね!」


 アディの双子の兄であるアーキッドキッドは隣国である新生クシェペルカ王国へと出向している。

 しばらく会っていないが、エルとの結婚を伝えたらどのような反応をするだろうか。おそらくは「ようやくかよ」とでも言うのだろう。


 そうしているとマティアスが便せんを片手にやってきた。

 少しばかりの困惑を表情にのせて、エルとアディに中身を示す。


「エル、結婚式についてなのだが。陛下からお言葉をいただいている」

「どのような内容でしょうか?」

「式場についてなんだが。婚姻の式典は王都カンカネンにておこなうべし、とあるな。エルは銀鳳騎士団を率い多くの勲功を挙げたからな、式は中央で執り行うそうだ」


 銀鳳騎士団団長という立場も、なかなかに奇っ怪なものがある。

 この国における騎士団というのは大半が貴族の配下についているものだ。特定の地域を守る守護騎士団か、貴族個人の命を受けて動く。婚姻などの場合はその地域を治める貴族によって式が執り行われる場合がほとんどであった。


 立場で言えば銀鳳騎士団は王下直属。加えてその存在は国内でも極めて独特である。

 現在国内で利用されている各種の幻晶騎士はほぼ全て、銀鳳騎士団――むしろエルネスティ個人による設計を基としている。さらに実働戦力こそ白鷺・紅隼両騎士団へと移行したものの、動かせる戦力規模は増していると言っても良い。


 これまでに積み上げた功績となれば、果たして建国以来で並ぶ存在がいたかどうか。かように重要性だけで言えば貴族ですら比較にならないのだ。


 国王による指示には、結婚式は王都カンカネンにある王城前にて執り行うとあった。

 一介の騎士団長に対するものとしては異例極まりない措置であったが、口を挟む者はいなかったのだという。


「陛下ご自身は参加されないとのことだが……とんでもない話だなぁ本当に」


 硬い表情のまま固まるマティアスをさておき、ティナは二人に向き直る。


「そうね、場所は陛下のお言葉に従うとして。あなたたちはどのような式にしたいのかしら?」


 言われてエルとアディは顔を見合わせた。


「エル君をおめかししたいです」

「国中の幻晶騎士を並べたいです」

「まぁ、楽しそうね。陛下にお願いしてみましょうか」

「待て、待ってくれティナ、エルにアディちゃん。それは結婚式に対する要望じゃないぞ!?」


 このまま好きにやらせていたらとんでもないことになる、この時マティアスは式の準備には自分も加わろうと決意したのであった。



 かくて時は過ぎる。

 フレメヴィーラ王国の都カンカネンは、国内でも有数の規模を持つ都市として知られている。

 この国の興りにおける前線基地を母体とするこの街はあちこちに砦としての名残がある。華やかさと硬質な雰囲気を併せもった街なのだ。


 王城シュレベール城のほど近くに、式典用の会場はあった。普段は近衛騎士団の式典などで使用される場所であるが、今は王国内で使用されている幻晶騎士の展示会場と化していた。

 しかし恐ろしいことに目的は幻晶騎士の展示ではなく、これらはただの背景なのである。誰が望んだことかは言うまでもない。



 そうしてエルとアディの結婚式は、身内だけでなく開かれた状態でおこなわれることになった。


 報せは王都を駆け巡り、式の当日には大勢の参加者が詰めかけてきたのである。国王の計らいにより食事と酒がただで振る舞われたのとも、無縁ではないだろうが。


 既に個人の結婚式としては異例の規模となり果てているが、さらに驚くべきことに巨人族アストラガリまでもが列席していた。

 先日の発表以来、国内の噂の的である、かの巨人たち。

 まさか小人族ヒューマンの結婚式に参加しようなどと、誰が考えようか。


 街の住人たちは遠巻きに彼らの様子をうかがっていた。なんといっても周囲に漂う気配が物々しい。何故と言えば巨人族は全員が完全武装しているからだ。


 とはいえこれは敵意の表れということではない。

 巨人族にとって最上の礼装とは、自ら倒した魔獣の素材を使った装備類であるということなのだ。これも彼らなりに“虹の勇者”へと敬意を表してのことである。

 ちなみに会場の警備を担当する近衛騎士団の人間は盛大に渋ったのだが、主催者の一言により許可された。


 加えて、巨人族が式を台無しにしないよう小魔導師パールヴァ・マーガが四つの目を光らせているのである。



 盛り上がっているを通り越してちょっとした戦争状態にある会場から少し離れて。

 裏では主役たちの準備が進められていた。


「……入りますよ。準備のほどはどうでしょうか?」


 控え室にエルネスティがやってくる。今日の彼は騎士団長としての正装に身を包んでいた。

 銀鳳騎士団団長のためだけに仕立てられた一点ものだ。外套には所属を示す銀鳳騎士団の紋章が大きく描かれている。


 結局、背はさほど伸びず小柄なままのエルであるが、飾り立ててみればなかなかに立派に見えると言ってもよかろう。彼の格好を見た周囲の反応は、どちらかというと温かく見守る感じだったのはともかく。


「こちらもちょうど終わったところよ。さ、アディ」


 控え室にはティナやイルマだけでなく、異母姉であるステファニアティファもいた。皆でアディの準備を手伝っていたのだ。


 そうして女性陣がさっと左右に分かれて。

 真ん中で、緊張した様子で座っているアディの姿を見て、エルは笑みを浮かべた。


「今日はいつもに増して素敵ですよ、アディ。まるで装甲を重ねた幻晶騎士のようです」

「それって誉めてるの……? いやエル君としては多分すごい誉めてるはず」


 期待に輝いていた表情が一瞬で斜めに傾いてゆき、周囲からは溜め息が漏れた。それでもアディはすぐに立ち直る。エルネスティと一緒にいれば、これくらいはいつものことだ。

 今度は彼女がエルの姿を眺めて、しばししてふらふらと手を伸ばした。


「ああ、おめかししたエル君も可愛い、ちょっと格好いい……抱きしめたい……」

「はいはい、今はあまり動いてはダメです。衣装が崩れてしまいますから」


 ドレスに身を包み、周囲の手によってばっちりと化粧を施されているおかげでうかつに動くこともできない。

 アディはしばし興奮と緊張で、油のきれた機械のようなぎこちない動きで震えていた。


「おおおお……嬉しいけど辛い……レアなエル君を堪能できない……嬉し辛い……」

「あなたたちも結婚するとなれば少しは変わるかと思ったけれど。本当に、もう」


 着付けを手伝っていた女性陣から呆れの声が漏れる。さすがに結婚に臨んですら変わらなさ過ぎるのはどうなのか。それでこそ彼らである、ともいえるが。


 エルはしばらく苦笑していたが、やがてそっと手を差し出した。


「そろそろ時間ですね。それではアディ、一緒にいきましょうか」

「うん!」


 重ねられた手を取り合い、二人は歩き出す。



 時に西方歴一二八五年。この日、フレメヴィーラ王国において一組の夫婦が誕生した。


 数々の魔獣を倒し、ある時は他国の戦を収め。禁足の地であったボキューズ大森海に乗り出し、巨人族アストラガリとの新たな出会いを果たした。


 フレメヴィーラ王国を大きく変革せしめた小さな騎士団長と、団長補佐。激動の時代をぶっ飛び続けてきた彼らも、この日ばかりはただ幸せそうに祝福の声を浴びていたのだった。





 ◆





 ――風が啼く。

 雲がちぎれ、悲鳴のような風鳴りを残しては背後に過ぎ去ってゆく。


 穏やかならざる空を進む、一振りの剣があった。いや、それは剣そのものではない。まるで剣のごとく鋭く研がれた一隻の飛空船レビテートシップである。


 巨大なはずの船体は木の葉のごとく舞い、激しく揺さぶられている。

 飛空船の船橋はさながら戦場であった。船の操縦を人の手に取り戻さんと、誰もが怒声を張り上げながら操縦機器にしがみついている。


 皆が船を操るのに必死になっている中、船長席でふんぞり返った大柄な人物だけは場違いな快哉を上げていた。


「うむ、聞いた通りの大嵐だ! はは! つまり情報はまったく正しかったということだな!!」

「でっん……若旦那ァ! お座りくださいよ! 今大変なところなんですから!!」


 そんな場合じゃねぇとあちこちから窘められ、“船長”はしぶしぶ席へと戻る。

 船体の軋む不気味な唸りに眉根を寄せて、フレメヴィーラ王国第二王子であるエムリスは不満げな様子で肘をついた。


「だが嵐を越えるまでは想定通りだ。そのためにこの“黄金の鬣ゴールデンメイン号”を作ったんだぞ」


 暴れる操舵輪にしがみつきながら、アーキッドキッドが叫び返した。


「そりゃそうですけど! あーもう。ただでさえ勝手に出ちまったんですよ、帰ったらエレオノーラ様にどれほど怒られるか……」

「気にするな! 情報の真偽を確かめ持ち帰る。これは俺たちのみならず、クシェペルカにとっても利のあることだ! ……多分な!」

「ぜってー後付けだそれぇ!」


 嘆いたところで嵐が治まってくれるわけはない。最新鋭の快速船“黄金の鬣号”といえど、自然の脅威を相手取っては暢気になどしていられないのだ。


 そのうちにエムリスは暴風渦巻く空を睨み、ある確信を得ていた。


「おいキッド、全力だ。マギジェットスラスタ最大出力、ぶっ飛ばすぞ!」

「ええっ!? あんまり魔力マナを食いすぎると、本当に難破しちまいますよ!」

「ここを越えればいける! 最後の一押しだ」

「ああもう本当、覚悟してたけどひっでーなこれ!」


 半ば自棄になりながら、船員たちは船の出力を上げる。

 唸りと共に後方から爆発的な炎が噴き上がり、“黄金の鬣号”が一気に推力を増した。


 剣のように鋭い船体が暴風を切り裂き、嵐に負けずに突き進み始めた。そうして祈るような時間が過ぎ――。



 ――突然、目の前の景色が開ける。



「えっ……抜けた……!?」

「さすがは俺の“黄金の鬣号”だな! この程度の嵐では俺たちを止めることはできない!」


 嵐は船の後方にわだかまり、周囲はひどく穏やかな天候になっている。


「若旦那! あれを見てくださいよ! すげぇ……本当に……」


 誰かが叫び、全員がそれを目にした。

 硝子張りの窓の向こうに広がる景色。眼下にはなだらかな大地が、森が、雄大な自然があり――それらは空中で不自然に途切れていた。


 そうだ、この大地は空中で途切れているのだ。


「は、ははは……正直なところ、すこしばかり眉唾物だと思っていたんだが」

「思ってたのに嵐に突っ込んだんですか!?」


 周囲のじっとりとした視線を咳払いでごまかして、エムリスは胸を張る。


「まぁともかくだ! 辿り着いたぞ、これが噂の“浮遊大陸”だ! ようし野郎ども、上陸の準備だぁ!!」

「おおう!!」



 大西域戦争ウェスタン・グランドストームの後、飛空船という強力な移動手段を得た人々は既知の世界を広げ続けていた。

 陸の果てへ、海の向こうへ。

 そうして彼らは、未知なる大地と出会う。


 それは空に浮かぶ驚異の大地――浮遊大陸。


 空の向こうに存在する“新大陸”を舞台に、新たなる動乱の幕が上がる――。

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